老いた竜
「ルートを乗せられない……⁉」
思わず聞き返した俺に、ドラ爺は言い淀むように視線を泳がせ、短く息を吐いた。
「見た方が早いわい。ついて来い」
厩舎の奥へ歩き始める。
俺とルートはその後に続いた。
扉を抜けると、幼竜たちが並んでいた。
大きな瞳が好奇心いっぱいに揺れ、近づこうと首を伸ばしてくる。
「この辺りはまだ子供じゃ。ほれ、お前さんの従魔にも怯えとらん」
「……?」
ルートはキョロキョロと幼竜を見上げている。
幼竜達もルートを見て、興味津々といった様子だ。
「この先は調教も終わり、もう売りに出せる」
「厩舎が分かれているんですね……」
ドラ爺は何も言わず、両手で勢いよく大きな扉を押し開けた。
軋む音が響き、扉が開くと、数十頭の地竜が並んでいた。
「ワゥ~」
ルートの鳴き声が響いた瞬間――。
一斉に地竜が鳴き声を上げ始めた。
『キィキキィ――ッ⁉』
『キィキィ!!』
『キキキィ⁉』
「え……なっ、どうしたんでしょう⁉」
「ほれ見ろ、皆、その従魔に怯えとるじゃろ?」
「ル、ルートに……⁉」
「ワウ?」
ルートは小首を傾げている。
え、可愛いしかないんだが……。
「こいつらも地竜じゃ、そこらの魔獣ならこうはならんがな……。それだけ、その従魔が魔獣としての格が違うということじゃ」
プティ・ガルってそんなに凄い魔獣なの……⁉
でも、バッカスは平気だったよな? なんでだろう?
「それにまだ、己の気を操るすべを知らんのだろう、濃密な魔気を常に垂れ流しておる。地竜達はそれに反応しておる……幼竜達は、まだその辺の感覚が未熟なのだ」
なるほど……。
ルートが先天的に持っている生物としての格みたいなものが滲み出ているということか。恐らく本能的に感じ取るものなんだろう。
「気は操れるんでしょうか? その、訓練が必要とか?」
ドラ爺は顎髭を撫でながら、ルートを一瞥した。
「まだ幼体のようじゃからな、もう少し成長すれば自然に覚えるじゃろうが……。正直、ワシも初めて見たからのぅ……何とも言えんわい」
「そうですか……」
俺は地竜達に目を向けた。
うーん、これだけ怯えられてしまうと、竜車なんて無理だろう。
こうなったらもう、軽トラしかないか……。
「ん?」
ふと目に付いた地竜がいた。
一頭だけ、立ち上がりもせず、ただ静かに目を閉じて座り込んでいる。
が、それよりも、この地竜だけは、ルートに怯えていなかった。
「ドラ爺さん、あの地竜は……?」
「ん? あぁ、ありゃもう走らんよ」と手を振る。
「怪我でもしてるんですか?」
何気なく尋ねると、ドラ爺さんは少し間を空けてから話し始めた。
「……昔、名を馳せた冒険者の竜だったんじゃがな。その冒険者がいなくなった後、誰にも懐かなくてのぅ……。あちこちのファームでたらい回しになった挙げ句、最後に行き着いたのがワシのファームじゃったというわけよ……」
たらい回しは可哀想だな……。
厩舎の端で静かに佇んでいる姿を見ていると、なぜか、他人事には思えなかった。
きっと、この竜も走れないんじゃない。
走る理由がないだけだ。
まるで……以前の俺みたいじゃないか。
俺も、魔王城を買う前は、ただ働いて、仕事して、寝るだけの人生だった。
そう、夢も希望もなく、ただ生きてるだけの……。
「ま、これも何かの縁だと思ってな。金にはならんが、最後まで世話をしてやるつもりじゃよ……」
ドラ爺さんは地竜を見て目を細めた。
「ちょっと見させてもらっても?」
「ああ、構わんよ」
静かに半眼で、ただ遠くを見つめる老竜。
鱗に刻まれた無数の古傷が、走った年月を物語っていた。
「ワウ!」
ルートが老竜の前に座り、元気よく挨拶をしたが、瞼すら動かさなかった。
目に光がない……まるで古井戸を覗いているようだ。
「その冒険者ってどんな人だったんでしょう?」
「さあな……不思議な魔法の使い手だったと聞いておる」
「不思議な魔法?」
「詳しくはワシも知らん。たしか黒い沼を作るとか……」
「え……」
もしかして、その冒険者って……闇属性魔法の使い手だったのでは?
黒い沼と言えば、タールだよな……うん、そんな気がする。
「ワウワウ!」
「あっ、ルート⁉」
ルートは地竜に向かって走り、その背中に駆け上った。
『ギギッ……』
石像のようだった竜が、初めて反応した。
ゆっくりと立ち上がり、ルートを振り払うように体を震わせた。
だが、ルートは遊んでいるみたいに、楽しそうに背中の上で跳ねている。
「ワゥワゥ!」
『ギ……ギッ!』
地竜は激しく身を捩らせる。
「ル、ルート、危ないよ、降り――」
そう言いかけた時、ドラ爺が「ま、待て!」と、俺の肩を掴んだ。
「自ら動いたのは初めてじゃ……」
ドラ爺が驚いた顔で地竜とルートを見つめている。
その目は、どこか遠い。
「もし……この竜がいいと言ったら、譲ってもらえますか?」
「いや、まあ……ワシとて、このまま死なせるのは辛い……。じゃがな、たとえ従魔契約が成立したとして……走るかどうかは、こやつ次第なんじゃよ」
ドラ爺がため息交りに小さく首を振った。
たしかに、老竜が俺とルートを認めなければ一緒に来てくれるわけがない。
――でも、試してみる価値はある!
「ドラ爺さん、この地竜に名前はあるんですか?」
「あ、ああ、ドランじゃ」
俺はドランの前に立った。
「ドラン、俺とルートを乗せてくれないかな?」
『ギ……ギィ!』
ドランはまだルートを振り下ろそうとしている。
まだきっと走れる――、何の確証もないが、ドランを見てそう感じた。
「クラキ、もうよせ、無理じゃ」
「すみません、もう少しだけ――」
ドラ爺に両手を合わせた後、俺はドランに向き直る。
「ドラン、これを見てくれ。――タール!」
俺は足下に闇魔法を展開させた。
小さい黒い穴のようなモヤモヤが発生した。
いまはこれが精一杯だが……。
『ギ……ギギッ⁉』
ドランの目が、初めて大きく開いた。
濁った瞳の奥に、かすかな光が宿る。
『ギギッ⁉』
まるで匂いを嗅ぐように、タールに顔を近づける。
そして、次の瞬間――。
『ギィ―――――ッ!!!!』
地鳴りのような咆哮。
厩舎の空気が震えた――。
「ド、ドラン⁉」
『ギィギィ――ッ!!』
何度も何度も鳴き続ける。
その瞳から、ぽたぽたと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おぉ……」
ドラ爺が息を呑む。
『ギィギィ……』
タールの効力が消える。
ドランが顔を上げ、俺に向かって首を伸ばした。
不思議そうに俺の顔を見つめる。
「ど、どうかな? 俺たちと一緒に色んなところへ行かないか? きっと、楽しいと思うんだ」
「ワゥワゥ!」
ルートも跳ねながら鳴く。
『ギ……』
「……」
緊張しながら反応を見ていると、ドランがベロンッと青い舌で俺の顔を舐めた。
「うひゃぁっ⁉」
く、くさい……!
ベトベトだぁあああ……!
「おぉ……何ということだ! クラキよ、ドランが次の主だと認めたぞ!」
ドラ爺が目を輝かせている。
「ほ、ホントですか……?」
「うむ! 竜が舐めるのは信頼した相手のみ。これなら、従魔契約をしても問題なかろうて!」
「や……やったぁ! ありがとうドランっ!」
「ワゥ~ワウワウッ!」
ルートも嬉しそうだ。
『ギィ!』
「おっと! も、もう舐めなくていいからね……ははは」
臭いはきついが……俺は新たな仲間ができた喜びを噛みしめていた。




