表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカンドハウス魔王城 ~悩めるアラフォーおっさんの快適週末異世界暮らし~  作者: 雉子鳥幸太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/9

見つけた、俺の花家――

「ちょっとひんやりしてますね……」

「ええ、空調が効いていますから」


「エ、エアコンあるんですかっ⁉」

「魔導空調というものが設置されています。元オーナーの魔王さんは大変優秀なエンジニアでもあったそうで、すべてご自分で設置されたとか」


「魔導? 魔法と何が違うんですか?」

「簡単に言うと、魔導は電気みたいなものですね。魔法は、漫画やアニメに出てくるものとほぼ同じような認識でOKかと。まあ、こっちの世界では一般的な要素ですので、そのうち目にされると思います」


「……」


うーん、魔導と魔法のある世界か……。

めちゃくちゃファンタジーだな。


「えっと……あ、あったあった」

袋小路さんは、壁にあるインターホンの画面ほどの大きさのパネルに触れた。


「これがコンソールになっていて、空調や照明、保管庫やお風呂の温度設定ができるんです」

「えっ……お風呂もあるんですか⁉」


たまの贅沢といえば、近所の銭湯でサウナと大きな風呂に浸かることだった。

単身都会暮らしで、自宅は当然ユニットバス。

ゆったりとお風呂に入ることなんて、滅多にないからなぁ……。


俺は昔から風呂が大好きだ。

年々、その想いは高まっているといってもいい。


毎日風呂に浸かる生活を夢見ていたが、俺の出せる家賃では風呂トイレ別となると、かなり駅から離れることになる。

色々と条件が折り合わないことがほとんどなのだ……。


そのせいもあって、俺の風呂に対する憧れはかなり強い。


「えっと、お風呂は一階と二階の寝室にあって、最上階のスカイテラスにはプールもあるんですよ」

「おぉ~、二つもあるのか……えっ! プール⁉」


すげぇ! プライベートプールか……。

てことは、体力作りもできるじゃん!


プールを歩くだけでも、ランニングするより膝などに負担が少なく、全身に綺麗に筋肉が付くという。

ここ近年の体の衰えっぷりには目を瞠るものがあるからな……。

家にプールがあれば、さすがの俺でも続くと信じたい。


「どうです倉城さん? 段々と興味が湧いてきましたか?」

袋小路さんがそう言って微笑む。


「はい、思ってたより状態もいいですし、何よりお風呂があるっていうのが魅力的です!」

「ふふふ、では、お風呂を見てみましょうか?」

「はいっ! お願いします!」


ふたりで広い通路を歩く。

石畳のようだが、不思議と足音がしない。

どうなってんだこれ……?


窓から見える景色も、見晴らしが良くて気分が良い。

うわー、こんなところに住めたら最高だろうな……。

もはや、ここが異世界とか、魔王城とか、そんなことは気にならなくなっていた。


「ここが寝室ですね――」


扉を開けると、自動的に明かりが灯る。

大きな天蓋付きのベッドが目に入った。


「やけに大きいですね、キングサイズかな?」

「その一つ上の魔王(デーモンロード)サイズですね。あ、こちらがお風呂です」


もう一つの扉を開くと、洒落た黒い木目調(木かどうかは不明だが)のお風呂が!

白い浴槽は緩やかなコの字になっていて、少し深め。嬉しいことにシャワーもあった。


何よりも俺の心を震わせたのは、憧れであった()()が備え付けられている。

そう、あのライオンとかの口からお湯が出るアレだ……!

異世界らしくドラゴンの頭になっている。


「すごい! これめちゃくちゃ格好いいですね~っ!」


「お気に召しましたか? それはエンシェントドラゴンの頭部を模したものらしいです」

「へぇ~、やっぱり、こっちにはドラゴンとかも生息してるんですか?」


「そうですね、でもエンシェントドラゴンみたいな種族は絶滅しているようです。一般的なのは飛竜とか地竜ですかね。ここで住むとなれば、定期便などで見かけると思いますよ」


「定期便っ⁉」

「はい、食料とか日用品とか、たしかここは……あ、ウェザーマートの配達圏ですね」

袋小路さんはタブレットをスワイプしながら答えた。


「それはお店……ですか?」

「そうです、このウェザーランドで一番大きなスーパーマーケットチェーンですね。ここみたいな辺鄙な場所でも飛竜便で配達来てくれますよ。さすが大手というか」


「へぇ……」


ここまでくると、何も驚かないな。

むしろ、便利じゃんとか思ってしまう。


「あ、でも、支払いとかは……さすがに日本円じゃまずいですよね?」

「両替できますよ」


「えっ?」

「ちょっと待ってくださいね、えーっと、いまのレートだと1円=10wzです」


袋小路さんがタブレットを見せてくる。

画面にはチャートと数字が表示されていた。


「国交があるの……? え、どういうこと?」

「まあ、驚きますよね。これが異世界の面白いところで、私も聞いた話なんですが、通貨としての価値ではなくて、世界の価値を表しているそうです」


「そうなると元の世界の価値が高い……ってことですよね?」

「ええ、ウェザーランド安、地球高って感じで。こっちの世界の大きさは地球の半分くらいだそうです」


「……レートの変動もするんですか」

「はい、口座があればトレードもできますよ、FXみたいな感じで」


投資もできるのかよ……。


「……もう何でもありですね」

「ふふふ、そうですよね、時代が進んでますから。以前は元の世界と行き来するなんてありませんでしたし、文明も様々で……それこそ、漫画みたいな世界が多かったですけど」


だめだ、情報量が多すぎる……。

一旦、細かいことは忘れよう。

いまはこの魔王城に集中だ。


「わ、わかりました。その辺はまた今度で……リビングも見てみたいです」

「あ、はい、ご案内しますね」


俺たちは寝室を出て、リビングへ向かった。


「うわぁー、広いですね。物がないのもあるんでしょうけど……」

袋小路さんの感心したような声が部屋に反響した。


「たしかに……何畳くらいあるんですか?」

「資料だと26畳です」

「もっとありそうに見えますよね……」


温泉旅館の大宴会場みたいな広さだ。

壁には暖炉らしきものもあった。


窓が壁一面に連なっていて、その向こうには、展望台のようなルーフバルコニーが見える。

うーん、この自分でもギリギリ管理できそうな広さってのがいいな。


「ちょっとバルコニーに出てもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


窓を開けて外にでると、心地よい乾いた風が通っていった。

そのままバルコニーの端まで行き、眼下に広がる圧倒的な絶景に思わず息をのむ。


――見渡す限りの草原。

いつか映画で見たような、風で草が流されていく光景。

所々に、むき出しの岩があり、遠くには森や道のようなものも見える。


「はぁ……癒やされる」


控えめに言って最高だった。

これで本当に66万ならバグってるぞ……。


マジで住みたいな……。

こんなところで余生を過ごせたら最高じゃないだろうか?


でも、俺みたいな取り柄のひとつもない奴が、何の知識も持たずに異世界で暮らすなんて……。

世の中、きっとそんなに甘くはない。そうだ、きっと無理だ……。

無理に決まってる――。


そう結論づけてみても、心のどこかから湧き上がってくる『もしかすると……』みたいな想いを消すことができない。


「……あの、袋小路さん、私でもこの世界で暮らしていけると思いますか?」


ダメ元で聞いたつもりだったが、返ってきた言葉は実にあっけらかんとしたものだった。


「ええ、もちろんです! 価値観的にさほど地球と変わりませんし、金銭面も円をお持ちなら、こちらでは10倍の価値になりますので有利ですよ。所謂、セカンドハウスに最適かと」


「セカンドハウス……」


なんという甘美な響きだろう。

そうか、いきなり移住ってわけじゃなく、少しずつでいいじゃないか!


そうだよな、ここなら週末に来てゆっくり畑なんかもできそうだし、大きなお風呂でリラックスして……。

最上階のプールで、星空を眺めながら冷たいビールをグイッと……。


「ほ、本当に66万なんですか……?」


「はい、正確には税込み66万6千円ですが」

ニコッと微笑む袋小路さん。


これは平凡な人生を歩んできた俺に、初めて巡ってきたチャンスなのかもしれない。

こんな話、もう二度とないだろう。


このまま、元の家に帰れば、いつもの仕事をして、いつものコンビニに寄って、知らない内に年を取って……。深山くんのように新しいことに挑戦する勇気もなく、ただ時間だけがいつの間にか過ぎていくのか……。そして、後戻りは決してできない。


「も、元の世界と行き来できるんですよね?」

「はい、ただ……」


袋小路さんが少し困ったような顔を見せる。


「お車は買っていただいた方がいいかもしれませんね――」


俺は草原に目を向ける。

車か……ガソリン代と駐車場代、それに魔王城の66万……。

税金や車検代もあるだろうし、俺の安月給でやっていけるんだろうか……。


「倉城さん、もしかして……ランニングコストの面でお悩みでしょうか?」

「えっ? あ、はい……お恥ずかしい話なんですが、私はあまり稼ぎが良くない方なので……」


「なるほど……、それでしたら弊社の買取りサービスをご利用になられますか?」

口元に指先を当て、袋小路さんが少し上を向く。


「買取り? えっと何を……」

「少々お待ちを」


袋小路さんはタブレットを調べている。


「あ、ウェザーランドですと、魔石が採れますね。こちらグラム三万円から買い取れますよ」

「ぐ、グラム三万⁉」


すごい! めちゃくちゃ高い!

ん? 魔石……ってなんだ?


「もしかして、もの凄く採るのが難しい物とか……?」

「んー、まあクラスにもよるのですが、慣れれば意外採れるようですね」


「慣れ……」

「いろいろなところに魔石はありますよ。土の中だったり、川の土砂の中、魔物の体内……とかですね」


最後に恐ろしいこと言ったな……。


「魔物? か、怪物がいるんですか⁉」

「ええ、ただ、倉城さんが直接退治する必要はありません」

「でも、そしたら誰が……」


「プロを雇えばいいんですよ」

「え、それって……奴隷とか?」


そうか、異世界といえば……!


「ち、違いますよっ! 奴隷だなんていませんからっ!」

袋小路さんが慌てて否定する。


「あ、す、すみませんっ! つい、漫画とかのイメージで……」


「ちゃんと求人を出して、プロの方にお仕事を依頼するんです」

「なるほど……でも、何もないところですけど、どうやって……」


「ご安心ください。成約特典として弊社が万全のサポートをいたします!」

袋小路さんがキリッとした顔で胸に手を当てながら言った。


本当にそんなことが可能なのか?

起業経験もない俺に、人を雇うとか、そんな器用なことができるんだろうか……。


でも、最初は誰でも初めてなんだよな……。

深山くんだって、最初からセキュリティのプロだったわけじゃない。勉強して、努力して、今の自分を作り上げたんだ。


俺だって、まだアラフォー、ここから人生の折り返しが始まる。


ここで何もしなければ、残りの人生も惰性で過ごすことになる……。


ふつふつと腹の奥から熱いものがこみ上げてきた。


そうだ、失敗したところで、貯金がすっからかんになるだけだ!

身体はまだまだ動くんだし、なんとかなるさ!


人生で一度くらい……勇気を出してみたい。

勇気を出すんだ!


よし――。



「袋小路さん、決めました――俺、魔王城、買いますっ!」

気に入ってくれたら……

ぜひブクマや評価をくださると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ