閑話:バルトの道理
ギルドでの報告を終え、オレはひとりタイレルの街を歩いていた。
「これがいいって!」
「いや、こっちだろ?」
真新しい革鎧を着た新人冒険者が、仲間と露店を囲んでいる。
それを遠巻きに眺める万年『石』どまりのロートルども。大方、どうやって金を巻き上げてやろうかと算段を立てているのだろう。
てめぇの腕じゃ食えないからって、ハイエナみてぇな真似しやがって……。
「おい、何してる?」
「あ? ひっ……ば、バルトの旦那ぁ⁉ い、いえ、別に何も……」と、ばつが悪そうに目線を逸らす。
「なら行け」
「は、はひぃ!」
ロートル達は、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
まともに依頼も受けようともせず、新人狩りか……。
「……そりゃあ、ラッドも頭を抱えるわけだ」
オレは群れるのが嫌いで、ソロとして生きてきた。
人狼族の身体能力に任せて死線を潜り抜け、いまじゃ『銀』だ。
いくつか他のパーティーからの誘いもあったが、オレが『銀』クラスになってからは、それも無くなった。
冒険者ってのは、つくづく因果な商売だ。
昨日まで笑ってた奴が、翌朝、冷たくなって帰ってくる。
仲間だと思ってた奴に、背中を狙われる。
だまし騙され、信じた奴から死んでいく。
てめぇの力だけが真実を作る――。
そう教わって生きてきた。
その教えが正しかったのか、間違っていたのかはわからない。
だが、オレは生きている。
だから正しい。
だが、心のどこかで間違っているとも感じる。
死ぬのが怖いわけじゃねぇ。
裏切られるのも、どうでもいい。
襲われたって、やり返せばいいだけだ。
だが、なぜだろう……あいつを見ていると、まるで、自分まで真っ当な人間だと錯覚してしまう。
それは、オレが間違っていると認めることと同じだ。
今更、生き方なんて変えられるわけがねぇってのによ……。
「はあ……」
頭を掻きながら、人混みの中を進む。
見慣れた看板が目に入った。
『名工ゴンザレスの武器屋』
オレの馴染みの店だ。
タイレルには多くの武器屋があるが、新人時代から気に入って通っている。
自分で名工と謳うところが良い。
店内に入ると、古い油と鉄の臭いが鼻をついた。
オレには懐かしく感じる臭いだ。
「……誰かと思えば、生きてたのか?」
真っ赤に焼けた鉄を打っていたゴンザレスが、オレの顔を見て手を止めた。
「悪かったな、この通りだ」
憎まれ口に、オレは両手を広げて見せる。
「はっはっは! ゆっくりしていけよ」
「ああ、そうさせてもらう」
ゴンザレスと軽く拳を突き合わせ、店内を見て回る。
この店は一通り何でも揃う。
ゴンザレスは器用な男で、盾や槍、長剣、鎖といった武器だけじゃなく、馬具や装飾品なども依頼があれば請けている。腕はそこそこ、値段も高すぎず安すぎず、バランスの良さが人気の秘密なのだろう。
だが、口には出さないが、こと短剣作りに関しては、光るものを持っているとオレは思っている。現に、オレが愛用するこの短剣もゴンザレスが叩いたものだ。
手に馴染み、重さもちょうど良く、刃こぼれも殆どない。
本人曰く、短剣だけは好きに作る。だから、出来にムラがあるのだと言っていたが……。
「ん? あれは……」
客の一人に見覚えがあった。
短剣の棚の前で腕組みをして唸っている若い男……。
たしか、ラッドが目を掛けている『石』から『鉄』に上がったばかりのルーキーだ。
「よぉ、たしかラニスだったか?」
「は、はいっ、ラニスです! 光栄です、バルトさんに名前を覚えていただけていただなんて……!」
「あー、そういうのはいい」
オレは手を払い、棚に顎をしゃくった。
「短剣か? お前、長剣だろ?」
「あ、はい、そうなんですが……今日は別件で、贈り物用にと思いまして」
「贈り物?」
「ええ、最近知り合った方に贈ろうと思いまして……」
ラニスは照れくさそうに頬を掻く。
まだ『石』から『鉄』に上がったばかりだ。
金もそんなにないだろうに……。
「ふぅん、で、そいつの背丈は? 筋力はどのくらいだ?」
「えっと……背丈は私と同じくらいですね。筋力は……そこまで強くないと思います。普段は魔石採掘をされているようなので」
「魔石採掘……?」
あいつと同じか……。
「戦闘経験は?」
「おそらく……あまり無いと思います、何というか、不思議な方なんです。丸腰で森に入るような危なっかしい人なのに……従魔はブラック・コボルトだったり……」
ブラック・コボルト、魔石採掘、丸腰、危なっかしい――。
バルトの脳裏に、情けない声で命乞いをしていた男の顔が浮かんだ。
――間違いない、クラキだ。
あいつ以外に、ブラック・コボルトを従魔にしている魔石採掘屋がいてたまるか。
バルトは小さく息を吐くと、陳列棚から一本の短剣を手に取った。
「なら、これにしな」
「えっ……?」
装飾の少ない無骨な黒鉄の短剣だった。
「刃渡りは短いが、その分、刃が厚くて頑丈だ。素人が下手に長い得物を持つと、懐に入られた時に対応できねぇし、自分の体を傷つけることもあるからな」
ラニスが短剣を受け取り、まじまじと見つめる。
「どうだ? 比重も持ち手側にあるから落としにくいだろう?」
「なるほど……これは扱いやすいですね、身を守るのに適してます」
ラニスはその場で短剣を操って見せる。
「ありがとうございます! これなら、きっと気に入ってくれると思います!」
キラキラと目を輝かせてラニスがオレを見る。
何とも据わりが悪くなり、オレは目を逸らした。
「……おだてても何も出ねぇぞ。じゃあな」
「あ、はい! ありがとうございました!」
店を出て、再び人の流れに乗って歩き始める。
足は自然と、タイレルの出口――魔王城へと続く街道の方へ向いていた。
街の外へ出て、街道を一歩、踏み出そうとして、やめる。
道脇に立ち、舌打ちをしながら、街の外壁に凭れた。
ポケットから酒を取りだし、少し呷る。
喉と胃の焼けるような熱さが、少しだけ気を紛らわせてくれた。
「……」
空を仰ぐ。
あいつはオレを助けた。
だが、オレはあいつを信じず、殺そうとした。
今までは当然と思っていた道理が、オレの足を縛っている。
いまさら……のこのこ会いに行って、何て言やぁいいんだ。
『殺そうとして悪かった、酒でも飲んでくれ』とでも言うつもりか?
それに……あいつには、もう仲間がいる。
オレの出る幕なんてねぇよな……。
地平線に向かって伸びる街道に背を向け、オレは街へ戻った。




