ブラック・コボルト
それから俺は、何度か様子を見にリビングと倉庫を行ったり来たりしていた。
『ワ……ゥ……』
コボルトがゆっくりと目を開ける。
「おぉっ、気付いたか!」
『ウゥー……』
俺に気付き、咄嗟に牙を剥いて威嚇する。
だが、その威嚇も弱々しかった。
「おっと……俺は敵じゃない、ほら、水、あとごはんもあるからな」
両手を挙げ、ゆっくりと後ろに下がった。
『ウウゥ……』
ほぼ壁際まで離れると、コボルトは警戒しながら水の匂いを嗅ぐ。
大丈夫だと判断したのか、少しずつ水を飲み始めた。
「お前、大変だったな……俺もあの時、森にいたんだよ。偶然、襲われてるお前を見掛けてな、どうなることかと思ったけどさ……何とか生きて帰れたんだ」
『……』
コボルトはじっと俺を見据えている。
言葉がわかるとは思えないが、彼なりに状況を把握しようとしているのだろう。
「もう一度言うが、俺は敵じゃない。それに……俺は弱いからな、お前と戦ったら負けちゃうよ、ははっ。仲良くしたいだけさ」
『……』
コボルトは赤竜肉の匂いを嗅ぐと、静かに食べ始めた。
余程、腹が減っていたのか、警戒が解けたのか……まあ、急ぐことはない。
怪我が治るまでに、ゆっくりと慣れてくれれば……。
「じゃあ、俺はいくよ。また、水と肉をもってくるからな。ゆっくり休めよ」
そう声を掛け、俺は倉庫を後にした。
*
リビングに戻ると、アナさんが「どうだった?」と俺に顔を向けた。
「餌は食べてくれましたね」
「ならもう大丈夫だ。怪我が治ったら体を洗ってやれ。治るまではあのままで良い」
「わかりました。あと、何か必要なものとかありますかね?」
「んー、あいつ贅沢にも赤竜肉喰ってるからな……薬は必要ないぞ。竜の肉は万病予防って言われるくらい滋養があるんだ」
「へぇ、やっぱり竜ってすごいんですねぇ……」
「当然だろ、だからあんだけ値段が……って、魔王のお前には関係ないか。金持ちだもんな?」と、アナさんがジト目で見てくる。
「いや、だから魔王では……」
「まあいいや、あたしはそろそろ戻る。頑張って世話してやんな」
「あ、はいっ! すみません、いろいろと……」
「水くさいこと言うなよ、謝るくらいなら酒用意しとけって、な?」
マスク片手に、二ヒヒと笑うアナさん。
いやぁ、本当にいい人だなぁ……。
「わかりました、また思いっきり飲みましょうね!」
「ははは、そうこなくっちゃ。じゃあな――」
手をひらひらと振って、アナさんはバッカスに飛び乗る。
『キェーーーー!』
「ありがとうございます!」
俺は手を振りながら大きく声を上げた。
バッカスは雄叫びを上げると、勢いよく宙に舞い上がり、飛び去っていった。
リビングに戻り、俺はコーヒーを淹れた後、ソファに凭れた。
「ふぅ……」
やっと、一息つけた。いやぁ、色々ありすぎて……。
あ、魔石も査定に出さないと。
出すのは簡単だ。
袋小路さんからもらった買取BOXに入れるだけ。
どういう仕組みか知らないが、中に入れると袋小路さんに届くらしい。
今回、採取した魔石を入れて蓋を閉じる。
これでよし――。
幸いにも連休で良かった。
あと二日はあいつに付いていてやれるな。
もし、回復に時間がかかりそうなら有給を使うか……。
コボルトか……相棒になってくれれば頼もしいよなぁ。
しかし、肝心のあいつが俺を気に入ってくれなきゃどうしようもない。
相棒は欲しいが、無理強いはしたくないもんな……。
うん、どういう結果になっても、あいつの気持ちを尊重しよう。
翌日、俺は赤竜肉でミンチを作った。
水と一緒に地下へ持って降りる。
起きてるかな……。
そっと、倉庫の扉を開ける。
コボルトは毛布の上で丸くなっていた。
じっと俺のことを見ている。
「大丈夫、何もしないよ」
俺は水と餌を交換して「ゆっくりな」と声を掛け、そのまま倉庫から出る。
まずは怪我を治さないと。
余計なストレスは極力かけないようにした方がいいだろう。
それから、数時間おきに様子を見に行った。
餌がなくなっていれば、補充して、水が減っていたら小まめに交換をした。
食欲はあるみたいだな……。
目の輝きもだいぶしっかりしてきた気がする。
この分なら、すぐに良くなるだろう。
リビングに戻り、袋小路さんに連絡を入れた。
「あ、お世話になってます、倉城です」
『あー、どうも、魔石の方はちゃんと届いてます。いま査定中でして、もう少しお時間がかかると思います』
「はい、よろしくお願いします。あの、それとは別でご相談が……」
『何か問題でも?』
「昨日、森で……」
俺はこれまでの経緯を袋小路さんに説明をした。
『なんと……よくぞご無事で……』
「運が良かったですね、ははは……」
『私がもう少し危険性をお伝えするべきでした……申し訳ございません』
「い、いえ、とんでもない! 袋小路さんは何も悪くありませんよ」
『でも、本当にご無事で何よりでした。それにしてもコボルトですか……』
「はい、アナ……配達員さんが言うには希少種らしくて」
『そうですね、ブラック・コボルトはかなり珍しい個体だと聞いております。わかりやすく言うなら、三毛猫の雄くらいの確率でしょうか……』
「そんなにっ……⁉ 実は、私としてはこちらの世界で飼えればなぁと思っているんですが……あ、もちろん、コボルトが嫌がったら森に帰すつもりですけど」
『良いんじゃないでしょうか。ウェザーランドでは犬と同じようにパートナーとして重宝されていますからね。しかも、コボルトは犬とは比べものにならないくらい知能が高いですし』
「ただ、今のところ週末以外は城を空けるので……。ちょっと心配なんですよね」
『あー、なるほど、それでしたらむしろ番犬としてぴったりじゃないでしょうか』
「え?」
『コボルトは知能が高いと言いましたが、ほぼ人と同等とお考えください。彼らは教えれば何でもできますよ。自分のご飯だって用意できます』
「そんなに……」
『そのコボルト、恐らく倉城さんの言葉も通じてるはずです。根気よく話しかけてあげればきっと伝わると思いますよ』
「わ、わかりました、頑張ってみます!」
『ふふっ、頑張ってくださいね。では、査定が出ましたらご連絡させていただきます』
「あ、はい! ありがとうございます!」
『では――』
通話を切り、ソファに凭れて天井を見上げた。
「マジか……」
言葉が通じるなら、思ってることを伝えた方がいいよな……。
相棒になってもらおうと思ってるんだ、俺の方から心を開かなきゃ。
「よし!」
俺は倉庫へ向かった。




