ルートは天才
どうしよう……ルートが可愛いあまりに有給を使ってしまった。
いや、まあ当然の権利だから、使うことに問題はないんだが……。
社畜根性を叩き込まれて育った世代からすると、少し罪悪感がある。
こんなこと深山くんに言ったら笑われそうだけれども。
「ルート、ルート?」
あれ、どこに行ったんだろう?
さっきまでその辺でウロウロしてたのに……。
「おーい、ルート?」
地下の倉庫やリビングを探して回る。
かくれんぼでもしてるつもりなのかな?
「よーし、見つけちゃうぞ~。どこに隠れてるのかなぁ~? 」
廊下の突き当たりに差し掛かった時、「ワフッ!」とルートが飛びついてきた。
「うおぁっ⁉」
び、びっくりしたぁ~!
ルートは嬉しそうにその場で飛び跳ねると、廊下を逃げて行った。
「やったなぁ~! こら待てー」
もうずっとにやけっぱなしだ。
可愛くて仕方が無い……!
小一時間ほど、ルートと追いかけっこをして遊んだ後、冷蔵庫からビールを取り、ルートに水を出した。
「ふぅ~……」
ソファに座り、ビールを飲む。
すぐそばでルートが美味しそうに水を飲んでいる。
「いやぁ、もっと体力つけないとな……息があがっちゃうよ」
でも、以前に比べればかなり体力は上がった。
ウォーキングとプールのお陰かな。
後は……護身術的なものも習いたいよなぁ……。
あの狼の一件があってからというもの、いざという時、自分やルートを守れる力が欲しいと強く感じていた。
クマスプレーは結構良かったよなぁ。
あれは常備しておくとして、獣以外にも野盗みたいな輩に襲われることも想定しておかないと……。
対人となると……剣か?
いやぁ……人を刺すとか俺には無理そうだ。
そもそも争い事自体が嫌いなんだよなぁ……。
でも、もう一人じゃないわけだし、そんな甘っちょろいことも言ってられない。
俺がルートを守らないと……。
『ワウッ』
ルートが俺の膝の上に飛び乗ってくる。
「よーしよーし、ははっ、お水美味しかったかぁ~?」
『ワウワウ!』
「よーし、良い子だねぇ~」
小さくてふわふわの頭をやさしく撫でる。
あぁ、この子を残して帰らないといけないなんて……。
獅子は千尋の谷から我が子を落とすというが、まさにそんな気持ちになる。
「ルート、前も言ったが……俺は明日から少し城を空けないといけないんだ。お留守番できるかなぁ?」
『ウゥ?』
ルートはきょとんとした顔で俺を見つめている。
「やっぱまだ子供だし、無理かなぁ……」
『ワウ!』
ルートが膝から飛び降り、冷蔵庫へ向かう。
そして器用に扉を開けると、赤竜肉を取り出し、『ワウ!』と俺を見た。
「えっ……冷蔵庫開けられるの⁉」
『ワウワウ!』
「そうか、なら一食分ずつ小分けにしておけば……」
俺は肉をミンチにして、一食分ずつ小分けにした。
そして冷蔵庫の中に並べて扉を閉めた。
「ルート、お腹がすいたらここから一食分取り出すんだよ、できる?」
『ワウ!』
ルートはすぐに冷蔵庫を開け、一食分のミンチを取り出すと、冷蔵庫を閉めた。
「す、すごい! ルート、お、おまえ天才じゃん……!」
『ワウワウ!』
「ルート、水を飲みたい時は?」
ルートはキッチンに乗り、蛇口のレバーを押す。
そして、ペロペロと水を舐め、レバーを戻した。
「マジか……」
頭が良いってみんな言ってたけど、ここまでとは……。
「水と食べ物は問題ないとして……トイレも大丈夫?」
『ワウ!』
ルートはキッチンから降りてトイレに向かう。
俺はその後を追った。
トイレの上に乗り、器用にチャーッと用を足し、水を流す。
どうだ? と言わんばかりに俺を見た。
「か、完璧だ……ちょっと寂しいくらいに!」
『ワウワウ!』
これなら……いけるか?
「ルート、本当に悪いと思うんだけど、お留守番できる?」
『ワウ!』
任せろ! と言っている気がする。
「そうだな、一人で寂しくないようにおもちゃでも買うか?」
『ワウ?』
「よし、ちょっとおいで」
『ワウ』
俺はソファに戻り、魔晶端末を起動してウェザーマートのアプリを開いた。
「えーっと、ペット用品は……っと」
ペット用品カテゴリーにおもちゃのコーナーがあった。
猫じゃらしやダンベルみたいな骨ガム、ボール、短いロープなどの定番商品が並んでいる。
「ほら、何か欲しいのある?」
ルートは興味津々で画面を覗き込む。
そして、ボールを指さした。
「ボールがいいのか、よし、じゃあこれを買おうね」
『ワウ!』
ぐりぐりと頭を俺に押しつけてくる。
喜んでくれているみたいだ。
あぁ……可愛い。
俺は注文を終え、魔晶端末をテーブルに置くと、ルートを抱き上げた。
「あっという間に大きくなるんだろうなぁ」
『ワゥ~』
なんせ貴族様の番犬にというくらいだし、逞しく育つのだろう。
それはそれで楽しみだけど、いまのルートは本当に天使だよ……まったく。
『ワゥ?』
耳がピクンと動き、ルートが窓の外に顔を向けた。
「おっ、早いなぁ、アナさんだ」
俺はバルコニーに出て、ルートとアナさんを出迎えた。
「お疲れさまですー!」
バッカスから飛び降りたアナさんが手を上げる。
ルートが嬉しそうにアナさんの足下に纏わり付いている。
「おぉ、元気そうだな」
「お陰様ですっかり良くなりました」
「あたしは何もしてないさ、荷物は中でいいか?」
「あ、はい、お願いします」
見るとルートはバッカスにちょっかいを出していた。
バッカスはじゃれついてくるルートをうまくあやしてくれている。
「飛竜ってコボルトとか平気なんですね」
「まあ、バッカスは面倒見がいいからな、あのコボルトもまだ子供だし」
「あ、そうだ、名前を決めました。ルートっていいます」
「ルートか、ふぅん、良い名前だな」
アナさんはキッチンに荷物を下ろしてくれた。
「それで……実は週末以外、ここを空けることになるんですが、ルートに留守番をしてもらわないといけなくて……」
「まあ平気だろ? コボルトだし」
「そうなんですが、ちょっとご相談があって……」
「なんだよ、あらたまって?」
「勝手なお願いで申し訳ないのですが……週の半ばにスポットで配達をお願いしてもいいですか? まだ小さいので、配達がてらにルートの様子を見ていただけると……」
「あぁ、そういうことか……」
アナさんは少し考え込むと、「ふふっ」と笑みを浮かべた。
「じゃあ、デイリーで頼んどいてくれよ」
「えっ⁉ い、いや、さすがに毎日は迷惑じゃ……」
アナさんがぐいっと俺に顔を近づける。
「ここに来りゃ毎日サボれんだろ? 言わせんなって……」
「あ、あぁ……なるほどですね……」
それなら気兼ねなく頼めるか……。
「わかりました、じゃあ、お言葉に甘えて」
「おぅ、よろしくー」と、アナさんは俺の背を叩き、バルコニーに出るとバッカスに飛び乗った。
「ルート! あたしとバッカスのことを良く覚えておけよ! じゃあな!」
『ワウワウ!』
ルートがジャンプしてアナさんに応えている。
「ありがとうございましたー!」
俺は大きく両手で手をふる。
『キェ―――――――ッ!』
雄叫びを上げたバッカスが舞い上がり、あっという間に小さな点になった。




