二つ名
「「やっ……闇属性ーーーっ⁉」」
バルトさんとギルド受付のお姉さんが、真っ黒に染まった水晶玉をのぞき込んだ。
「え……な、なにか?」
あれ、なんだか不味い空気に……?
――さかのぼること数時間前。
「うわああああぁぁぁぁーーーーーっ!⁉」
俺は魔力を測定するため、バルトさんに同行してタイレルに向かっていた。
「はっはっはぁっ! 振り落とされるなよ、クラキ!」
そ、そんなこと言ったって……⁉
「う、うぇえあああああーーーーーっ!⁉⁉」
俺は必死にバルトさんの背にしがみついていた。
走竜のホークに同乗させてもらったのはいいが、恐ろしく速く、しかも尋常じゃないくらい揺れるのだ。
「ほぅ、ホークについて来られるとはな。ったく、良い脚してるぜ」
バルトさんは並走するルートを眺めながらしみじみと言った。
そんなエロ親父みたいに言わなくても……!
だ、駄目だ、お、落ちる……も、もう落ちそう……!
「ほら、見えてきたぞ! タイレルだ!」
先の方にタイレルの街並みが見えてきた。
意外と近いのか……?
いや、ホークが速すぎるんだ……!
段々とホークの速度が落ち、やっと安心して周りを眺めることができるようになった。
「はぁ……死ぬかと思った」
「なんだクラキ、これくらいでヘタってるようじゃ、護身術なんて百年早いぞ?」
「うぅ……」
ルートは尻尾を立て、機嫌良さそうに並走している。
「ルート、大丈夫か?」
「ワゥ!」
楽しそうだな……。
やはり広いところを走るのは気持ちが良いのだろう。
「さぁ、タイレルだ。ギルドへ行くぞ」
「はい」
「ワゥ!」
俺たちは街の門をくぐった。
「よぅバルト! 生きてたか?」
門の警備らしき男がバルトさんを見てからかうように声を掛ける。
バルトさんはふっと笑みを浮かべ、「うるせぇよ」と警備の男に軽く手を上げた。
おぉ……なんか冒険者って感じだな!
その後も、何人もの人がバルトさんに声を掛けてきた。
バルトさんって、めちゃくちゃ顔広いんだな……。
もしかして、有名な人だったり?
「ずいぶん、お知り合いが多いんですね」
「ん? まあ、タイレルを拠点に長くやってるからな、嫌でも増えてくさ」
「へぇ……」
「それより、ルートから目を離すなよ。いまは俺がいるから問題ないが、従魔契約をしていない希少種なんて、さらってくれって言ってるようなもんだからな」
「えぇっ⁉ わ、わかりました! ルート、離れちゃだめだよ?」
「ワゥ」
しかし、この街は活気があっていいなぁ……。
露店もいろいろな物が売ってあるし、何屋かわからないけどお店もたくさん並んでいる。露天商のマクセンさんに約束の洋服も持ってきたし、後でゆっくり回るか……。
「ついたぞ、ここがタイレルの冒険者ギルドだ」
「おぉ……ここが!」
さぞかし立派な……と思いきや、意外と老舗感のある二階建ての建物だった。
入口の前で数人の冒険者らしき男たちが、楽しそうに談笑している。
「すまんな、通らせてくれ」
「でよ、その女がマジで……」
「ほんとかよっ! ぎゃははは!」
「うそくせー!」
バルトさんが声をかけるが、男たちはこっちを見ようともしない。
うわぁ……こっちにもこういう人達っているんだなぁ……。
「あ、バルトさん、こっちから行けそうで――」
見ると、バルトさんが男のひとりの首根っこを掴んで持ち上げていた。
「な、なにしやがる⁉」
「バ、バルトさんっ⁉」
「ワゥッ⁉」
「……どけ、と言ってるんだが?」
そう言って、バルトさんはギロッと男たちを睨みつけた。
男たちの一人が、「カサゴ様、バ、バルトです、まずいですよ……」と耳打ちしている。だが、カサゴと呼ばれた男は、「バルト?」と、好戦的な目を輝かせた。
「ほぉん……お前が『狂狼』か?」
「……だったら何だ?」
バルトさんが持ち上げていた男を放り捨てた。
投げられた男は「ぐぇっ」と、カエルのような呻き声を上げると、どこかへ逃げていった。
「俺の二つ名を知って喧嘩を売るやつなんて……何年振りだろうな?」
そう言って、バルトさんはカサゴ氏に近づき見下ろす体勢になった。
「ハッ、そんなんでビビってたまるかよ……あぁんコラァ?」
カサゴ氏はバルトさんを睨み返す。
背丈ではバルトさんが頭二つ分は高い。
だが、カサゴ氏の体はまるで筋肉の塊のようだ。
「いいか、聞いて驚くな? 俺様はあの、鬼神のカサゴ様よ! ガーッハッハッハ!!!」
うぉっ……な、何か凄そうだけど……。バルトさん大丈夫かな……。
カサゴ氏は凶悪な笑みを浮かべながら胸をのけぞらせる。
そして、丸太のような腕の筋肉を見せつけた。
「……悪いが聞いたことがない」
バルトさんが困ったような顔で答えると、仲間の一人が前に出てきた。
「てめぇ、カサゴさんを侮辱する気かコラァッ! ボストンじゃ、あのアイレムの魔王すら逃げ出すって御方だぞコラッ!」
うわぁ……こういう人、漫画とかではよく見るけど、リアルで見たのは初めてだな。
しかし、魔王さんってどういう人だったんだろう……?
なんか恐れられているみたいだけど、袋小路さんの話ぶりだと有能なエンジニアって感じだった気が……。
「だとよ、クラキ」
くっくと肩を揺らしながら笑うバルトさんが俺を見た。
「え?」
「てめ……っ、どこ見てんだコラァッ!」
男がバルトさんに殴りかかった。
スッと半身を躱され、空振りした男が前のめりに体勢を崩した。
その後ろからバルトさんが尻を押し出すように蹴り、男は「ぐぁっ」と声を上げながら数メートル先まで転がっていった。
「よ、よくも、やりや――あゴフっ⁉」
鬼神ことカサゴ氏の頬にバルトさんの裏拳がめり込む。
カサゴ氏は錐揉みしながら吹っ飛んで行った。
「まだやるか?」
バルトさんは残った輩たちを睨みつけた。
「「ひっ……」」
「やらねぇのなら、そのカサゴとかいうのを連れて消えろ――」
「「は、はいぃっ!」」
残りの男たちは、気絶したカサゴ氏を抱えて逃げて行った。
「最近は少なくなってたんだがな……ったく、ああいうのが冒険者の評判を落とすんだ」
「いやぁ、何もなくてよかったです……ははは」
「ワゥ……」
俺とルートはホッと息をつく。
バルトさんだけは絶対に怒らせないようにしようと俺は固く心に誓った。




