闇属性
「ちょっ⁉ ちょっと待っ……」
俺はソファを転がるように降り、四つん這いで壁際へ這いずった。
背中を冷たい石壁に押し付け、二人を見上げる。
「クラキ……抵抗しなければ悪いようにはせん。理由はどうであれ、お前には恩があるからな……」
短剣を構えるバルトさんが静かに言った。
いやいやいや! だったらその物騒なものをしまってくださいよぉっ……!
ど、どうする? なんかラッドさんまで戦闘態勢だしっ……!
「ウゥゥゥ……」
「ル、ルート⁉」
ルートが全身の毛を逆立て、俺の前に立つ。
お、俺を守ろうと……。
「バルト、いくら幼くともブラック・コボルトだ……油断はするな」
「……わかってる」
「いやいや! 抵抗なんてしませんよっ! 誤解ですってば!」
俺はルートを抱きしめた。
「ワゥ?」
「いいんだよルート、二人は勘違いしてるだけだからね」
バルトさんとラッドさんが顔を見合わせている。
そうだ、二人だって、あの黒い測定魔石の結果を見て、仕方なく対処しているだけのはず……!
「あ、あの、私がなぜ闇属性なのかは知りません……ですが、あの魔王城を買ったのは事実です。それを証明したいんですが、売ってもらった業者さんに連絡を取ってもいいでしょうか?」
「そ、それは……」と、バルトさんがラッドさんを見る。
「……どうやって連絡を取るつもりだ?」
「私の魔晶端末に連絡できる機能があります!」
「では、その操作をこっちでやるなら許可しよう」
「……わかりました、端末を取りますね」
二人の探るような視線を感じつつ、ゆっくりとポケットに手を入れ、端末を取り出す。
「こっちに渡してもらおう……妙な真似はするなよ?」
ラッドさんがしゃがみ、手を差し出した。
俺は頷き、端末を床に置いた。
木床の上を滑らせると、シャーッと音を立ててラッドさんの足元まで滑っていく。
「きさらぎ不動産と書かれたアイコンを押してください」
「……きさらぎ?」
ラッドさんの顔が一瞬、困惑したように見えた。
「次はどうする?」
「AIチャットを開いて、『大至急連絡を取りたい』と入力してください」
「……お、おい、ラッド、大丈夫なのか?」
バルトさんは不安げな表情で言う。
「鬼が出るか蛇がでるか……心配するな、この部屋にはギルド魔術部が施した高度結界が張り巡らされている。ちょっとやそっとじゃ破ることはできん」
そう言って、ラッドさんは端末を操作した後、
「打ったぞ」と言って俺に次を促した。
「す、すぐに何らかのリアクションがあるはずです……」
「……」
「……」
バルトさんは短剣を構えたまま、ラッドさんは腕を組んだまま端末を睨んでいる。
部屋に満ちた緊張した空気、喉が詰まるようだ……。
いつも柔らかいルートの体も石のように固くなってしまっている。
俺は「大丈夫だからな」と小声でささやきながらルートの背を撫で続けた。
――ピルルルル……。
「⁉」「!」
端末が鳴った。
――袋小路さんだ!
「出ろ」
ラッドさんが端末を俺に向かって軽く投げた。
慌てて両手で受け止め、画面を覗き込む。
「ふ、袋小路さん⁉」とすがる思いで端末に向かって叫んだ。
『倉城さん? ど、どうされましたか⁉』
「すみません、いま、冒険者ギルドに来てまして、ま、魔力の測定をしたところ、闇属性だと判定がでてしまい、魔王だと疑われてしまっていて……」
『――えぇっ⁉』
「お、お願いします! 助けてくださいっ!」
『……わかりました、そちらに責任者の方はいらっしゃいますか?』
「え、は、はい、ギルド長のラッドさんという方が……」
『では、このままスピーカーモードにしてください』
「わ、わかりました!」
俺はスピーカーモードにして、端末をラッドさんに向けた。
画面には袋小路さんの映像が映し出されている。
『はじめまして、冒険者ギルド、タイレル支部のラッド様ですね?』
「……あんたは?」
『わたくし、きさらぎ不動産の袋小路早苗と申します』
ラッドさんは訝し気に眉根を寄せる。
「聞いたところ、あんたはあのアイレムの魔王城をこのクラキに売ったそうだが……それは事実か?」
『はい、事実でございます。わたくしども『きさらぎ不動産』は元オーナーである魔王様より正式に譲渡契約書を交わし、こちらの倉城様へ売却をいたしました』
「そ、そんなことが可能なのか……」と、バルトさんが漏らす。
ラッドさんはバルトさんを一瞥し、
「仮にそれが真実だとしよう。だが、それとそこのクラキが闇属性であることに、何ら関係性はない。闇属性は魔王の固有属性だからな……魔王本人でなくとも、その部下であるやもしれん」と返す。
『なるほど……それは一理ありますね』
い、いや、袋小路さん⁉
そこは頑張ってくださいーーーっ……!!!
『わかりました、では5分ほどお時間をいただけますでしょうか?』
「いや、待てない。その間に何かされるとも限らん」
『仕方ありません、では3分では?』
「……」
『あ、いま確認が取れました。お待ちいただかなくても結構です。こちらから伺いますので――』
画面が真っ黒になった。通話が切れたようだ。
「……へ?」
いま、伺うって……。
ラッドさんとバルトさんも困惑しているようだった。
「……何がどうなってる?」
「さあな、だが、安心しろ。ギルドの魔術部はいけすかねぇ連中だが……腕だけは確かだからな」
そう言ってラッドさんが笑みを浮かべた瞬間――、突然、応接室の中央の空間に黒い亀裂が走った。ビリビリと空気が震え、裂け目から暗闇が覗く。
「なっ……⁉」
「これはっ⁉」
二人が咄嗟に武器を構え直した。
バルトさんは亀裂と俺を交互に睨み、ラッドさんは緊張した面持ちで斧を握り直す。
「ひぃっ」
「キュウン……」
俺は黒い亀裂を見ながらルートを抱きしめた。




