タイレルの街
タイレルの街は活気に満ちあふれていた。
大勢の人が行き交い、市場らしき通りでは威勢の良い声が飛び交っている。
「すごい熱気ですねぇ! うわぁ~!」
「この通りはタイレルでも一番賑わってるからな」
「へぇ……」
「こっちだぞ」
「あ、はい!」
こんなところではぐれたら帰れる気がしない。
はぐれないように、俺はアナさんの後ろ姿を必死で追いかけた。
だが、アナさんは小さい。
気を抜くとすぐに人影に紛れてしまう。
「うあ、ちょ……ア、アナさーん! ま、待って⁉」
その時、隊列を組む商人一行が俺の前を横切る。
彼らが通り過ぎた後、アナさんの姿はなかった。
「ま、マジかよ……」
異世界の街で一人取り残されてしまった……。
塔に戻るか? いや、まっすぐには変わりないはずだ。
少し進んでみるか……。
俺は通りの露店を冷やかしつつ、アナさんの影を探しながら歩いた。
「しかし、色んな人がいるなぁ……」
俺のような人間と、獣人、それにエルフやドワーフといった種族も多い。
やはりエルフはとんでもなく綺麗だが、不思議と男女ともに顔半分を薄いベールで隠している人が殆どだった。
露店で気付いたのは小さな紋章が描かれたり、焼き印が押されていたりする小さな木板が立てられていることだ。
どの店も置いてあるが、売り物ではなさそうで、店ごとに紋章の模様が異なっている。
俺は勇気を出して、近くの雑貨店らしき店主に声を掛けてみた。
「あの……すみません」
「いらっしゃい、何をお探し……ん? あんた珍しい服着てるね。良かったら買い取るよ?」
「え、ああ、今は大丈夫です」
「そうかい、かなり上等な生地だよねぇ……惜しいな、どこで買ったんだい?」
「あ、えーと、これはですね……」
「あー、いいよいいよ、野暮なこと聞いちまった。もし、良かったら今度買うときに俺の分も買っておいてくれないか? 三割増しで買い取るよ?」
「えっ⁉ あ、ま、前向きに検討します」
「ははは、よろしくな。俺はマクセンだ、ご覧の通り何でも屋さ」
マクセンは店の商品に向かって手を広げると、人の良さそうな笑みを浮かべた。
へぇ、好感の持てる人だ。
そうか、この人なら色々と知識も豊富だろうし、お近づきになっておきたいな。
「マクセンさん、私はクラキといいます。どうぞよろしく」
「ああ、よろしくな」
俺はマクセンさんと握手を交わした。
「ところで、その紋章ってなんですか? 他の店にもありますけど……」
「何って……知らねぇのか⁉」
マクセンさんは目を丸くして驚いている。
「すみません、あ、えっと、恥ずかしながらずっと山奥で暮らしていたもので……」
「ふぅん、山奥で……そうかい。ま、別にたいしたもんじゃねぇよ、これで支払いをするだけさ」
「支払いを……」
QRコードのようなものか……。
でも、じゃあ端末って?
「どのように使うんですか?」
「……まさか、魔晶端末も持ってないのか?」
「魔晶端末?」
スマホのことか?
でも、俺のは地球のやつだからこっちじゃ使えない気が……。
「こういうやつさ」
マクセンさんが自分の端末を見せてくれる。
「へぇ……格好いいですね」
スマホと言うよりは、つるつるの黒い黒曜石のような石板だった。
額縁のように細かな意匠が刻まれている。
「魔晶端末なら、あっちに露店が固まってるが大抵は盗品か中古品だ。変な仕掛けが残ってる物もあるし、買うなら少し高いが、ウェザーマートか、大手の商会にしときな」
「なるほど……ありがとうございます」
セキュリティってことだよな。
うーん、どこの世界でも悪い奴っているもんだ……。
「――おい! クラキ!」
「へ?」
振り返ると、アナさんが不機嫌そうな顔で腕組みをしていた。
「あ、アナさん!」
「居ないと思ったらこんなとこで遊んでたのか?」
「いえ、遊んでいたわけじゃ……アナさんを見失ってしまって、探していたところでして」
「まぁいい、行くぞ?」
「は、はい! あ、マクセンさん、ありがとうございます、次は服、持ってきますね!」
「おぅ、頼んだぜ、またな!」
マクセンさんの店を後にして、俺はアナさんに腕を引っ張られながら通りを歩いた。
「これではぐれないだろ?」
「そ、そうですね……」
数台の竜車が通りを連なって走っていく。
「あれ、竜車ですよね?」
「ん? そうだ、初めて見るのか?」
「はい、いやぁ……凄いなぁ……」
「……変わった奴だな。まあ、あんな所に閉じこもってたんじゃ無理もないか」
そう言って、アナさんが笑った。
「竜車だと、魔王城からタイレルまでどのくらいかかりますか?」
「そうだな……半日ってところか」
「半日……」
もしかすると、軽トラでも来られるかな?
道の具合にもよるだろうし、ちょっと目立ち過ぎるか……。
野盗とかに襲われそうだし。
「竜車便とか出てたりしますかね?」
「あー、自分で街に来たいのか、そうだなぁ……手っ取り早いのは手頃な竜車を買うことだな」
「竜車を買う⁉」
「そんな驚くことか? まぁ、竜はピンキリだが、タイレルと魔王城の往復なら、相性の良い健康な奴を選べば問題ない」
竜車……ほ、欲しい!
だが、竜のお世話とか、週末は城を空けてしまうし、大丈夫だろうか……。
かなり大きいし、食費も心配だな……。
「馬もあるが、竜の方が手は掛からないぞ。なんたって飲まず食わずでも5日は走り続けてくれるからな」
「えっ⁉ そ、そんなに⁉」
「興味があるなら、今度ファームへ連れてってやるぞ」
「ファーム⁉ い、良いんですか⁉ ぜひ! あ……いえ、すみません。やっぱり、今はまだ大丈夫です。色々と準備もありますから、生活が落ち着いたらお願いします」
「ははは、そういやまだ家具もないんだもんな、そりゃそうだ。まあ、そんな慌てなくても竜は逃げやしないさ」
アナさんは豪快に笑った。
しばらく行くと、人気がだいぶ少なくなってきた。
「アナさん、そろそろ大丈夫だと思うんですが……」
「ん? ああ、そうだな」
アナさんが手を離してくれる。
「着いたぞ、ここだ――」
立派な店構えだった。
店外看板には、『タシュ&ウルー』の文字と、オーバーオールを着た二匹の山猫の絵が書かれている。
建物の雰囲気からして、かなり老舗感はあるが造りが周囲のものと全然違う。
見た感じ頑丈そうだし、使われている木材も品があるというか……。
アナさんは躊躇うことなく、店の扉を開けた。
タンッタンッとか、ギコギコといった音が聞こえてくる。
「おーい、タシュ、ウルー、客を連れて来たぞー!」
ピタッと音が止まると、奥から二人の猫獣人が顔を出した。
キジ白模様と、キジ模様だ……。
「おぉ、アナじゃん」
「ほんとだ、アナだ」
「しばらくぶりだな、元気か?」
「元気だよ」
「うん、元気」
そう答えて、ふたりが俺の方を同時に見た。
「あ、ど、どうも、クラキといいます、よろしくお願いします」
慌てて挨拶をすると、
キジ白模様の猫獣人が「俺、タシュ」、キジ模様の猫獣人が「僕、ウルー」と、順番に答えた。
「こいつに家具を作って欲しいんだ」
アナさんが言うと、
「いいよ」
「どんなの?」
と耳をピクンとさせる。
俺はさっそくサイズの書かれたメモ書きを手渡した。
「このサイズの本棚とソファ、テーブルセットが欲しいんですが……」
「大きいな」
「大きいね」
「本棚は直接、壁に備え付けた方が良いな」
「良いかもね」
二人がメモを見ながら言う。
「えっと、家に来てくださるということでしょうか?」
二人は顔を見合わせ、
「いいけど?」
「まあ、構わないかな」
と、言った。
「作業ってどのくらいで完了しそうですか?」
「本棚だけなら一日で」
「一日で」
それなら俺も立ち会えるな……。
しかし、来てもらうとなると、どうやって……。
「ここから竜車で半日ってとこだな。飛竜だと数時間だけど……これがかかる」
アナさんが指で丸印を作って見せた。
金ってことか……。
まあ、ウェザーマートの相場を見る限り、そこまで心配しなくても良さそうだよな。
何より、タシュさんとウルーさんの負担も少ないだろうし……。
「予算はありますから、飛竜で来ていただこうかと」
「ふぅん、さすが魔王、太っ腹だな」
「魔王!」
「魔王⁉」
二人は全身の毛を逆立てた。
「ち、違いますよ! 普通の人間ですから!」
「ははは、冗談冗談」
「じゃあ、他の家具が完成したら、配送と同時に本棚の取り付けをしていただくってことでどうでしょうか?」
「いいよ」
「わかった」
「ありがとうございます、それで、お代の方はおいくらくらいになりそうですか?」
「木材による」
「デザインにもよる」
そう言って、二人は奥から一冊の大きな本を持ってきた。
テーブルの上に雑に広げると、そこにはソファの形や足の形、紋様のパターンや、装飾のサンプルイラストなどが描かれていた。
「おぉ! カタログですか! ちょっと見せていただいても?」
「見ろ」
「見て」
俺はページをめくる。
へぇ~、いろいろあるんだなぁ……。
猫脚や竜脚、獅子脚なんてのもある。
あ、これいいな! 獅子脚のテーブルと椅子のセット。
ソファは背が低いものにして……。
黒が基調だし、モダンな雰囲気がいいか。
やっぱり、シンプルなものが飽きも来ないだろう。
俺はカタログの中からシンプルかつ、洗練されたデザインのものを数点選んだ。
「ふぅん、意外と普通だな。クラキは、もっと変なの選ぶと思った」
「毎日使うものですからね、あまり奇抜なものよりは、普通のものが落ち着くと思いまして」
「そっか、で、いくらくらいになりそう?」
アナさんがふたりに聞くと、
「12万wz」
「20万wz」
と同時に答えた。
「かなり差がありますね……」
二人は背中の毛を少し立てながら、後ろを向いて相談している。
「「じゅ……15万wzだ」」
出そろったようだ。
15万ってことは、1万5千円か……。安いっ!
何か申し訳ない気がしてくるな。
「わかりました、15万wzで構いません」
「いいのか?」
「ほんとか?」
ふたりからすると、かなり強気の値段だったらしい。
だが、俺からすればたいした金額じゃない。
丁寧な仕事も期待したいし、言い値で払うにことしたことはないだろう。
「良いですよ、お二人の仕事に期待してます」
「まかせろ!」
「まかされた!」
二人が威勢良く答えた。
「良かったな、よし、金は後払いだ。行くか?」
「あ、はい、じゃあ、よろしくお願いしますね」
俺とアナさんは店を後にした。
タシュ&ウルーか、二人は兄弟なんだろうか?
「あのお二人ってご兄弟なんですか?」
「ん? あぁ、そうだ、オヤジの跡を継いでな、ふたりでやってんだ」
「なるほど、そうやって技術を継承していくんですねぇ……」
「いやいや、あいつらのオヤジはどうしようもない飲んだくれだったぞ」と、アナさんが笑う。
「そ、そうなんですか……」
「ま、小さい頃からあいつら二人で、その辺の家の家具とか修理してオヤジの酒代を稼いでたんだ。たいしたもんだろ?」
「ええ、本当にすごいです」
子供に酒代稼がせるとかとんだ毒親だな……。
それにしても、二人が腐らずに頑張ったから今があるのか。
いやぁ、自分の知らない世界で、こうやって皆それぞれたくましく生きているんだなぁ……。
会社行きたくねーとか悩んでた自分が恥ずかしくなる。
ウェザーランドに来て良かった。
ずっと、職場と家との往復じゃ、こんな出会いもなかっただろう。
「あ、そうだ、アナさん魔石採掘って詳しいですか?」
「魔石採掘?」
「魔石って色々なところにあるらしいんですが……」
「そりゃあ魔石はどこにでもあるが……魔石っつっても、いろいろあるからなぁ……」
アナさんはうーんと唸りながら上を向く。
「魔晶端末も魔石だし、あの女が耳にしてるイヤリングも魔石だ。なんなら、あそこの金持ちっぽいおっさんが指に嵌めてる指輪も魔石だな」
「え……」
「そこら中にあるともいえるし、希少なものもある。どんな魔石を採掘するかで、何もかも変わるってことさ」
「なるほど……ありがとうございます」
これはちょっと考えを改める必要があるな……。
とにかく、袋小路さんの資料を読んでから考えてみるか。
「よーし! 酒だ酒! ぱーっとやろうぜ!」
酒かぁ……。
まあ、明日にはまた現実が待っているのだが、そんなことを考えても仕方がない。
よぉし! 楽しめるだけ楽しもう!
「そうですね、そうしましょう!」
俺たちは酒を求めて魔王城へ戻ることにした。
ありがとうございます。
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