閑話:タイレルの夜
昼と違って、ここタイレルの夜はまた別の顔がある。
軒を連ねていた露店は消え、代わりに酒と料理を振舞う屋台が取って代わるのだ。
「クラキも連れてきてやりたかったな……」
屋台の隅で酒と肉串を食いながら、オレはため息をついた。
てめぇの命を助けられたってのに、オレはあいつを信じてやれなかった。
それどころか、返答次第では殺す覚悟もできていた……。
「クソッ!」
ドンッとテーブルを殴る。
周りの客が一斉にこちらを見るが、すぐに何事もなかったかのように談笑を始めた。
「よぉバルト、荒れてるな? ――親父、俺も同じのだ」
「へいよ!」
隣にラッドが座る。
「何しに来た?」
「まあ、あのまま何も話さずじゃ、俺も居心地が悪くてな……ここなら、ただの酔っ払いの戯言で済む」
「はいよ! 竜火酒おまちどおさま!」
「また癖の強い酒を……」
ラッドは顔を顰めながら、さっそく一杯呷った。
「かはぁーーーっ! すげぇなこれは……」
「……なぁ、あの通話は誰からだったんだ?」
「上の、そのまた上の人間だな……」
「なっ……⁉ 本当か?」
ラッドの言う上はギルド上層部、恐らく本部のお偉いさんのことだ。
そして、その上となると……それは王家の……。
「まあ、これが最初で最後の通話だろう。はははっ、地方ギルドの中間管理職が話せるような相手じゃないことは確かだ」
「あの女……一体、何者なんだ?」
「――キサラギ」
ラッドはぼそっと呟く。
「俺も噂で聞いたことしかねぇが……"キサラギ"という謎の組織があるらしい」
「キサラギ? あの女もそんなことを言っていたな……」
「ああ、かなり古い文献にも名前が出ることがあるそうだ。ただ、具体的に何をしている組織なのか、誰がかかわっているのか……すべては謎のままだ」
「じゃあ、あの女はその組織の?」
「わからん……。ただ、あの女はアイレムを呼ぶ力を持ち、この国の上層部にも太いパイプを持っているということだ」
「魔女、か……?」
「恐らくは」とラッドが頷く。
少しの間、沈黙が続いた。
ラッドはオレに竜火酒を注ぎ、自分の酒をクイッと呷った。
「かぁーーーっ! ったく、こんなもん、いくら考えてもしょうがねぇ! 俺たちは珍しい虎を見ちまった、それだけのことさ!」
「……ああ、そうだな。飲むか!」
「おう!」
オレはラッドと酒を酌み交わす。
次第に、すべてがどうでもよく思えてきた。
あいつには悪いことをした。
なら、素直に謝ればいいだけだ、それだけのことさ。
また、魔王城を訪ねてみるかな……。
「よぅし、もう一杯だ、親父! じゃんじゃん持ってこい!」
「あいよ!」
「ははは! いいねぇ、そうこなくちゃな!」
「ラッド、今日は帰れると思うなよ?」
「おぅ、のぞむところだ」
二人の笑い声が、夜の屋台に溶けていく。
周囲の喧騒、焼ける肉の匂い、酒の香り……。
いつもと何も変わらない、タイレルの夜が更けていく。




