闇魔法使ってみた!
有休も終わり、俺は地球の自宅に戻っていた。
仕事の支度をしながら、ウェザーランドでのことを思い返していた。
アイレム様からもらったノートは、初心者を対象にした闇魔法の教本だった。
ざっと通読しただけだが、かなり使えそうな手応えを感じている。
足元にぬかるみのような闇を創る魔法や相手の視界を奪う魔法など、ルートの戦闘補助に役立ちそうなものが多い印象だ。
「いろいろと覚えていかないとな……」
あと、アイレム様が言っていた、ガルムに連なる眷属というのも気になる……。
もしかして、ルートはブラック・コボルトじゃないのだろうか?
まあ、とにかく可愛いし、賢いし、ルートが何であれ、ルートはルートなのだ。
ジャケットを羽織りながら、ふとルートの顔が浮かぶ。
あー、はやくモフモフしたいなぁ……。
電車に揺られながら外の街並みを眺めていると、不思議な気持ちになる。
つい数日前まで、竜車に乗って草原を走っていたなんて……誰が信じるだろうか。
会社に着き、自分のデスクに座る。
ふと、深山くんの席に目を向けるが、別の人が座っていた。
そうか、もう出社は終わってたっけか。
俺が話す相手もいなくなってしまったな……。
少し寂しさを感じながらも、いつも通りの仕事をこなす。
休憩時間になり、給湯室でコーヒーを淹れた後、スマホでレシピサイトを眺めていると、近くの席の菅原さんという年配の女性が声を掛けてきた。
「ねぇねぇ、倉城さんって最近何かスポーツとかしてるの?」
「えっ⁉ い、いや、あ、そうですね、ウォーキングと軽く筋トレを……」
「やっぱり! 体つきが変わったなって思ってたのよー」
「そ、そうですか?」
思わず自分の腕を見る。
言われてみれば、少し引き締まったような……?
「ええ、私もジムに通い始めたから気になっちゃって」
「へぇ、ジムですか……」
ジムって高そうだよなぁ……。
おしゃれな感じがするけども。
「あ、じゃあ、休憩中にごめんなさいね」
「いえいえ、お気になさらず……」
互いに頭を下げると、菅原さんはオフィスへ戻っていった。
「……」
一人になり、もう一度自分の腕を見つめる。
そうか、自分じゃ気づきにくいけど効果は出てるのか……。
何だかやる気が出てきたな。
よし、週末は新しい料理にも挑戦するか!
そうと決まればレシピも選んでおかないとな……。
そうだ! せっかくだし、アナさんにも食べてもらおうかな?
ふふ、何がいいかなぁ……。
早く、ルートに会いたい。
俺はスマホでレシピを眺めながら、週末に想いを馳せた。
* * *
――待ちに待った週末だ!
今回、俺は日本の誇る調味料を持参した。
そう、東△スープの素だ!
これだけはウェザーランドにもないからな。
この魔法の粉さえあれば……くっくっく。
俺が目を付けたのは、簡単に鶏もも肉を食べられるレシピだ。
なんとこの粉で下味をつけ、レンジでチンするだけというお手軽なもの。
それでいて、世界でも最高峰の旨さが実現できるというヤバさ……。
これをあの赤竜肉で試したらどうなるのか……。
料理人でなくとも、試さずにいられるわけがない。
胸を躍らせながら城に入ると、ルートが飛びついてきた。
「ワゥワゥ!!」
「おぉ! ルート、元気だったか? お出迎えしてくれたのかぁ~、ルートは優しいねぇ~」
俺を知る人が聞いたら耳を疑うような猫なで声を出しながら、台所へ向かう。
「ちゃんとご飯も食べてるな、よしよし……」
流し台に置かれた器を見て頷く。
さすがに洗うまではできないが、ルートはこうして食器をまとめておくことができるのだ。天才かよ……。
「アナさんもちゃんと来てくれてるみたいだな……」
山積みになった氷壁の空き缶が置かれている。
まったく、ルートでさえ片付けができるというのに……。
まあ、ルートの安否も確認してくれているわけだし、これくらいは安いもんだな。
俺は空き缶を集めて回収用の木箱に入れた。
こちらの世界もリサイクル制度があるらしく、こうして空き缶をウェザーマートへ返却することで、アプリで使えるウェザーポイントで還元してくれるのだ。
こういうところは、地球よりも進んでいるかもしれないな。
さて、と――。
早速だけど作ってみるかな……。
作るといっても、魔法の粉任せなんだが。
「赤竜肉は……っと」
冷蔵庫から赤竜肉のブロックを取り出す。
ひと口分を切って、ルートに手でやる。
「ほら、おやつ」
「ワウッ!!」
「はは、旨いか? よーしよーし」
お次はブロックを大きく切り分けていく。
皿に乗るくらいに切って、フォークで肉に穴を開けていく。
「こんなもんかな?」
ビニール袋に肉を入れ、水と魔法の粉を入れて揉みこむ。
ルートにも他の袋を踏んでもらう。
「よーく揉むんだぞ」
「ワウ」
しばらくルートとふざけながら肉を揉む。
俺はいま、幸せを感じている……。
ありがとう、魔王城! アイレム様……異世界万歳!
「あとは少し寝かせて味を浸透させるんだ」
「ワウ~?」
ルートは不思議そうに小首を傾げた。
味が染み込むまでの時間、リビングの掃除をしておこう。
貴重な週末の時間を無駄にしたくないからな。
モップで床を拭きながら、俺はアイレム様にもらった闇魔法の教本を読む。
「ふむ……最初はこの『闇の泥』という魔法がよさそうだな」
タールは闇で泥を創る魔法だ。
習得が簡単で、最初に覚えるに適していると書かれている。
ちょっと試してみるか……?
教本の図には、こういう泥をイメージしろと挿絵が描かれていた。
ただの黒いもやもやした絵だが、文字だけの説明よりもスッと頭に入ってくる。
「こうかな……タール!」
手を伸ばして唱えると、ぐっと何か体の芯の力が抜けるような感覚があった。
「ワウワウッ!ワウッ!」
ルートが何かに向かって吠えている。
見ると、かなり小さいが黒い泥のようなものがそこにあった。
「成功だ! ははっ、凄い凄いっ! 本当に使えたぞ⁉」
ルートがそっと泥に手を伸ばしている。
「あ、おい、触って大丈夫か?」
ちょんちょんと触れ、「ギャワッ」と、慌てて手を振り離れた。
気持ち悪かったのかな……。
俺も恐る恐る指で触れてみる。
「うわぁ……なんだろう、これ?」
ぬるぬるしてるとかじゃなくて、泥に浸かった指先だけ、やたらと動かすのに負荷がかかるというか……重たいプールに入っているような感覚だ。
なるほど……これならたしかに、大きく作ることができるようになれば、かなり使えるぞ……。逃げる時も役立ちそうだし、戦闘中も相手を嵌めることもできるな。間違ってルートが入らないようにタイミングや出す場所も考えなければならないが……。
「闇魔法って便利そうだな。そろそろ味も染みて……え?」
――ガクっと膝を落とす。
ち、力が……入らない。
「キューン、キューン……」
ルートも俺の異変に気付いたのか、心配そうに周りをぐるぐる回っている。
「そうか、初めて魔法を使ったから……魔力切れってやつかな」
たしか、教本にも書いてあった。
俺は床に座り、教本を開いた。
「最初は一日一回、慣れと共に回数を増やしていくこと、か……」
やはり、世の中そんなに甘くない。
魔法も筋トレと同じ。何度も使っていくことで徐々に魔力量が増えていくらしい。
「明日から、毎日一回使わなきゃな……ごめん、ルート、少し休むよ」
「ワゥ」
すると、ルートは俺にぴったり寄り添ってくれる。
柔らかくて、あたたかいな……。
そうだ、ルートの契約もしておかないと……。
従魔契約なんて俺はどうでもいいんだけどな。
なんか縛ってるみたいだし……。
でも、ルートと街を歩くには必要だもんなぁ。
嫌がらなければいいんだけど……。
ま、後で飯食ってから考えるか……。
俺はいつの間にか意識を手放していた。




