ドラン到着
まだ薄暗い。
やっと空が赤紫色に色づいてきた。
しんと静まりかえった住宅街。
自分の吐く息とアスファルトを蹴る足音だけが聞こえている。
「はっ、はっ……」
たしか、有名なボクサーが毎朝10キロ走ると言っていた。
10キロなんて、とても走れる気がしないのだが、俺がこうやって早朝に走っていること自体、以前の自分からすれば信じられないことだ。
それに、サウナ以外でこんなに汗をかくのは、学生の頃以来じゃないだろうか……。
気持ち良い――。
うまく説明できないが、走っているだけで、自分の世界の何かが変わっているように感じる。
それは誰も気付かないような変化かもしれないし、ただの自己満足かもしれない。
でも、足を踏み出したという結果は確実に残る。
行動したという事実が、俺の心を変えているのかもしれない。
バルトさんは、俺が目指すべきは『魔獣使い』だと言っていた。
たしかに、ルートもドランも、新たな家族は皆、魔獣だ。
家族を守るためにも、やっぱり俺は補助に専念すべきだろう。
そのためには、基礎となる体力と魔力量の向上が必要だ。
変わらなければ……。
待ってたって何も変わらないんだ。
悩む前に1キロでも多く走るぞ!
「ぜぇ……ぜぇ……も、もう、無理……」
な……なんてことだ。
まだ、走り出して10分も経っていないというのに、すでに気持ちが揺らぎそうになっているだと……⁉
くそっ! ま、負けるな俺……!
* * *
ようやく週末が来た!
俺は軽トラに乗り込み、いつものトンネルへ向かう。
この道もだいぶ慣れた。
ルートのやつ、元気にしてるかなぁ……。
筋肉痛を堪えながら、俺はアクセルを踏む。
この一週間、地球では魔法の練習ができなかったので、体力作りに重点を置いて過ごしてみた。
初日は肺が破裂するかと思ったが、二日、三日と続けるうちに、意外にも早朝ランニングが楽しみになっている自分がいた。
このまま、継続できるかどうかはわからないが、何とか三日坊主だけは回避できている。人間、やればできるんだな……。
トンネルに差し掛かり、俺はサングラスをかける。
「よーし、行きますか!」
パァッと真っ白な光に包まれる。
光が収束すると、ウェザーランドの鮮やかな緑が俺を出迎えてくれた。
「あ~、やっと『帰ってきたぁー!』って、感じがするよなぁ……」
本来は異世界のはずなのに、今じゃこっちの方が肌に馴染む。
俺は景色を楽しみながら車を走らせ、魔王城へと向かった。
到着後、まずは畑の様子を……。
「まだ芽は出てないか……」
水をやってから城へ入る。
「ただいまー、ルート?」
呼びかけると、廊下の向こうからカチャカチャと爪の音を響かせて、小さな影が猛ダッシュしてくるのが見えた。
「ワウワウ!!」
「おっと!」
俺の胸にルートが飛び込んできた。
「ははは、ただいまー。元気にしてたかぁ?」
ぎゅーっと抱きしめて、ルートの頭に顔をこすりつけた。
日向のような匂いに、筋肉痛の痛みも吹き飛ぶ。
「ワゥッ!」
「そうかそうか、いい子にしてたのかぁ~」
あー可愛い!
ほんと可愛いなぁ……。
うりうりとルートの顔を揉んでいると、壁のコンソールパネルから『デロデロデロ……』と警告音が鳴る。
「ん⁉」
慌ててパネルを確認すると、何かが城に近づいていた。
動く光点をタップして拡大すると、そこには竜車を引くドランと、手綱を持つドラ爺の姿があった。
「ルート! ドランだ、ドランが来たぞ!」
「ワゥッ⁉」
ルートは耳をピンと立てると、一足先に城の外へ駆け出して行った。
「あっ、おい、待ってくれよ!」
俺もその後を追いかける。
外に出てルートを探すと、城の東側にルートがちょこんと座っていた。
まだドラン達の姿は見えない。
「もうそろそろかなぁ」
すると、小さな影が動いているのが見えた。
「おっ! あれじゃない?」
「ワゥ⁉」
ルートが首を伸ばす。
影は近づくにつれ、輪郭を形成し、色づき、ドランの姿になった。
「ドランだ!」
「ワウワウッ!」
ルートが駆け出した。
待ちきれなかったのか、やっぱり、ルートも嬉しいんだな。
少し待っていると、手を振るドラ爺の姿がハッキリと見えた。
その隣には別の走竜も付いてきている。たぶん、ドラ爺さんが帰るための竜だろう。
俺も「おーい!」と両手で手を振り返す。
『ギィ! ギィ!』
俺を見て、ドランが嬉しそうに鳴く。
ドラ爺の隣の席に、ちゃっかりルートが座っていた。
「おぉ~、よく来たなドラン、待ってたよ」
『ギィ!』
ドランの首筋を撫でながら軽く叩く。
ドラ爺が「待たせたのぅ」と、御者台から降りてきた。
「いえ、わざわざありがとうございます」
「なかなかの乗り心地じゃったわい、竜車の方もドランに合わせて調整済じゃ」
ドランの引く竜車は木製だが、所々に金属のパーツがついており、耐久性もありそうだ。木の部分はちゃんと光沢のあるニスのようなものが塗られていた。
イメージ的に馬車のような感じだと思っていたのだが、巨大なリヤカーのような構造になっている。持ち手をドランが咥える形だ。
「まあ、軽く十年は持つじゃろうが、年に一度は手入れをした方がいい」
「わかりました、その時はよろしくお願いします」
「うむ、では報酬をもらおうか」
ドラ爺は魔晶端末を取り出した。
俺も端末を取り出す。
多めにwzに換えておいたから大丈夫だとは思うが……。
「ま、ドランを引き取ってくれた礼もある、こんなもんじゃろう」
画面には500万wzと表示されていた。
なるほど……50万円ってところか。
魔王城の値段はきさらぎ価格なので比較の参考にはならないよな……。
んー、となると、魔晶端末が8万wzだから……安めの中古車くらいか?
しかし、五日は飲まず食わずで走れるという竜のポテンシャルを考えると、驚くほど安い気がするが……。
「なんじゃ、意外と商売上手じゃのぅ……ほれ、これならどうじゃ?」
俺が渋っていると勘違いしたのか、ドラ爺が金額を修正した。
画面に400万wzの表示が……⁉
「え、いや、決して値切ったわけでは……」
「はっはっは、本当はのぅ……こいつがまた走れるのなら、ワシは金なんぞいらんのよ。じゃが、竜車を組んだ職人にも金を払わねばならんからのぅ」
車体をノックしながら、ドラ爺が言う。
「え、ええ、それは当然だと思います。ですから、500万wzをお支払いします」
「……そうか。そう言ってもらえると助かるわい。金はいくらあっても困らんからな、はっはっは!」
特別な思い入れがあったんだろうな……。
ドラ爺さんのドランを見る目は、とても優しかった。
俺は端末を操作し、500万wzを支払う。
これで魔石で稼いだ資金は、ほぼ底をついた。
だが、これは先行投資――ドランがいれば遠征もできる。
スタンダードクラスを掘り当てれば、一発で取り返せる額だ。
「うむ、たしかに受け取った――」
ドラ爺さんが端末を懐にしまう。
それから、俺はドラ爺さんから、簡単な操縦のレクチャーを受けた。
道はドランが覚えているので、行き先さえ伝えればドランが勝手に連れて行ってくれるそうだ。なんでも、地竜は一度行った場所を覚えてしまうのだとか……。
ドランの場合、以前の契約者である闇魔法の冒険者との旅の記憶がある。
「タイレル近辺なら、大抵の場所へ行けるじゃろうて」と、ドラ爺が笑った。
うーん、ますます安い気がするな……。
それって、ほぼ自動運転じゃん。
「……ではの、ドランをよろしくな」
ドラ爺さんは連れて来ていた走竜の背に乗った。
「はい、安心してください」
「うむ」
走竜が踵を返す。
ドラ爺さんは振り返り手を上げると、走竜が走り出した。
「ありがとうございましたー!」
「ワゥワゥーッ!」
『ギ……ギィ! ギィ!』
ドランはドラ爺さんの背に向かって鳴く。
まるで、ありがとう――と、言っているようだった。




