帰宅
「では、手を触れるのじゃ――」
「は、はいっ!」
ドラ爺に促され、ルートの時と同じように、ドランの前に浮かぶ魔法陣へ手を伸ばした。
触れた瞬間、胸の奥に何かが結びつくような感覚が走る。
『ギィ!』
「ああ、よろしくな、ドラン」
「ワゥ!」
ルートがドランの足に頭を擦り付ける。
『ギギッ』
ドランは鼻先を寄せ、挨拶を返した。
どうやらルートのことも仲間として受け入れてくれたらしい。
これで一安心だと、俺はドランの首筋を軽く叩いた。
まるで岩のように堅い。うん、頼もしいな――。
『ギッ』
いつの間にか、ドランの瞳は力強く輝いていた。
* * *
厩舎を出た俺たちは、アナさんのところへ戻った。
従魔契約は完了したが、竜車の準備があるため、ドランはもう数日ファームに残ることになる。
準備には三日ほどかかり、整い次第、ドラ爺が魔王城まで連れてきてくれる予定だ。
「おぅ、クラキ、終わったのかー?」
ルートが駆け出し、アナさんの足にまとわりつく。
アナさんは嬉しそうに、その身体をモシャモシャと撫で回した。
「はい、従魔契約も交わしましたよ」
「おぉ! 良かったな!」
アナさんがルートを撫でているのが気に食わないのか、バッカスはルートを見下ろし、フシュッと鼻を鳴らした。
まるで「調子に乗るなよ若造」とでも言いたげな態度だ。
「ワゥ!」
ルートが挨拶しても、バッカスは興味なさそうに明後日の方向を向いている。
地竜達はあんなに怯えていたのに……大物すぎるだろ。
「あの、何でバッカスはルートのこと平気なんですかね?」
ドラ爺が鼻で笑った。
「こいつの度胸は飼い主に似たんじゃろ。普通の飛竜なら失禁しとるわい」
「当たり前だろ? あたしのバッカスがこんなおチビにびびるわけねぇじゃん」
アナさんがバッカスに親指を向ける。
『キィ――ッ!』
バッカスが「当然だ」とばかりに翼を広げて見せる。
「たしかに……びびりそうにないですよね」
「ま、飛竜便の飛竜ってのは、肝が据わってナンボの世界だ。こっちは客の荷を預かってんだからな」
おぉ……プロ意識ってやつか。
「フンッ、格好つけよってからに……単に粗暴なだけじゃろうて」
「なんだとこの爺!」
「なんじゃ?」
にらみ合う二人。
俺は慌てて間に入った。
「ちょ、ちょっと二人とも――で、ではドラ爺さん、支払いは受け渡しの時で良いんですよね?」
アナさんとドラ爺さんはお互いに顔を背けた。
「ああ、それで構わん」
「わかりました、ではドランのことよろしくお願いします」
「礼を言うのはこっちじゃよ……あいつをまた走らせてくれるんじゃからな」
ドラ爺さんの言葉に、俺は静かに頷いた。
「おい行くぞ、クラキ」
「あ、はい!」
俺はルートを抱え、バッカスの背に乗った。
「ドランは任せておけ」
ドラ爺さんはそう言った後、アナさんを見上げた。
「次は飛んでくるなよ、じゃじゃ馬!」
「うるせぇな! 毎晩飛んでやろうか⁉」
ああ……またやってる……。
「おいアナ! 次は酒も忘れるなよ!」
「ああ、わかってるさ、とびきりのを持ってきてやるよ!」
そう言って、アナさんはバッカスの手綱を引いた。
なんだ、やっぱり仲良いんだな……良かった。
『キィ――――ッ!』
バッカスが大きく羽ばたく。
地上では、ドラ爺さんが腕を構えて風をやり過ごしている。
「じゃあな、クソ爺!」
「…‼」
アナさんが笑いながら言うと、バッカスがファームの上を旋回して飛び立った。
「ワウワウ!」
ルートが何かを見つけたように鳴く。
「あっ、ドランだ!」
見ると、厩舎からドランが顔を覗かせていた。
「あれがクラキの竜か――よし、掴まってろよ?」
アナさんがそう言うと、バッカスが急降下する。
「うわぁああああ――――っ!!!」
凄まじいスピードに思わず叫んでしまう。
地面スレスレでふわっと浮き上がり、そのままバッカスは厩舎と平行に滑空した。
そして、ドランの目の前を通り過ぎる。
「おぉーい! 待ってるぞー! ドラーンッ!」
「ワウッ! ワウッ!」
俺達が大きく手を振ると、ドランは前脚を上げてそれに応えた。
「ははは! 良い奴っぽいじゃん! 良かったな!」
「はい!」
ドラ爺さんは大きな手振りで何か叫んでいたが、もう何も聞こえなかった。
* * *
「よっと……」
バッカスが魔王城のバルコニーに降り立つと、俺とルートは飛び降りた。
「送ってもらって助かりました」
「爺も元気そうだったし、いいってことよ。あ、そうだクラキ、ちゃんと竜車の操縦も練習しとけよ?」
「はい、もちろんです」
「ま、慣れたら、竜車でドラ爺の酒でも買いに行こうぜ」
アナさんがニカっと笑う。
本当に面倒見が良い人だ。酒が絡まなければ完璧なんだけど……。
「ええ、楽しみにしてます!」
「おう! じゃあなルート、いい子にしてろよ!」
「ワウッ!」
『キィ――――ッ!』
バッカスが力強く羽ばたき、あっという間に空の彼方へと消えていった。
俺とルートは、その姿が見えなくなるまで手を振っていた。
* * *
「ふぅ……」
俺はリビングのソファに腰を下ろした。
今日は濃い一日だった……。
でも、ドランに出会えたのはラッキーだったな。
「なぁルート、ドランって……結構、年なんだよな?」
「ワウワウ」
ルートが俺の膝に顎を乗せてくる。
「人間で言ったら何歳くらいなんだろう? 俺たちよりずっと年上だろうし、これからは『ドランさん』って呼ぶべきか……」
「ワゥ~?」
ルートが「えぇ~?」みたいな顔をした。
「ははは、冗談だよ。でも、敬う気持ちは大事だぞ。大先輩なんだからな」
「ワウッ!」
さて……来週の連休に向けて、一度地球に戻らないとなぁ……。
仕事もあるし、円を稼ぐためにも、向こうでの生活を疎かにはできない。
「ルート、明日からまた少し留守にするけど……大丈夫か?」
「……ゥ」
ルートの耳がぺたんと下がる。
やっぱ、寂しいよなぁ……。
俺だって寂しい。後ろ髪を引かれる思いだ。
「ごめんな。でも、もう少しすればドランも一緒だ。それに、アナさんも様子を見に来てくれる……」
ルートの頭を優しく撫でながら、自分に言い聞かせるように言った。
「来週になったら、いよいよラニスさんと薬草採取だぞ? それに、ドランと最初の冒険になるな? ラニスさんもドランを見たら驚くだろうなぁ……ふふふ」
「ワウワウッ!」ルートの目が輝く。
ルートを抱きしめ、深呼吸をする。
あぁ、柔らかいルートの温もり、微かにお日様の匂い……癒やされるなぁ……。
「よしっ、ルートのためにも、頑張って働いてくるか!」
俺は立ち上がり、地球へ戻る準備を始めた。




