ルートの秘密
城のダイニングで、俺とルートは昼食を食べていた。
テーブルには、地球から持ち込んだ『魔法の粉』で味付けした赤竜肉が並んでいる。
「んん! う、うまぁっ!!⁉」
「ワウワウッ!⁉」
ルートもあまりの旨さに驚いているようだ。
ただ、魔獣といえど体のつくりは犬に近いはず。できるだけ薄味にしておいた。
それでも、ルートには未体験の味だろう。
なんせ東△スープの素は、地球が誇る魔法の粉だからな……。
「ははは、旨いか?」
「ワウワウッ!!」
目を輝かせ、全身で旨いと訴えているようだ。
一番喜んで欲しいルートに気に入ってもらえて俺も嬉しい。
ちょっとウルっとしそうになる。
最近、涙腺が弱いんだよなぁ……年かな?
「そうだ、アナさんにも食べてもらわないと」
そろそろ来るかな?
いつも何時くらいに来てるんだろう……。
とりあえず用意しておくか。
肉をもう一口、口に運ぼうとした、その時――。
「ほぅ、随分と旨そうなものを食べているな?」
「ええ、特別な粉を使ってましてね、これがまた手軽な上に……」
――え、誰っ⁉
振り返ると、そこにはアイレム様が俺の手元をのぞき込んでいた。
いつの間にっ⁉
「うわぁああっ⁉ あ、ああ、アイレムさま……⁉」
アイレム様は相変わらずの無表情で、
「これは何という料理だ?」と聞いてきた。
「え……あ、こ、こちらは、赤竜肉の東△スープ付けとでもいいましょうか……」
「……ふむ、旨そうだな?」ジロっと俺を見る。
「え、ええ、とても美味しいですね、はい……」
「……さぞ美味であろう?」
「そうですね、ただ庶民的な味というか、親しみのある味わいかと……」
「なかなか興味深い。私はあまり食に明るくなくてな……いつも適当に済ませるのだ。忙しいのもあるのだが……」
そう言いながら、アイレム様は俺と肉を何度も交互に見る。
「な、なるほど、ダンジョンマスターというお役目も大変そうですしね……。あ! 先日は闇魔法の教本をいただき本当にありがとうございました、まだ一度しか試せていないのですが、これからゆっくり覚えていくつもりです! ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げる。
「よい、私にも一因がある。それよりも、その旨そうな料理はどのように作るのだ?」
「あ、はい! こちらは手間いらずでして、切り分けた肉に穴を開け、袋に水とこの粉を入れ、良く揉みこみます。しばらくして味が馴染んだら魔導レンジで6分チンするだけなんです!」
ふぅ、緊張したがちゃんと説明ができた。
失礼があってはいけないからな……。
「そうか、旨そうだな」
その視線は、じっと肉に注がれている。
「はい、自分的には世界最高峰クラスだと思っておりますです、はい」
アイレム様はやはり無表情のまま、じっと俺を見つめた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「お前は……鈍いのか?」
「はい?」
え……どういう……。
俺が首を傾げると、アイレム様は小さくため息をついた。
「私も食したい、と言っているのだ……」
* * *
アイレム様の分を用意している間に、アナさんもやってきた。
ちょうど良いということで、全員で食卓を囲むことになった。
「うみゃあああああーーーーーっ!!! なんだクラキ、この肉⁉ めちゃくちゃ旨いじゃん!!」
アナさんがひと口食べるなり叫んだ。
一席開けて座るアイレム様は、黙々と肉を口に運んでいた。
「ははは、喜んでいただけて何よりです」
「お前天才だったのか! こんなの食ったことがないぞ⁉」
「でしょ? へへへ……。レムさんもお口に合いましたか?」
「うむ、大変美味であるな……」
そう言って満足そうに、口元をナプキンで拭った。
アイレム様のことは、アナさんの前ではレムさんと呼ぶように言われている。
余計な詮索を避けるためだそうだ。
たしかに元魔王様がいるとなれば、いくらあっけらかんとしたアナさんでも取り乱すに違いないもんな……。
「この白髪の男はクラキの友人か?」
「ちょっ……し、失礼ですよ。この方はレムさんといって、私の魔法の師というべき御方です」
「えっ⁉ クラキ、魔法が使えるのか?」
「まだ始めたばかりなんですけどね、あはは……」
「ふぅん……じゃあレムは魔術師か。いいな、高給取りじゃん」
もぐもぐと肉を頬張りながら言う。
ちょっと聞いていてハラハラするが、アイレム様は気にされていないようだ。
良かった……。
「では、私はそろそろ行かねばならん。クラキ、食事の礼だ。私が従魔契約をしてやろう」
「えっ⁉」
「へぇ~従魔契約もできるなんてすごいじゃん、もしかして魔術部の人?」
「いや……まあ、それに近いと思ってくれ」
アイレム様は適当に返事をすると席を立ち、ルートに歩み寄った。
ルートは少し緊張した様子で、じっとアイレム様を見上げている。
アイレム様はルートの頭に優しく手を置いた。
「なるほど……どうだ、クラキ。彼女はお前と契約したがっているが?」
「わ、わかるんですか⁉」
「うむ、心を読んでいるからな」
「うぇっ……おい、レム! あたしのはやめてくれよ⁉」
アナさんが露骨に嫌な顔をする。
「無論だ、そもそも相手が心を開かなければ読むことはできん、安心しろ」
「なぁんだ、心配して損したな。あっはっは! クラキ、氷壁もらうぞー」
「あ、はい……どうぞ」
さっきから変な汗が出っぱなしだ。
この一切、気を遣わないのがアナさんの良いところでもあるのだが……。
「どうする?」
俺はルートを見た。
ルートは、小さく尻尾を振りながら、まっすぐな目で俺を見つめてくる。
ていうか、ルートは女の子だったのか……。
「ルートが望むのであれば、俺に断る理由はありません」
「うむ、それがよかろう――では」
アイレム様はルートの頭に手を乗せ、何やらぶつぶつと呟いた。
――リビングの空気が変わる。
神聖な、静謐な空気が部屋を満たしていくようだ。
そして同時に、ルートの体が金色の光を纏った。
「おぉ……」
「ワゥ……?」
ルートも驚いているようだ。
その光がルートの頭上に集まり、美しい魔法陣を形作った。
幾何学的な紋様が、ゆっくりと回転している。
「クラキ、この魔法陣に触れるのだ」
「は、はい……」
これでルートは正式に俺の従魔となるのか……。
責任重大だが、元よりルートは俺の家族だ。迷いはない。
「ありがとうルート、ずっと一緒にいような」
「ワウッ!」
俺は手を伸ばし、魔法陣に触れた。
瞬間、温かな何かが手から流れ込んでくる。
同時に、胸の奥にルートとの確かな繋がりを感じた。
ああ、ルートがそこにいる――。
言葉にはできないが、そう確信できる何かが生まれていた。
カッと閃光が瞬き、魔法陣が消える。
「これで完了だ。それと今日は気分が良い。特別に便利なものを授けてやろう」
そう言って、アイレム様は俺に手をかざす。
「――⁉」
一瞬、頭の中で火花が散ったように感じた。
「い、いまのは……」
「互いの成長が確認できるように、簡易的な『鑑定』を使えるようにしておいた。まあ、これも使い込んでいけば、そのうちいろいろなことが見えるようになる」
「あ、ありがとうございます!」
こんなすごいものをもらえるなんて!
「心の中でも、口に出してもよい。鑑定と唱えることで見える。見えないものはお前の魔力量が足りないということだ。口に出す方が成功率が上がるらしいが、私は失敗をしたことがないのでな……真偽は不明だ」
「……わかりました」と、俺は生唾を飲み込んだ。
「おい、クラキ。面白そうだな、ちょっと私を見てくれよ」
「えっと……」
俺はアイレム様にお伺いを立てるように目を向けた。
アイレム様は小さく頷く。
「で、では――鑑定!」
瞬間、視界の端に半透明の文字が浮かび上がった。
おぉ! 何だかゲームみたいだな……。
――――――――――――――――
名前:アナ
知力:■■■
体力:■■■
魔力:■■■
職業:ウェザーマート魔王専属配達員
――――――――――――――――
「あ、知力、体力、魔力が表示されてますが読めませんね……名前と職業しかわかりません。ん? 魔王専属配達員……?」
「あぁーあぁーーっ! すごいぞ、クラキ! あははは!」
俺の声をかき消すようにアナさんが言った。
何だろう、魔王専属って……。魔王城ってことかな。
ま、いいか。
「ふむ、上手くいったようだな。あとは使っていくうちにわかるだろう。では、世話になったな……いずれまた会おう……」
「あ……」
お礼を言わねばと手を伸ばした瞬間、アイレム様は黒い粒子となり跡形もなく消えてしまった……。
「き、消えたぞクラキ⁉」
「……はい、お忙しい方なのでお戻りになったんだと思います」
ダンジョンマスターか、きっと大変なんだろうな。
今日のお肉で、少しは恩返しできているといいんだが……。
「そっか、変な奴だが、良い奴だったな、わはは!」
アナさんは豪快に笑った。
ルートが俺の足にすり寄ってきた。
ふわっとした柔らかい毛並みが、足に触れる。
「よぅし、ルートも見てみるか?」
「ワウ」
「コホン、では……鑑定!」
――――――――――――――――
名前:ルート(従魔)
LV:5
知力:A
体力:B
魔力:A+
種族:魔犬プティ・ガル(幼体)
ガルムを祖とする血統を持つ魔犬種
LVアップにより血統進化が可能
――――――――――――――――
な、なんかすごいぞ……。
ガルムってアイレム様が言っていたやつか?
ルートは魔犬種なんだな。
血統進化ってちょっと怖そうだけど、それだけ凄いポテンシャルを秘めているってことか……。
でも、これは口外しない方がいいだろうな。
恐らくとんでもない希少種なんだろうし……ブラック・コボルトってことで通すか。
「どうだー?」
ほぼ酔っ払いのアナさんが聞いてくる。
「はい、やっぱりブラック・コボルトでした」
「おぉ、良かったな!」
「ええ、頼りになる相棒ですね」
「ワウワウ!」
そうだろうと言わんばかりにルートが胸を張った。
ちょっと得意げな顔がたまらなく可愛い……。
俺は柔らかい頭をそっと撫でてやる。
「さ、片付けしますか!」
「あぁー! おい、まだ飲んでるだろ!」
「だめです、そろそろお仕事じゃないですか?」
「うぐっ……」
しょんぼりするアナさんを見て笑いながら、俺は皿を流し台へ運ぶ。
ルートもそれを手伝ってくれた。
小さな口で皿の端を器用にくわえ、危なげなく運んでくる。
「お、ありがとな」
「ワウ!」
「クラキ~あと、一本だけ~」
背中越しにアナさんが訴えてくる。
「だめです」
「クラキのケチ~!」
「なんといわれても、今日はもうだめですよ」
「うぅ……」
俺は笑いながら皿を洗う。
ルートは流し台の横に座り、俺が洗う様子を眺めていた。
ああ、こういう日がずっと続けばいいな……。




