初依頼
ハンドルを握る手が、かすかに震えていた。
怖かった……。
リアル野盗も怖いが、ルートを失う恐怖の方が勝っていた。
まったく、あとでちゃんと言っておかないと。あんな無茶をしていたら、命がいくつあっても足りないぞ……。
バックミラー越しに、助けた護衛らしき男と商人風の男の様子をうかがう。
悪い人たちではなさそうだ……。
そうだ、鑑定できるかな?
小さく「鑑定」と呟く。
だが、ルートやアナさんのように情報は表示されなかった。
うーん、やっぱり俺の魔力量の問題か……。
こればっかりは、コツコツ精進するしかないな。
やがて、タイレルの街の門が見えてきた。
近くの茂みに車を停める。ここなら死角になっているし、見つからないだろう。
車を降りると、護衛の男が声を掛けてきた。
「ありがとう、本当に助かった! あなたは命の恩人だ!」
「ありがとうございます! まさか生きてタイレルに帰れるとは……うぅぅ……」
商人らしき男は、護衛が苦笑いするほどグズグズに泣いていた。
「いや、お助けできて何よりです」
「ワゥ!」
ルートは嬉しそうに尻尾を振っている。
むぅ、ルートめ、あとでお説教だからな……。
「この魔獣は……本当にあなたの従魔なのですか?」と護衛が言う。
「ええ、そうです。ルートといいます」
「ブラック・コボルト……こんな間近で見るのは初めてです。ルート、君のおかげで助かったよ、ありがとう」
「うむ、本当に頼もしい子だ。ありがとう、私からも礼を言うよ」
二人が礼を言うと、ルートは誇らしげに胸を張った。
「ワウッ!」
「あらためまして、私は倉城といいます」
「おっと、申し遅れましたな。私はポッサム、魔石商を生業としております」
「自分はポッサムさんの護衛を引き受けたラニスといいます。『石』クラスの剣士です」
魔石商に剣士か……いろいろ話を聞けそうだな、などと考えていると、ラニスさんが周囲を警戒しながら言った。
「あの、差し出がましいようですが、ここにこれを置くのはやめておいた方がいいと思います」
「えっ……」
ラニスさんの言葉に、ポッサムがうなずく。
「そうですな。あの野盗がまだうろついているかもしれません。それに、これは一体なんなのですか? こんな乗り物、見たこともないですが……」
うーん、何と答えたものか……。
「こ、これは……魔導……そう、魔導車というものです。すべて魔導の力で動いているんですよ、はい、《《魔導》》で」
咄嗟にしては、わりと説得力がある気がする。
「なんと⁉ これが魔導で……⁉」
「希少な従魔といい、魔導車といい、クラキさん、あなたは一体……」
「た、たまたま手に入れることができただけですので……あははは」
「うぅむ……」
ポッサムさんは腕を組み、難しそうな顔で軽トラを眺めている。
「いや、いろいろ事情もおありでしょう。命の恩人に対して野暮な詮索はいたしませんので、ご安心を」
「あ、いや……助かります」
なんだか変に気を遣わせてしまったかも……。
「あの、よければ少しお時間をいただきたい。街の竜車置き場に停められないか、聞いてきましょう」とラニスさんが胸に手を当てる。
「おぉ、それがいい。金がいるようなら私が出すよ」
「わかりました、では――」
「あ……」
口を挟む間もなく、ラニスさんは街の門へ走って行った。
遠目に見ていると、すぐ戻ってくる。
「OKです。中に入って右側の竜車置き場なら停めて良いそうです」
「ほんとですか! それはありがたい……」
「では、私が誘導しますね」
ラニスさんが門の方へ走って行った。
「私は歩いて向かいますので」
「わかりました」
俺は車に乗り込み、エンジンを掛けた。
ルートは膝を踏み台にして、助手席に飛び乗る。
ポッサムさんが歩いていく後ろ姿を見ながら、俺はルートに言った。
「ルート、今回は無事だったからいいものの……こんな無茶をしてたら、いくら命があっても足りないぞ?」
「ゥ……」
「まだまだ俺たちは経験が足りないんだ。慎重すぎるくらいで、ちょうどいいと思わないか?」
「ワゥ~……」
ルートが謝っているつもりなのか、俺の手を舐めた。
「わかった、わかった。お互い気を付けような」
「ワウッ!」
よし、いつものルートだ。
説教臭くて悪いが、我慢してくれよな……。
俺はワシャワシャと頭を撫で、車を発進させた。
* * *
無事、軽トラを竜車置き場の隅に停めることができた。
意外と他の竜車にうまく溶け込んでいて、浮いた感じはしない。
門兵の人も珍しそうに見ていたのは最初だけだし、この分なら騒ぎになることもなさそうだ。
「クラキさん、ぜひお礼に食事をご馳走させていただきたいっ!」
ポッサムさんがそう言うと、ラニスさんが申し訳なさそうに眉を下げた。
「あー、すみません、私はすぐにギルドへ報告しなければ……」
「そ、そうか。そうだったな、野盗のこともあるし……」
「それでしたら、後で待ち合わせしませんか? 私も会いたい人がいますから」
「おぉ、それがいいですな! では、二時間後にギルド前にしましょうか?」
「私はそれで構いません」
「私も大丈夫です!」とラニスさん。
「決まりですな。では、後ほど――」
俺たちはその場で別れ、それぞれ別の道を行く。
「ルート、はぐれちゃ駄目だぞ?」
「ワゥ」
首輪とか付けた方がいいのかな……。
他の人はどうしてるんだろう。
歩きながらすれ違う人たちを観察していると、たまに従魔らしき獣を連れて歩いている人がいる。何かしらの装飾品を付けていることが多いようだ。
ルートにも何か買ってやりたいなぁ……。
首輪? 腕輪? うーん、難しい……。
そうこう悩んでいるうちに、マクセンさんの店に着いた。
あ、いたいた!
「あの、マクセンさん。お久しぶりです。私のこと……覚えてますか?」
「あぁ~! 覚えてるぜ、クラキだろ?」
おぉ~、まさか名前を覚えてくれているとは……。
「はい、そうです! クラキですっ!」
俺は急いでリュックから服を取り出した。
地球の量販店で買ったものだ。デザインはともかく、生地はそれなりにしっかりしたものを選んだつもりだ。
「あの、お約束してた服を持ってきました!」
「えっ⁉ 本当に持ってきてくれたのか⁉」
マクセンさんは顔を綻ばせ、嬉しそうに服を広げた。
「へぇ~、こいつは大したもんだ! しかし、この縫製は見事だな……よほど熟練した職人じゃなきゃ、これは……」
マクセンさんは食い入るように服を眺めている。
すみません、機械だと思います……。
「気に入ってもらえて良かったです」
「いやいや、買い取るよ。そうだな……二万wzでどうだ?」
「えっ……」
来る途中で見た露店では、だいたい八千wzくらいの服が多かった印象がある。
相場の倍以上か……かなり色を付けてくれてるのかも。
「むむっ……なら三万でどうだ?」
「い、いえいえ、二万で十分です!」
「ははは、ったくクラキは商売っ気がねぇな。いいや、二万五千で買うよ」
うーん、ここで断るのも悪い気がするよな。
「わかりました、ではそれで」
「おぅ、ありがとな! 端末は買ったか?」
「あ、はい。買いました」
「支払うから出してくれ」
俺は魔晶端末を取り出し、受け取り用の紋章を表示させた。
マクセンさんが自分の端末で紋章を読み取り、俺にwzを送金する。
口座に二万五千wzが加算された。
すごいな……もはや決済は地球と遜色ないぞ。
「ん? その犬は……?」
「あ、ルートといいます。私の従魔です」
「ワウッ」
「従魔⁉ クラキは冒険者だったのか⁉」
「ええ、なったばかりなんですけどね……ははは」
一応、冒険者証を見せる。
「へぇ~、たいしたもんだなぁ……。そうだ! なら、ちょっと頼まれてくれないか?」
「えっ?」
「たいした依頼じゃねぇんだが、ここから竜車で半日ほど南に行くと池があるんだ。その池にこういう薬草が生えている。そいつを採ってきてくれないか?」
そう言って、マクセンさんは薬草を取り出して俺に差し出した。
薬草を受け取り、まじまじと見つめる。
ただの草にしか見えないが……ちょっと鑑定してみるか。
――――――――――
名前:ボステソウ
池などの水辺に自生する抽水植物
不眠症に効果がある
――――――――――
おぉ⁉ せ、成功した……!
なんで⁉
「ボステソウ……」
「知ってたのか? なら話は早いな」
「あ、いや、知ってるというか、今知ったというか……」
「ははは、クラキは面白いな。報酬は五万wzだ。薬草は籠一万wzで買い取るぜ」
一籠一万wzか……。
相場はよくわからないが、薬草採取だけなら俺にもできそうだ。
それに、依頼を受けて金をもらうなんて……本物の冒険者みたいで嬉しい!
「どうする?」
「や、やります! やらせてください!」
「わかった、まあ気楽にやってくれ。そうだな……最低二籠あればいい」
「二籠ですね、わかりました」
「じゃあ、今月中に頼む」
「はい! 任せてください!」
「ワゥワゥ!」
「おっ、従魔もやる気だな。籠はこれを使ってくれ」
マクセンさんは、サラダボウルくらいの籠を貸してくれた。
思ったよりも小さい。これなら集めるのも簡単かも?
「ありがとうございます。じゃあ、お借りしますね」
「おぅ! よろしくな!」
俺はマクセンさんに頭を下げ、待ち合わせ場所へ向かった。
初依頼か……ふふっ、テンション上がるなぁ~。




