一件落着……⁉
応接室にヴァネッサさんが戻り、仕切り直しということで皆にお茶が出された。
湯気の立つカップを受け取ると、ようやく緊張が少しほぐれた気がする……。
ラッドさんが額に手を当てた。
「……前代未聞だぜ、まさか本物の魔王、あーいや、アイレム様とはな……」
「ああ。しっかし、手も足も出なかったな。ま、ありゃ、どうやったって勝てる相手じゃねぇか……」
バルトさんが吐き出すように言うと、ヴァネッサさんが「それほどの……」と、驚いた顔を見せた。
どんよりした空気を変えるように、袋小路さんが明るく切り出した。
「まあまあ、アイレム様はもう別世界の御方ですから。それよりも、こちらの問題を片付けてしまいませんか?」
ラッドさんが、ニコニコと愛想の良い笑みを浮かべる袋小路さんを恨めしそうな目で見る。
「はぁ……。こんなもん、上に報告できるかよ……俺の首が飛んじまう」
「なるほど、ギルド上層部の問題と……では、上層部が承認すればよろしいのですね?」
袋小路さんが手早く魔晶端末を操作する。
「あのなぁ、あんたが何者かは知らねぇが、そんな簡単なこ……と……ん?」
ラッドさんが胸元から魔晶端末を取り出した。
画面を見て、目を大きく見開くと、慌てて席を立ち壁際に行く。
「どうしたんだ、ラッドのやつ?」
「さぁ……」とヴァネッサさんが首をかしげる。
ラッドさんは誰かと話をしながら頭を下げている。
あの様子だと、ラッドさんよりも立場が上の人なのかな……。
「はっ……ええ、そうですが……えぇっ⁉ は、はい……しかし、あ、はい……わ、わかりました」
狐につままれたような顔でラッドさんが席に戻ってくる。
「なんだ、どうしたんだ?」
バルトさんの質問には答えず、ラッドさんは袋小路さんを見た。
「あんた一体……、いや、忘れてくれ。これ以上は知らない方がいいな……」
そう言って、宙で手を振る。
「ここでは何も起きなかった。バルトが魔窟の報告へ来た、クラキとルートはただの付き添いだ。クラキも登録したいならするといい、希望するなら従魔登録もしよう」
「お、おい、ラッド……」
「バルト、何もなかったんだ。だからこれ以上話すことはない。いいな?」
「「⁉」」
バルトさんとヴァネッサさんが息を飲んだ。
俺は……助かったのか?
「これでいいか?」
「はい、素晴らしいです。万事解決ですねっ!」
袋小路さんは笑みを浮かべ、
「では倉城さん、どうします? このまま城へ戻りますか? それとも登録などをされていきますか?」と尋ねてきた。
「えっと……」
こんな状況で登録なんて気まずすぎるよな……。
「クラキ、気にせず登録していくといい」
俺の心境を見透かしたのか、ラッドさんが勧めてくれた。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて登録だけ……」
「うむ、ヴァネッサ、頼む」
「はい、承知しました。では、クラキさん登録は一階で行います」
「あ、はい」
「じゃあ、私達はこれで失礼します。いろいろお騒がせしてすみませんでした」
袋小路さんがペコリと頭を下げる。
俺も慌てて立ち上がり、一緒に頭を下げた。
「いやいや、何もなかったからな。お互い謝罪なんて不要だろ?」
ラッドさんが笑いながら言う。
「それもそうですね……」と袋小路さんが少し上を見て、
「では、これで」と笑みを向けた。
ヴァネッサさんの先導で俺と袋小路さんは一階へ向かう。
最後までバルトさんとは目が合わなかった。
何て声を掛ければよかったんだろうか……。
考えてみても、俺にはわからなかった。
* * *
ギルドを出ると、入口前に立派な竜車が待機していた。
大きな竜が二頭、ゆったりと尻尾を揺らしている。
おぉ……きさらぎ不動産の竜車なのかな?
もしかして、こっちに支店でもあるのかも知れない。
「どうぞ、お乗りください」
「すみません、ありがとうございます」
袋小路さんに促され、俺はルートを抱えて竜車に乗り込んだ。
タイレルから魔王城へは、このまま帰ることになった。
さすがにマクセンさんの店に寄る気力は残っていない。
また次の機会にしよう……。
俺の冒険者登録は滞りなく終わった。
冒険者のランクは、最上位から『金』、『銀』、『銅』、『鉄』、『石』と続き、俺のランクは最下位の『草』からだ。依頼などをこなしていけば少しずつ上がっていくらしい。
ヴァネッサさんに聞いたところ、バルトさんは『銀』ランクの冒険者なんだそうだ。
最後に挨拶ができなかったのは残念だが……仕方ない。
時間が経てば、また楽しく話せるようになるかもしれないしな。
ルートの従魔登録は、俺とルートが従魔契約をしていないということで、ちょっと周囲がざわついてしまった。何でも契約を交わしてない魔獣は、主人の意向を無視して誰でも襲える状態だからだということらしい。当然といえば当然だ。
ルートが幼体ということと、ヴァネッサさんが上手く計らってくれたお陰で、大きな騒ぎにもならず、契約を済ませてから登録はまた後日――、という話に落ち着いた。
竜車はとても乗り心地が良かった。
だが、ロデオのようなホークの乗り心地がなんとなく恋しくもある。
ルートは俺の隣で丸くなっていた。
「あの、今日は本当にありがとうございます……おかげで命拾いしました」
「いえ、こちらこそサポート不足で申し訳ございません。まさか、もう測定をされてしまうとは……倉城さんは、私の想定よりも早く異世界に馴染まれてしまったようですね……」
袋小路さんは、車窓から見える景色に目を細めた。
「実は、あの場では誤解を招く恐れがあって言えませんでしたが、クラキさんのDNAには魔王配列というものが含まれています。そもそも、あの物件チラシはそれがなければ見ることすらできないものでして……」
「……え?」
話が変わってきた。
な、何その厨二設定……。
「地球の方には一定数お持ちの方がいらっしゃるんです。珍しい血液型みたいなものでして……魔力の存在しない地球では、特に何の意味もありません」
「は、はあ……」
「ただ、ウェザーランドでは個人差もありますが、闇属性を発現してしまうのです。もちろん、アイレム様の言うように魔王城の影響もないとは言えませんが……」
「それって、体に異常が出たりとかは……」
「大丈夫です。闇属性も他の属性も基本的に変わりはありません。ただ、こちらの世界では、先ほどのギルドの方々のように、闇属性に対する反応が思わしくないのです……。それについては、もう少し慣れてからご説明をと思っていたのですが……」
「そうだったんですか……。ま、まあ、こうして無事でしたし、私は何も気にしていませんから」
「そう言っていただけるとありがたいです……えへへ」と、袋小路さんは申し訳なさそうに笑い、「あっ」と思い出したように声を上げた。
「そうでした! こちら、アイレム様からクラキさんへ渡すように言われていたものです」
「アイレム様から……⁉」
袋小路さんが、古びたトラベラーズノートのような書物を差し出した。
装丁は革張りで、手に吸い付くような手触りだった。
ルートがクンクンと匂いを嗅いでいる。
「これは……?」
「私は受け取っただけですので内容はわかりません。ただ、アイレム様も少なからず自分のせいだとも言っておられたので、きっとクラキさんの役に立つものだと思いますよ」
「アイレム様が……」
チラッとページをめくると、そこには『すぐにマスター! 図解で覚える闇魔法その1』と書いてあった。
「えっ⁉」
「ど、どうかしましたか?」
「いや、何でもないです、ははは……」
慌ててノートを閉じた。
これって闇魔法の教科書的なものか⁉
もしかしてものすごく貴重なものなのでは……!
「もし機会がありましたら、アイレム様に倉城が感謝していたとお伝えください」
「はい、必ずお伝えしておきますね」
「お願いします――」
何だかいろいろとありすぎた。
有休もあと一日、明後日には地球へ戻らないとだし、帰ったらゆっくり風呂にでも浸かるか……。
俺はルートを撫でながら、竜車の走る音に耳を傾けた。




