小さな獣
狼達は、まだ俺に気付いていないようだった。
今なら逃げられるか……いや、音で気付かれるだろう。
そっと周りを確認する。
木はどれも大木で足を掛ける枝も無い。
俺の筋力では登ることはできないだろう……。
どうする?
クマスプレーはすぐ取り出せるが……。
『ワウッ! ワウッ!』
小さな黒毛の獣は傷だらけだ。
泥に汚れていて、犬なのか狼なのか、はたまた別の獣なのかが判別ができない。
だが、満身創痍の小さな体で、必死に抵抗する素振りを見せている。
『『ガルルルルル……』』
狼達は徐々に間合いを詰めているようだ。
三頭か……。しかも、こうして見ると結構大きいな……。
正直、俺にどうにかできるとは思えない。
何かないのか……。
あっ⁉ そうだ……ゴブチーサンドの残りがある。
いやいやいや、さすがにそんなに上手くいくわけがないか……。
しかし、他に良い案も浮かばない。
『ワウッ!』
『ガルルルル……』
『ガウッ! ガウガウッ!』
くそっ……一か八かだ!
俺はリュックからクマスプレーとゴブチーサンドの残りを取り出した。
そして、狼達の方へゴブチーサンドを投げた。
『ガウッ⁉』
狼達が一斉に反応する。
そして、勢いよくゴブチーサンドに飛びかかった。
よしっ……いまだ!
俺は逃げだそうとして、足を止める。
くっ……やめろ! 変な正義感を出すな!
俺に何ができる、あのちっさいのだって俺を襲うかもしれない……。
見ると、小さい獣はその場に力なくパタッと倒れた。
ええいっ! どうにでもなれ!
俺は半ば反射的に、小さい獣に向かって駆けだした。
ぐったりとした獣を急いでリュックに入れる。
よし、入った――。
『ガウッ! ガウワウッ!!』
「や、やばい⁉」
狼の一頭に気付かれる。
一斉に向かってくる狼達。
「うわぁあああああーーーーっ!!! たすけてーーー! しぬーーーっ!!!」
夢中でクマスプレーを噴射しまくった。
す、凄い臭いだ……目、目がぁ!
『『キャインキャイン!』』
「え……」
なんと、狼達が逃げていく。
「た、たすかった……のか……」
その場に座り込み、俺は魂が抜けたようにしばらく動けなかった。
しばらくして、落ち着きを取り戻した俺はそっとリュックの中を覗いてみた。
あの泥まみれの小さな獣がうずくまっているのが見える。
どうしよう……。
ここに置いていくのもなぁ……。
仕方ない、これも何かの縁だ。
せめてメシと手当てくらいの世話はしてやろう。
そう決めると、俺は森を出ようと歩き始めた。
それから狼達に出くわすこともなく、無事、森を出ることができた。
「ふぅ……いやぁ、死ぬかと思った……」
軽トラに乗り込み、魔王城へ向かう。
やっぱり、森は怖いな。
クマスプレーがなかったらと思うと……。
うぅっ、背筋に冷たいものが走る。
次からはちゃんと対策しないとな……。
そう思いながら、俺はリュックを横目で見た。
魔王城に戻り、俺はリュックから小さな獣を取り出してタオルで包む。
とりあえず、扉のある地下の倉庫に毛布を敷いて、その上に寝かせた。
「息はしてるけど……」
体中、傷だらけだ……。
恐らくあの狼達と戦ったんだろう、こんな小さいのに……。
俺と違って、何て勇敢なやつなんだ。
「良く頑張ったな」
顔の泥や体の汚れを軽く拭いてやると、どう見ても子犬にしか見えなかった。
「犬……だよな」
とりあえず水とミルク、赤竜肉を小さく刻んだものを置いておく。
リビングに戻り、俺は考えを巡らせる。
うーん……袋小路さんに相談するのもなぁ……。やっぱり現地のことだし、アナさんに聞きたいが……。
そうだ、即竜便でアナさんに来てもらおう!
急ぎ、ウェザーマートのアプリを開く。
えっと、消毒薬とか包帯、ガーゼみたいなのは……。
・ウェザーマートオリジナル救急セット 8,900wz
突然の怪我や病気に安心の常備薬です。
よし、これをカートに入れて、購入!
画面に購入完了の文字が表示される。
これで、アナさんが来るはずだ……。
何度か地下に様子を見に行くが、眠ったままだ。
水で口を濡らしてやると、少しだけ反応があった。
「がんばれよ……」
リビングに戻り、バルコニーから空を見上げると、遠くにバッカスらしき影を見つけた。
「来た! アナさんだ!」
俺はバルコニーに飛び出し、大きく手を振った。
「アナさーん! おーい!」
バッカスが舞い降り、アナさんが降りてくる。
「おぉ、クラキ。何だ救急セットって? 怪我でもしたのか?」
「ち、違うんです! とにかく、一緒に来てくれませんか⁉」
「お、おぅ……?」
俺はアナさんの手を引き、地下の倉庫へ向かった。
*
二人で倉庫に入り、俺は森での経緯をアナさんに説明した。
話を聞いた後、アナさんは毛布の上の獣を見るなり「あぁ」と言う。
「クラキ、こいつはコボルトだ」
「コボルト?」
「ああ、犬型の魔獣だよ、まだ子供だけどな」
「まっ、魔獣⁉」
「ああ、まあ魔獣といっても、森の奥にいるような獰猛なタイプじゃない。こいつらは知能が高いからな、貴族の番犬とか猟犬とかに使われる。しかもこいつは希少種の黒毛だ。買うと恐ろしく高いぞ」
「へぇ……」
こっちにも犬っているのか。
魔獣と獣の違いがよく分からないけど……。
「まあ、回復力も普通の犬とは比べもんにならないからな、大人しくしとけばすぐに良くなるさ」
「そうなんですね、良かったぁ……」
アナさんは俺が用意した赤竜肉のミンチを見る。
「これは赤竜肉か?」
「はい、食べるかどうかわからなかったんですが、一応……」
「うん、餌はこれで十分だな。あとはミルクはいらないな、水でいい」
「あ、はい、わかりました」
「で、どうすんだ? こいつ」
「……」
横たわるコボルトを見る。
猟犬か……森へ入る相棒がいれば心強いよなぁ。
小さな体で狼に立ち向かっていた姿が脳裏に浮かぶ。
「アナさん……コボルトって、私でも飼えますかね?」
「ああ、なんせ賢いんだ。何でもすぐ覚えるし、手が掛からないぞ?」
「ほんとですか……!」
「助けてやったんだろ? お前もこいつに助けてもらえばいいさ」
アナさんは頭の後ろで両手を組みながら微笑む。
「留守番とかできますかね……」
「ああ、平気平気、ほんと下手すりゃ人間より賢いから」
アナさんは追い払うように手を払う。
「もし、この子が私のことを気に入ってくれたら……飼うことにします」
「ははっ、ほんとクラキは変なやつだなぁ」
「そうですかねぇ……」
「まあ、大丈夫だろ。大事にしてやれよ?」
「ええ、その時はもちろん」
二人で眠るコボルトを見守る。
早く良くなってくれよ。




