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セカンドハウス魔王城 ~悩めるアラフォーおっさんの快適週末異世界暮らし~  作者: 雉子鳥幸太郎


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夜の肉正宗にて

店のドアを開けた瞬間、威勢の良い掛け声が耳を突いた。


「はぁいっ、一名さっ! ぃらっしゃいまさむねっ!」

「「「あー、らっしゃいまさむねっ⤴!」」」


夜の肉正宗に来るのは久しぶりだ。

独特の掛け声とともに、店内には夜祭りのような熱気が満ちている。

昼とは違い、夜はベテランの店員さんばかりで、テンションも高い。


「すみません、先に深山で入ってると思うんですが……」

「あー、個室っすね! ご案内しまーす!」


若い男性の店員さんが軽快に先導する。


「こちらでぇす」

「ありがとうございます」


個室の障子が少し開き、深山くんが顔を覗かせた。


「あー、お疲れっすー」

「お疲れ様ー」


席に座ると、おしぼりが差し出される。


「あざぁーっす、こちらおしぼりっす」

「ありがとうございます」


「ご注文お決まりでしたらっ!」


「倉城さん、今日は俺の奢りです。摺上原コース頼んであるんで、飲み物だけ」

「え? あ、えっと、じゃあ……とりあえず生中を」


何で奢りなんだろう……?

戸惑いながらも、まずは注文を済ますことにした。


「うっす、生中一丁! コースはもうお持ちしても?」

「はい、お願いします」


「はーい、すぐにお持ちしまぁす!」


丁寧に頭を下げて店員が戻っていく。

厨房から「摺上原ぁ、開戦っすー!」という声が響き、店内スピーカーからホラ貝の音が鳴った。

その様子に、深山くんが肩を揺らしながら笑う。


「いやぁ、やっぱ夜のテンションやばいっすね」

「うん、久しぶりに来たけど、唯一無二感があるよ」


おしぼりで手を拭き、

「あ、えっと何で奢り? しかも摺上原、結構するでしょ?」と聞く。

「まあ、今日はこの前のお礼もかねてるんで」

「えー、ちゃんとギャラもらったし、いいのに」

「いいんすいいんす。ちょっと聞いてほしい話もありますから」

「は、話?」

「ぶははっ! そんな警戒しないでくださいよ~。あ、生来ましたよ、とりあえず乾杯しましょう」


くすんだピンク色の髪をお団子にした若い女性店員さんがジョッキを持ってきた。


「生中の方ぁー」

「あ、私です」

「ほいっ」と置かれるジョッキ。

「ども」

店員さんはニコッと笑みを浮かべる。

「摺上原すぐ来ますんで、よろしくでーす」

「はい、ありがとうございます」


深山くんが厨房の方へ首を伸ばし、嬉しそうに口角を上げている。


「いやぁー久々、そろそろ来ますよ」

「来るね……」


奥から祭り囃子のような音が近づいてくる。


「きたきた!」


……ドンドコ…ドンドコ…ドンドコ!



「――摺上原ぁ! 開戦じゃああぁぃ!!」



数人の男性店員さんが肉を乗せたミニ神輿を担いで突入してきた。

ベテラン店員さんが音頭を取ると、他の店員さんが一斉に合いの手を入れる。


「ぃよ〜っ! 塩カルビッ!」

「「米沢米沢ーっ!」」


「贅沢ハラミぃッ!」

「「黒毛の米沢っ!」」


「極上ロースッ!」

「「三大和牛は良い和牛っ!」」


「しっとり牛タン!」


「「「タンタンタタンタンッ!」」」


バシッと全員でポーズが決まったところで、俺と深山くんが拍手。

いやぁ、本当に素晴らしい……。


全員が深々と頭を下げ、人が変わったようなベテラン店員さんが淡々と締める。

「はいっ、お粗末まさむね、ありがとうございまさむねでした、サラダはこちらに、デザートはお声がけください、ごゆっくりどうぞ」

「「ごゆっくりどうぞ!」」


「はーい、ありがとうございます」

深山くんが答えると、やりきった感を出して店員さん達が去っていった。


「やっぱこのコースの迫力すごいね」

「はい、忘れた頃に頼むのがいいんですよね」

「確かに、続けてはお腹いっぱいかも」

「ですよね」

「「あははは!」」


「じゃあ、乾杯しましょう!」

「お疲れ様ぁー!」


軽くジョッキを当て、一気に半分ほど飲み干す。


「ぷはぁーっ!」


氷壁(ICE WALL)もいいが、こっちのビールもめちゃくちゃ旨いな。


「さぁ、食べましょう!」

「うん、しかし……ここの肉はほんと綺麗だねぇ」


艶も色も完璧だ。

「米沢牛でこの値段って、やっぱここおかしいっすよ。裏ルートあるんじゃないっすか?」

「ははは、ありえそうで怖いね」


鉄板に肉を並べながら、俺は尋ねた。

「それで……話っていうのは?」


「あー、そうっすね。あんまり回りくどいのは苦手なんで率直に言いますけど……倉城さん、俺と組みませんか?」

「えぇっ⁉」


「驚きすぎでしょ。俺の会社で事務方やりませんかって話なんです」

「え、でも、俺はセキュリティなんて全然わからないけど……」

「それは俺に任せてください。倉城さんには事務方として動いてほしくて。一応、役員待遇で考えてます」

「役員……?」

「ええ。実は会社をある程度大きくしたら、大手に売ろうと思ってるんです」

「え? 会社を?」


深山くんがニヤリと笑う。


「そうっす。そうすればもう、金のために働く必要もなくなりますからね。倉城さんにもストックオプション出しますよ」

「ス……ストックオプション?」

「株っす。会社を売るときに、その株も一緒に売れるんです」


「……」


うーん、深山くんを信頼してはいるが、現実的な感覚が追いつかない。

成功すれば大きな見返りがあるだろう。

だけど、その分、きっと休む暇もなくなるよなぁ……。


もし、OKしたとして……中途半端に手伝うわけにもいかない。

今の派遣とじゃ、責任の度合いが違いすぎる。


それに――俺にはもう……。


「んっ、うまぁ……! ほら、焼けてますよ」

「あ、うん、ありがと」


……うまぁっ。

このハラミ、やっぱり最高だ。

しばらく、二人で黙々と肉を堪能する。


「あのさ」

俺は正直に言おうと切り出した。


「実は、いま色々やってみたいことがあるんだ。体力づくりもそうだし、畑とか料理も覚えたい。俺、器用じゃないから、あまり一度にいろんなことはできなくてさ」

「……」

「深山くんの仕事を手伝うとなると、それで一杯一杯になっちゃうと思う。だから――申し訳ないけど、俺には手伝えない」


そう言って、俺は頭を下げた。


「……そうっすか」

深山くんは息を吐き、背もたれにもたれた。

でも、すぐに起き上がり、ニコッと笑った。


「残念っす。でも、仕方ないですね」

「うん……ごめんね」


せっかく誘ってくれたのに。

魔王城を買う前なら、即答でOKしていたと思う。


でも今はもう、ルートという新しい家族がいる。

俺の残りの人生はウェザーランドでの生活を満喫したいのだ。


「あ、でも気が変わったら言ってくださいね。あと、これっきりってのは嫌なんで、月一でメシくらい付き合ってくださいよ?」

「えっ……いいの? 俺みたいなおじさんと」


「あはははっ! そんなこと気にしてたんすか! いずれみんなおじさんっすよ!」

「う、うん……」


「俺も倉城さんくらいの歳になったら気にするようになるんですかねぇ」

「どうだろ。性格もあるかもね」


「じゃあ、この話は終わりにして――飲み直しましょうか」

「うん、そうしよう」



    *  *  *



「「ありがとうございまさむねー!」」


店を出ると、夜風が心地よかった。

深山くんとの出会いは、俺にとって本当に幸運だったと思う。


年は離れているけれど、こうして気兼ねなく笑い合える相手は貴重だ。

彼が歩み寄ってくれなければ、今の関係はなかっただろうな……。


「今日は急に呼んじゃってすみませんでした」

「い、いや、俺の方こそ……ご、ごちそうさまさむねー」

「……はぃ?」


――は、恥っっ!!

やばい、調子に乗りすぎたかっ!


俺が真っ赤になっていると、深山くんが今日一番の笑い声を上げた。


「あはははっ! 冗談っすよ冗談。でも、倉城さんがそんなこと言うの初めてっすね。もっとガンガン言ってください、俺もその方が楽しいんで」

「そ、そう? じゃあ、これからは遠慮しないように……してみるね」


「はい、じゃあ、また連絡します」

「うん、俺も連絡するよ」


お互い手を上げ、それぞれの帰路につく。


「結構食べたし、もう一回歩いて帰るかな……」


そっと脇腹の贅肉をつまみながら、俺は改札をくぐった。

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