竜車が欲しい
ポッサムさんは、ふぅっと息を整える。
「……兄は元々冒険者だったんです。ですが、魔窟で膝に罠の毒矢を受けてしまってから、引退して露天商をやるようになったんですよ」
「えぇっ⁉ 全然、そんな風には見えなかったですけど……」
マクセンさんって元冒険者だったのか。
たしかに、商人にしてはあまり裏表がなさそうだ。
「ははは、まあ、何年も前の話です。今は普通に生活できてますし、本人も酔う度に武勇伝として語ってますよ」
マクセンさんらしいというか、その武勇伝、一度は本人から聞いてみたい。
いつか一緒に飲みにいけたらいいなぁ。
「そういえば、ポッサムさんは魔石商をされているんでしたよね?」
「ええ、それほど規模は大きくありませんが……」
「まだ冒険者も始めたばかりなんですが、魔石採掘もやってまして」
「なんと! ますます親近感が湧きますなぁ、どの辺りで採掘を?」
「アイレム近くの川で……といってもまだ二回ほどです。狙いはスタンダードクラスなんですが、なかなか……」
「なるほど、確かにあの辺りも悪くないですが、スタンダードクラスを狙うのでしたら、ボストンの岩切場が有名ですな」
「ボストン……」
「ここからだと竜車で二日ってところです」と、ラニスさんが教えてくれる。
これは、竜車を手に入れるべきだな。
たしかアナさんが竜車も買えると言っていたよな……。
ファームを紹介してもらうか……。
「貴重な情報をありがとうございます。いまのところは、まだまだ準備不足ですし、慣れてきたらぜひ遠征したいですね」
「ほっほっほ、クラキさんは堅実で良いですねぇ。冒険者よりも商人の方が向いているかも知れませんよ?」
「い、いえ、私は交渉事が苦手なので……」
「またまた、ご謙遜を。いつか、魔石が手に入ったら私にも買い取らせてください」
「はい、その時はぜひ」
その後、皆で料理を楽しみつつ、二人にはタイレルの穴場や、おすすめのお店などを教えてもらった。
「あれ⁉ もしかしてクラキさん、丸腰なんですか……?」
ふと視線を感じて顔を上げると、ラニスさんの顔が少し引きつっている。
「えっ、ま、まあ、一応、クマスプレーとかピッケルはありますけど……」
「ちょっ……そ、そんなんじゃ駄目です!」と、ラニスさんが前のめりになる。
「え……あ、はあ……」
「とにかく、短剣くらいは持っておかないと……。あ、来週末、良かったら馴染みの武器屋に行ってみますか?」
「いいんですか⁉ それはありがたいです!」
「クラキさん、ラニスの剣を見る目は相当なものですよ。見立ててもらうといいでしょうな。何といっても、あのシュミット家の――」
「ポッサムさん、恥ずかしいのでその辺で勘弁してもらえますか?」
「おっと、喋りすぎましたな、ははは……」
ポッサムさんが申し訳なさそうに笑う。
シュミット家……? ラニスさんはどこか有名な家の出なのだろうか?
たしかに、佇まいに品があるというか、単純に顔が整ってるからそう見えるのかもしれないが……。
まあ、あまり詮索しても仕方ないし、もっと親しくなれば、向こうから話してくれるかもしれないな。
「これは助けられた恩返しという意味だけではありません。クラキさんとは長くお付き合いさせていただきたいのです。これからも、よろしくお願いします」
ポッサムさんが姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「わ、私もそう思ってます!」
ラニスさんまで――。
こんなにも真っ直ぐ、自分に向き合い関係を築こうとしてくれる人がいるなんて。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「お二人とも、本当にありがとうございます! もちろん、私もルートも同じ気持ちです!」
「ワウワウ!」
「ははは、ルートちゃんを忘れてましたな、これは失敬失敬」
「「あははは!」」
ポッサムさんが果実水の入ったタンブラーを持つ。
「クラキさん、本当にありがとうございました。そして、これからもお付き合いをお願いしたします――では、私たちの出会いに!」
「「出会いに」」
「ワウワウ」
タンブラーを合わせ、俺は果実水を飲み干した。
まさか、異世界でこんなにも出会いがあるとはなぁ……。
よ~し、やる気が湧いてきた!
依頼と魔石で稼いで、一日も早くFIREを目指すぞ!
* * *
無事、魔王城に帰り、ソファでくつろぐ。
「はぁ~、色々あったけど来週が楽しみになったな」
「ワウ」
膝の上でルートが同意するように鳴く。
ルートを撫でながら、ソファの背に身を預けた。
軽トラはなるべく使わない方がいいな……。
もしあれが壊れたりでもしたら、行き来が大変だ。
まずは、アナさんに竜のファームを紹介してもらって、こっちでの移動手段を確保しないとだな。
一応、魔石のお陰でお金にはまだ少し余裕がある。
前倒しで軽トラのローンも完済できたもんな。
本当にあの時、魔王城を買って良かった……。
ルートがピクッと耳を立てた。
「ん? どうした?」
「ワウ!」
トトッと膝から降り、バルコニーへ駆けていく。
「おっ、アナさんか!」
俺もバルコニーに出て、ルートと二人でアナさんを出迎える。
『キィ―――――!』
バッカスが鳴き声を上げながらバルコニーに降り立つ。
アナさんがマスクを外し、バッカスから飛び降りた。
「よぉ! 珍しいな、二人揃って」
「どうも、配達ご苦労様です」
「ワウワウ」
「いやぁ、ホントホント、こう忙しいと喉が渇いてしかたねぇな~」
アナさんがチラチラとリビングの冷蔵庫に視線をやる。
まったく、この人は酒のことしか頭にないのだろうか……。
ちょっと心配になるレベルだ。
「あの、氷壁なら後でいくらでも。その前に、ちょっとアナさんにご相談がありまして……」
「ん? あぁ……ついに来たか」
アナさんが仕方ねぇな、みたいな顔で頭を掻く。
「え?」
「ま、あたしはエルフの血が入ってる分……見た目は良い方だからな、クラキがどうしてもやりてぇっつうなら……」
「ぬわぁーーーーっ! わぁわぁっ!! な、何を言ってんですかっ⁉」
俺は全力でアナさんの言葉をかき消した。
「ん? 違うの?」
「違いますっ!!!」
「ちっ……そんなに否定されると、それはそれで腹立つな」
アナさんは不満げに自分の胸を揉んでいる。
「あ、す、すみません……。その、揉むのもやめていただいて……」
確かにそういう捉え方もあるか……。
これは俺の配慮が足りなかった。
ただ、アナさんに魅力がないってわけじゃないんだよな。
こんな美少女、地球じゃ見たことないわけだし……ただ、俺の場合、そういうことは端から無縁だと思っているから想像が及ばないだけで……。
「はぁ……で? あたしに相談って?」
アナさんがちょっと不機嫌そうに言う。
「あ、はい、実は、竜車を購入しようと思っているんですが、以前、ファームを紹介してくださると……」
「あぁ、そういや言ったっけ……。いいぜ、連れてってやるよ、いつだ?」
「できれば、早めがいいんですが……」
「おし、じゃあ、今から行くか? 近いしさ」
「ワウワウッ!」
ルートが自分も行きたい! みたいな感じでアナさんの足に頭を擦り付けた。
「ルートも行くのか? いいぞ別に。バッカスに乗れるならな」と、親指でバッカスを指す。
「ワウッ!」
どう見ても、ルートは行く気満々だな……。
――よし、善は急げだ。
「ありがとうございます! では、よろしくお願いします!」
「おぅ、その代わりわかってるよな?」
アナさんがニヤリと笑みを浮かべる。
「ええ、もちろん!」
俺は笑顔で即答した。
ふふっ、酒の一つや二つ、お安い御用だ。




