ダンジョンマスター
黒い稲妻のような亀裂から、高価そうな装飾の施された黒いローブを纏った男の人が出てきた。
足を着いた床には、波紋のような揺らぎが起こり、靴音ひとつ聞こえない。
そして、その後から袋小路さんがひょいと顔を出した――。
袋小路さんは俺を見つけ、
「あ、いた! 倉城さーん」と小さく手を振った。
「バルトッ!」
「おぅっ!」
二人が完全に戦闘態勢になる。
すさまじい速さで謎の男に向かって飛び出した瞬間――ピタリと、空中で二人の動きが止まった。
「がっ……な……⁉」
「くっ……!」
見れば、二人の手足には黒い輪のようなものが嵌められており、身動きひとつ取れないようだった。
「――いちいち騒ぐな、誰も取って食おうなどと思わん」
何もわからない俺にでもわかった。
この人は絶対に怒らせてはいけない類の人だ……。
「あのぉ~、きちんとご説明をしますので、お話を聞いていただけますか? もちろん、聞いていただけるのであれば、何もしないと約束しますので……」
バルトさんとラッドさんが目を見合わせ、小さく頷いた。
その様子を見た袋小路さんがホッと胸をなでおろす。
「よかったです、では、ご紹介します。こちら魔王城の前オーナーである魔王様です」
「「――!!?」」
ま、魔王さん⁉
この人が……も、元オーナー……。
魔王さんは目を伏せたまま、袋小路さんが説明するのを聞いているようだ。
「えー、魔王様には、大変お忙しいところ無理を言って来ていただきました。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」
「……」
「……」
ラッドさんもバルトさんも言葉を失っている。
そりゃそうか……本物の魔王だもんなぁ……。
ふと、魔王さんがルートに目を向けた。
「――⁉」
その視線に冷たい重圧を感じ、思わず俺とルートは身を固くする。
だが、魔王さんは特に何を言うでもなく、また静かに目を伏せた。
「では、魔王様、お願いできますでしょうか」
「……わかった」
魔王さんがスッと手を動かした――瞬間、視界がぐらりと揺れた。
次の瞬間には、バルトさんとラッドさんがソファに座っていた。
「え⁉」
「は……?」
二人は目を丸くしている。
そして、俺もルートを抱いたままソファに座っていた。
「へ?」
な、何が起こったのか……全くわからなかった。
魔王さんの魔法? なのだろうか……。
「さて、始める前にひとつ言っておく――私は魔王ではない」
皆が驚いた顔を向ける。
「そもそも、魔王とはお前たちが勝手につけた名だ。私はアイレム、そして、今はこことは別の世界で『ダンジョンマスター』として数多のダンジョンを構築し、その運営を担っている」
そう言って、アイレム様は袋小路さんに目を向けた。
「そういうことであるから、私のことはアイレムと呼ぶように」
「かしこまりました、知らぬとはいえ、大変失礼しましたことお詫び申し上げます」
「かまわん――で、闇属性であったか?」
「はい、どうもこちらの方々は、魔王固有の属性だと認識されているようでして」
「ふむ……」
アイレム様は俺を見て、「鑑定」と呟いた。
一瞬、アイレム様の右目に回転する魔法陣のようなものが浮かんだように見えた。
「か、鑑定だと……⁉」
ラッドさんが驚きの声を漏らす。
アイレム様が片眉を上げてラッドさんを見た。
「何が珍しい?」
「い、いえ……鑑定とは失われた古代魔法のことでは……」
「ほぅ、失われたか……。この世界の魔法学は随分と衰退したようだな。こんなものは相手よりも魔力量が上回っていれば誰にでもできる」と、詰まらなそうに言うと、
「確かにクラキとやらは闇属性だ――」と告げた。
皆が俺に注目する。
「まあ、この者は元々『陰』の素質を持っていたようだし、闇属性魔力との親和性もあったのだろうな」
陰……もしかして、陰キャってことか?
たしかに明るくはないけどもっ……!
「恐らく、魔王城に残った私の魔力残滓が影響したのだろう。しかし、百年以上経った今でも魔王だの闇属性だの騒いでおるとは……まったく、成長がない奴らだ」と、アイレム様が軽く頭を振った。
「で、では、クラキは……」
バルトさんが絞り出すように言う。
「ただの人間だ――。いいか? 光あれば闇が生まれる。闇がないところに光も生まれぬ。それがこの世の摂理である。それをよくよく考えることだな。だが、それ以前に、この者が無害なことなど、一目瞭然ではないか……」
嘆かわしいという風に、アイレム様は目頭を押さえた。
「……」
「……」
ラッドさんとバルトさんは、返す言葉もなく俯いた。肩を落とし、所在なさげに視線を逸らしている。
その様子を一瞥し、アイレム様は袋小路さんに言った。
「では、きさらぎの、これでいいかな? 創成期の今は時間がいくらあっても足りぬ……。今日中にあと30階層は拡げなければならんのだ……」と、大きくため息をつく。
「お忙しいところありがとうございました。魔……いえ、ダンジョンマスターのアイレム様、この御礼は必ず」
「よい、ではな」
黒い亀裂に戻ろうとしたアイレム様が、「あ」と顔を上げる。
「その魔獣……ガルムに連なる眷属だな。もし手に余るようであれば、私のダンジョンで預かるが?」
「キュ……?」
ルートが不安げに俺を見上げる。慌ててルートをぎゅっと抱きしめた。
「い、いえ、ルートは私の家族ですので……お、お気持ちだけありがたく!」
俺はひれ伏すように頭を下げた。
「……そうか、ではな」
少し残念そうにして、アイレム様は黒い亀裂の中へ戻っていった。
その姿が見えなくなると、黒い亀裂もなくなってしまった。
袋小路さんが笑顔で小さくパンッと両手を合わせる。
「というわけで、倉城さんの疑いは晴れたかと思うのですが……」
「「は……晴れるかぁっ!!」」
ラッドさんとバルトさんが同時に立ち上がる。
「あ、あれ……? あははは……」
袋小路さんが眉を下げて困ったように笑った。




