黒い獣と白鉄の獣
「これでよし、と――」
俺はきさらぎ不動産のアプリから、袋小路さんへ先日のお礼のメールを送った。
袋小路さん、凛としていて格好良かったよなぁ……。
それにしても、きさらぎ不動産って一体……?
ま、まあ、あまり深く考えない方がいいな。
心強い味方がいるってことで。
タイレルから竜車で魔王城まで帰ったことで、大体の距離感は掴めた。
軽トラを隠せそうな場所もあったし、マクセンさんに挨拶がてら、ちょっとタイレルに行ってみるかな?
「ルート、俺達だけでタイレルに行ってみるか?」
「ワウワウ!」
その場でぴょんぴょん跳ねる。
「ふふっ、だよな? 何事も挑戦だ!」
「ワウ!」
リュックを手に取り、俺とルートは魔王城を出て軽トラに乗り込んだ。
「準備はいいか?」
「ワゥッ!」
助手席のルートが嬉しそうに答える。
「出発!」
「ワウワウ!」
軽トラはゆっくりと草原の中へ向かって走り出す。
草に隠れた岩に乗り上げると面倒だ。街道に出るまでは慎重に行こう。
うーん、快晴快晴!
ほんのり冷たい風が最高だな!
しばらくして街道に出た。
意外に道は悪くない。
竜車であれくらいしか揺れなかったもんなぁ。
軽トラなら、田舎道を走っているのと変わらないわ……。
「ふんふ~ん♪」
自然と鼻歌を口ずさむ。
見晴らしも良いし、ガソリンも満タン。
絶好のドライブ日和だな~。
そして、出発から小一時間ほど経った。
そろそろタイレルが見えてくるはずだが……。
「ワゥ!」
ルートが身を乗り出す。
俺は慌てて減速し、目を凝らした。
「あれは……」
見ると、大きな荷馬車が少し斜めになって、道の脇にとまっている。
その周りには、数人の人影が見えた。
「なんだろう?」
ゆっくりと近づく。
「あっ⁉」
や、野盗に襲われている!
商人とその護衛だろうか?
剣と盾をもった人が、必死に剣を振り回し、商人らしき人を守っていた。
だが、相手は4人。
倒れている人が2人……野盗が数では勝っている。
どうする⁉
俺とルートじゃ……逆に足手纏いか⁉
「ワウワウワウッ!!」
「あっ⁉ ル、ルートっ!!」
ルートが窓から飛び出し、走って行ってしまった。
「あぁ~もうっ! どうするどうする……こ、こうなったら……」
俺はクマスプレーを取り出し、ポケットにねじ込む。
こうなったら車で突っ込んで、商人達を乗せて逃げよう!
「うぉおおおおおーーーーーっ!!!」
ここは異世界……やるしかない……やるしかないんだっ!
アクセルをべた踏みして、俺は野盗に向かって軽トラを走らせた。
* * *
剣士ラニスは、野盗に剣先を向けながら、尾行に気づけなかった自分を責めていた。
「ひっひっひ……おらおら、後がねぇぜ剣士さんよぉ……」
不敵な笑み浮かべた野盗達が、じりじりと間合いを詰める。
「くそっ……」
「ラ、ラニス……も、もう駄目だ……に、荷を全部渡せば、命は助けてくれるかも知れん……」と、すがるような声で商人のポッサムが言った。
「無駄ですよ。俺達はもう、奴らの顔を見てしまいましたから……」
「そ、そんな……」
両手で頭を抱え、ポッサムはその場に座り込んだ。
ラニスは絶体絶命の中、激しい後悔に襲われていた。
この依頼さえ完遂すれば……『銅』へ昇格だったのに……。
ここ最近は何をしても上手くいっていた。
剣の腕も上がり、ソロ冒険者の最初の壁ともいわれる『石』から『鉄』への昇格も果たした。
格上の魔獣も倒せた。
経験が自分を強くしていたと思っていた。
だから護衛の……この依頼を、どこかで俺は舐めていたのだ……。
すれ違った奴らを、野盗だと思わなかった。
ただの行商人か、旅人だろうと、ロクに警戒もしていなかった……。
今になって思い返せば、怪しいと思う節が多々あったのだ。
乗合馬車にしては人数が多すぎたし、人相も悪い。
食料や水らしき物も積んでいない。
何かを隠すような不自然な藁……。
俺たちを値踏みするような目つき……。
「くそっ!」
「ははは! 恨むなら間抜けな自分を恨め!」
「「ひゃはははは!」」
野盗達が間合いに入ろうとした、その時――。
「――ワウォンッ! バウバゥッ!!」
何か黒い風のようなものが横切る。
「うわぁっ!」
野盗の一人が手斧を落とした。
見ると手から血が流れている。
「な、なんだっ⁉」
「おい、どうした!」
手を押さえた野盗が、あっちだと顎をしゃくる。
「――ま、魔獣だ!」
「な、なにっ⁉」
「こ、こんな場所に……」
「――⁉」
「ガルルルルル……」
少し離れた場所に、黒い獣が唸り声を上げながら立っている。
「狼……いや、あれはブラック・コボルトか⁉」
以前、王都で高位貴族が連れているのを見たことがある。
まだ幼体のようだが、そっくりだ……。
「くそっ……まだ子供じゃねぇか、狩っちまえ!」
「おらぁ!」
槍を持った野盗が、真っ先にコボルトに向かっていく。
「バウッ! ガルルル……!」
「こ、こいつ!」
「ワウゥ……ガウッ!!」
コボルトは矛先を器用に躱しながら、吠え続けている。
「チッ! ちょこまかと……」
「おい、囲め囲め!」
「「おぅ!」」
野盗達はコボルトに気を取られている。
――今しかない。
タイレルの近くまで逃げられれば……門兵がいる。
ラニスはポッサムの手を引き、「逃げます!」と走り出した。
「あっ⁉ おい! 待ちやがれ!」
逃走に気づいた野盗の一人が追いかけようとした時、妙な音が聞こえてきた。
――ブォオオオオーーーッ!!!!
一斉に音の方へ皆が顔を向けた。
すぐそこに土煙を上げながら迫ってくる白い化け物がいた。
「ひぃっ! な、なんだありゃぁ!」
「わわわわわ⁉」
凄まじいスピードだ。
しかも、白い化け物の中には人間の姿があった。
意味がわからない――。
魔術師? 竜? ゴーレムか⁉
「に、逃げろ!」
「ひぃいい!」
野盗が蜘蛛の子を散らすように街道から草原へ逃げて行く。
コボルトがその後ろを吠えながら追い立てている。
助かったか――⁉
い、いや、ば、化け物がこっちに来る……!
「ラニス! な、なんだあれは⁉」
「し、知りませんよ!」
必死に走るが、すぐに追いつかれてしまった。
「はあ、はあ……」
「はひぃ……はひぃ……」
ポッサムは足がもつれ、もう走れそうにない。
クソッ……ここまでか……。
――プップッ!
「ひゃっ⁉」
「な、鳴いた⁉」
ラニスとポッサムはその場にへたり込む。
ゆっくりと唸る白い塊がラニス達の前で停まった。
お、終わりだ……!
と、二人が目を瞑ると、人の声が聞こえた。
「大丈夫ですか! 早く乗ってくださいっ!」
目を開けると、そこには気弱そうな男の顔があった。
「あ、え……?」
ラニスとポッサムは顔を見合わせる。
「怪しい者ではありません、私、『草』ランクの冒険者です! 早く後ろに乗ってください! 街までお送りします!」
そう言って、男はギルドの冒険者証を見せた。
「冒険者……」
わからないことだらけだが、悪い男には見えない。
ラニスは己の直観を信じた。
「行きましょう」
「あ、あぁ……」
化け物には荷台のようなスペースがあった。
触れると冷たく、まるで鉄のようだった。
なんなんだこれは……。
ラニス達が恐る恐る乗り込むと、白鉄の獣が唸り声を上げながら走り出す。
ポッサムはラニスの腕を掴んで震えていた。
すると、さっきのコボルトが荷台に飛び乗ってきた。
「うわぁあああーーーっ!!」
「ひぃいいい助けてくれぇええ!!」
ラニスが剣を抜こうとすると、男が大きく声を張った。
「大丈夫です! その子は私の従魔ですから! お願いですから攻撃はしないでください!」
「へ……? じゅ、従魔?」
「ワゥ!」
コボルトは嬉しそうに尻尾を振っている。
どうやら、自分達に危害を加えるつもりはないようだ……。
「ポッサムさん、大丈夫です……彼らに敵意はなさそうです」
「ほ、本当か⁉」
「ええ……助かったんですよ、俺達」
「た、助かったのか⁉ よ、良かった……! 本当に良かったっ!」
泣きじゃくるポッサム、そして空を仰ぐラニスを乗せ、コボルトを従えた謎の男が操る白鉄の獣は、タイレルに向かって走り続けた。




