見つけた、俺の花家――
「ちょっとひんやりしてますね……」
「ええ、空調が効いていますから」
「エ、エアコンあるんですかっ⁉」
「魔導空調というものが設置されています。元オーナーの魔王さんは大変優秀なエンジニアでもあったそうで、すべてご自分で設置されたとか」
「魔導? 魔法と何が違うんですか?」
「簡単に言うと、魔導は電気みたいなものですね。魔法は、漫画やアニメに出てくるものとほぼ同じような認識でOKかと。まあ、こっちの世界では一般的な要素ですので、そのうち目にされると思います」
「……」
うーん、魔導と魔法のある世界か……。
めちゃくちゃファンタジーだな。
「えっと……あ、あったあった」
袋小路さんは、壁にあるインターホンの画面ほどの大きさのパネルに触れた。
「これがコンソールになっていて、空調や照明、保管庫やお風呂の温度設定ができるんです」
「えっ……お風呂もあるんですか⁉」
たまの贅沢といえば、近所の銭湯でサウナと大きな風呂に浸かることだった。
単身都会暮らしで、自宅は当然ユニットバス。
ゆったりとお風呂に入ることなんて、滅多にないからなぁ……。
俺は昔から風呂が大好きだ。
年々、その想いは高まっているといってもいい。
毎日風呂に浸かる生活を夢見ていたが、俺の出せる家賃では風呂トイレ別となると、かなり駅から離れることになる。
色々と条件が折り合わないことがほとんどなのだ……。
そのせいもあって、俺の風呂に対する憧れはかなり強い。
「えっと、お風呂は一階と二階の寝室にあって、最上階のスカイテラスにはプールもあるんですよ」
「おぉ~、二つもあるのか……えっ! プール⁉」
すげぇ! プライベートプールか……。
てことは、体力作りもできるじゃん!
プールを歩くだけでも、ランニングするより膝などに負担が少なく、全身に綺麗に筋肉が付くという。
ここ近年の体の衰えっぷりには目を瞠るものがあるからな……。
家にプールがあれば、さすがの俺でも続くと信じたい。
「どうです倉城さん? 段々と興味が湧いてきましたか?」
袋小路さんがそう言って微笑む。
「はい、思ってたより状態もいいですし、何よりお風呂があるっていうのが魅力的です!」
「ふふふ、では、お風呂を見てみましょうか?」
「はいっ! お願いします!」
ふたりで広い通路を歩く。
石畳のようだが、不思議と足音がしない。
どうなってんだこれ……?
窓から見える景色も、見晴らしが良くて気分が良い。
うわー、こんなところに住めたら最高だろうな……。
もはや、ここが異世界とか、魔王城とか、そんなことは気にならなくなっていた。
「ここが寝室ですね――」
扉を開けると、自動的に明かりが灯る。
大きな天蓋付きのベッドが目に入った。
「やけに大きいですね、キングサイズかな?」
「その一つ上の魔王サイズですね。あ、こちらがお風呂です」
もう一つの扉を開くと、洒落た黒い木目調(木かどうかは不明だが)のお風呂が!
白い浴槽は緩やかなコの字になっていて、少し深め。嬉しいことにシャワーもあった。
何よりも俺の心を震わせたのは、憧れであったアレが備え付けられている。
そう、あのライオンとかの口からお湯が出るアレだ……!
異世界らしくドラゴンの頭になっている。
「すごい! これめちゃくちゃ格好いいですね~っ!」
「お気に召しましたか? それはエンシェントドラゴンの頭部を模したものらしいです」
「へぇ~、やっぱり、こっちにはドラゴンとかも生息してるんですか?」
「そうですね、でもエンシェントドラゴンみたいな種族は絶滅しているようです。一般的なのは飛竜とか地竜ですかね。ここで住むとなれば、定期便などで見かけると思いますよ」
「定期便っ⁉」
「はい、食料とか日用品とか、たしかここは……あ、ウェザーマートの配達圏ですね」
袋小路さんはタブレットをスワイプしながら答えた。
「それはお店……ですか?」
「そうです、このウェザーランドで一番大きなスーパーマーケットチェーンですね。ここみたいな辺鄙な場所でも飛竜便で配達来てくれますよ。さすが大手というか」
「へぇ……」
ここまでくると、何も驚かないな。
むしろ、便利じゃんとか思ってしまう。
「あ、でも、支払いとかは……さすがに日本円じゃまずいですよね?」
「両替できますよ」
「えっ?」
「ちょっと待ってくださいね、えーっと、いまのレートだと1円=10wzです」
袋小路さんがタブレットを見せてくる。
画面にはチャートと数字が表示されていた。
「国交があるの……? え、どういうこと?」
「まあ、驚きますよね。これが異世界の面白いところで、私も聞いた話なんですが、通貨としての価値ではなくて、世界の価値を表しているそうです」
「そうなると元の世界の価値が高い……ってことですよね?」
「ええ、ウェザーランド安、地球高って感じで。こっちの世界の大きさは地球の半分くらいだそうです」
「……レートの変動もするんですか」
「はい、口座があればトレードもできますよ、FXみたいな感じで」
投資もできるのかよ……。
「……もう何でもありですね」
「ふふふ、そうですよね、時代が進んでますから。以前は元の世界と行き来するなんてありませんでしたし、文明も様々で……それこそ、漫画みたいな世界が多かったですけど」
だめだ、情報量が多すぎる……。
一旦、細かいことは忘れよう。
いまはこの魔王城に集中だ。
「わ、わかりました。その辺はまた今度で……リビングも見てみたいです」
「あ、はい、ご案内しますね」
俺たちは寝室を出て、リビングへ向かった。
「うわぁー、広いですね。物がないのもあるんでしょうけど……」
袋小路さんの感心したような声が部屋に反響した。
「たしかに……何畳くらいあるんですか?」
「資料だと26畳です」
「もっとありそうに見えますよね……」
温泉旅館の大宴会場みたいな広さだ。
壁には暖炉らしきものもあった。
窓が壁一面に連なっていて、その向こうには、展望台のようなルーフバルコニーが見える。
うーん、この自分でもギリギリ管理できそうな広さってのがいいな。
「ちょっとバルコニーに出てもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
窓を開けて外にでると、心地よい乾いた風が通っていった。
そのままバルコニーの端まで行き、眼下に広がる圧倒的な絶景に思わず息をのむ。
――見渡す限りの草原。
いつか映画で見たような、風で草が流されていく光景。
所々に、むき出しの岩があり、遠くには森や道のようなものも見える。
「はぁ……癒やされる」
控えめに言って最高だった。
これで本当に66万ならバグってるぞ……。
マジで住みたいな……。
こんなところで余生を過ごせたら最高じゃないだろうか?
でも、俺みたいな取り柄のひとつもない奴が、何の知識も持たずに異世界で暮らすなんて……。
世の中、きっとそんなに甘くはない。そうだ、きっと無理だ……。
無理に決まってる――。
そう結論づけてみても、心のどこかから湧き上がってくる『もしかすると……』みたいな想いを消すことができない。
「……あの、袋小路さん、私でもこの世界で暮らしていけると思いますか?」
ダメ元で聞いたつもりだったが、返ってきた言葉は実にあっけらかんとしたものだった。
「ええ、もちろんです! 価値観的にさほど地球と変わりませんし、金銭面も円をお持ちなら、こちらでは10倍の価値になりますので有利ですよ。所謂、セカンドハウスに最適かと」
「セカンドハウス……」
なんという甘美な響きだろう。
そうか、いきなり移住ってわけじゃなく、少しずつでいいじゃないか!
そうだよな、ここなら週末に来てゆっくり畑なんかもできそうだし、大きなお風呂でリラックスして……。
最上階のプールで、星空を眺めながら冷たいビールをグイッと……。
「ほ、本当に66万なんですか……?」
「はい、正確には税込み66万6千円ですが」
ニコッと微笑む袋小路さん。
これは平凡な人生を歩んできた俺に、初めて巡ってきたチャンスなのかもしれない。
こんな話、もう二度とないだろう。
このまま、元の家に帰れば、いつもの仕事をして、いつものコンビニに寄って、知らない内に年を取って……。深山くんのように新しいことに挑戦する勇気もなく、ただ時間だけがいつの間にか過ぎていくのか……。そして、後戻りは決してできない。
「も、元の世界と行き来できるんですよね?」
「はい、ただ……」
袋小路さんが少し困ったような顔を見せる。
「お車は買っていただいた方がいいかもしれませんね――」
俺は草原に目を向ける。
車か……ガソリン代と駐車場代、それに魔王城の66万……。
税金や車検代もあるだろうし、俺の安月給でやっていけるんだろうか……。
「倉城さん、もしかして……ランニングコストの面でお悩みでしょうか?」
「えっ? あ、はい……お恥ずかしい話なんですが、私はあまり稼ぎが良くない方なので……」
「なるほど……、それでしたら弊社の買取りサービスをご利用になられますか?」
口元に指先を当て、袋小路さんが少し上を向く。
「買取り? えっと何を……」
「少々お待ちを」
袋小路さんはタブレットを調べている。
「あ、ウェザーランドですと、魔石が採れますね。こちらグラム三万円から買い取れますよ」
「ぐ、グラム三万⁉」
すごい! めちゃくちゃ高い!
ん? 魔石……ってなんだ?
「もしかして、もの凄く採るのが難しい物とか……?」
「んー、まあクラスにもよるのですが、慣れれば意外採れるようですね」
「慣れ……」
「いろいろなところに魔石はありますよ。土の中だったり、川の土砂の中、魔物の体内……とかですね」
最後に恐ろしいこと言ったな……。
「魔物? か、怪物がいるんですか⁉」
「ええ、ただ、倉城さんが直接退治する必要はありません」
「でも、そしたら誰が……」
「プロを雇えばいいんですよ」
「え、それって……奴隷とか?」
そうか、異世界といえば……!
「ち、違いますよっ! 奴隷だなんていませんからっ!」
袋小路さんが慌てて否定する。
「あ、す、すみませんっ! つい、漫画とかのイメージで……」
「ちゃんと求人を出して、プロの方にお仕事を依頼するんです」
「なるほど……でも、何もないところですけど、どうやって……」
「ご安心ください。成約特典として弊社が万全のサポートをいたします!」
袋小路さんがキリッとした顔で胸に手を当てながら言った。
本当にそんなことが可能なのか?
起業経験もない俺に、人を雇うとか、そんな器用なことができるんだろうか……。
でも、最初は誰でも初めてなんだよな……。
深山くんだって、最初からセキュリティのプロだったわけじゃない。勉強して、努力して、今の自分を作り上げたんだ。
俺だって、まだアラフォー、ここから人生の折り返しが始まる。
ここで何もしなければ、残りの人生も惰性で過ごすことになる……。
ふつふつと腹の奥から熱いものがこみ上げてきた。
そうだ、失敗したところで、貯金がすっからかんになるだけだ!
身体はまだまだ動くんだし、なんとかなるさ!
人生で一度くらい……勇気を出してみたい。
勇気を出すんだ!
よし――。
「袋小路さん、決めました――俺、魔王城、買いますっ!」
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