魔王専属配達員
ここウェザーマートでは、消息を絶ったアナを探すべく、捜索隊の編成が行われていた。
「こんだけ手ぇ回して黒飛竜三体か……チッ、くそ!」
飛竜便の班長であるカイエンが壁を殴った。
その隣に立つジミーがビクッと肩を震わせる。
「い、今はちょうどバケーション入ってますからね……どこの支店も余裕がないんですよ」
「んなことわかってる! アナにもしもがあったらどうすんだ⁉ ウチのトップライダーだぞ⁉」
「そりゃそうですけど……アナなら、たぶん、大丈夫じゃないかなぁって……」
「おい、ジミー! お前いくらアナが強いっつっても相手は魔王だぞ、魔王!」
「は、はあ……」
カイエンに詰め寄られ、ジミーはのけぞる形になった。
そのとき、配達員たちが声を上げ始める。
「アナだ!」
「おい、アナが帰ってきたぞ!」
「「おぉーい!」」
わっと、場に歓声が沸く。
「カイエンさん! 間違いありません、バッカスとアナです!」
「ははは! 俺の目に狂いはなかったな! ははは!」
バシバシとジミーの肩を叩くカイエン。
ジミーは、よく言うよと小さく嘆息する。
そして、上空を舞うアナとバッカスに目を向け、呟いた。
「おかえり、アナ」
*
「あ……新しい魔王だと⁉」
ここウェザーマート本店の会議室に、店長のダグラスの大声が響き渡った。
コの字に並んだ机には上層部の面々がズラリ。
その上座に座るダグラスと、正面に立つアナが向かい合っている。
「本当なのかね、魔王は百年も前に消滅したはずだが……」
「しかし、アイレムの魔王城まで飛んだのは事実だろう?」
「もし、本当に魔王なら早急に対策チームを立ち上げるべきだ」
幹部達がそれぞれに口を開く。
アナはだるそうに斜め上を向いていた。
「待て――」
ダグラスの言葉に皆が口をつぐむ。
「アナ、魔王は何と言っているのだ? 何か要求はあったのか?」
「はい……私を専属にしろと……」
アナはわざと目線を落として答える。
「何⁉ ウチのトップライダーを……」
「アナを取られるのは痛いな……」
またも幹部達がざわめく。
ダグラスは手を向け、皆を黙らせた。
「ということは、我々に敵意はないということだな?」
「恐らくは……」
ダグラスは目を閉じ、腕組みをして唸った。
幹部達は緊張した面持ちで彼の言葉を待っている。
一代でウェザーマートを世界一のスーパーマーケットに育てた男、ダグラス・ウォルトン。
『売れない野菜は竜に食わせろ』という彼の持論通り、ダグラスは徹底したコスト管理と効率的な飛竜便ネットワークを構築した。
ここにいる幹部連中も、そんな彼を慕う者ばかりだ。
「よし、アナを魔王専属配達員とする。危険手当は三倍だそう、どうだアナ、やれるか?」
「……て、店長が仰るのなら……やります」
決意に満ちた目を向けるアナ。
あくまで嫌だけど店のためならあたしやれます、やらせてください! みたいな目だった。
幹部連中も「おぉ……」とアナを誇らしく感じているようだった。
「ありがとう、矢面に立たせてすまんな。次の配達は私も同行しよう」
「えっ⁉ あ、いや、魔王は……城に私以外近づけるな、と……」
慌ててアナが答える。
「むぅ……そうか、では親書をしたためよう。悪いが、魔王に届けてもらえるか?」
「はい、もちろんです」
心なしかほっとした様子のアナ。
「では、アナの空いた分、各支部、シフトを調整だ。広報で魔王専属となったことを大々的に宣伝するぞ」
「なるほど、トップライダーからさらに上に行ったと周知させるわけですか!」と、幹部のひとりが言った。
「ああ、これもブランド戦略に繋がる。アナに憧れた新規配達員の応募も増えるだろう」
「うぐ……」
想像を超えた展開だったのか、アナは少し戸惑った顔を見せる。
「というわけだ、アナ、何かあったらすぐに報告してくれ」
「わかりました、失礼します」
会議室を出たアナは、胸元のボタンを外した。
「ったく……面倒なことになっちまったなぁ……」
サボっていたことを誤魔化そうと、魔王に捕まっていたと言ったまでは良かった。
だが、ついでにクラキの配達と危険手当を総取りしようとしたのがまずかった……。
「欲を掻きすぎたか……」
飛竜待機場に行くと、ジミーが駆け寄ってきた。
「アナ、大変だったね」
「まあな」
「ね、魔王ってどんな人? 人型? それとも獣人みたいな感じ?」
「いや……普通の人間だったな」
そう言って、アナは思い出し笑いをする。
「え、捕まってたんだよね?」
ジミーが何か勘ぐるようにアナを見た。
「チッ……勘の良い子は嫌いだぜジミー……」
わしゃわしゃっとジミーの髪をかき混ぜる。
「わわっ、何するんだよ!」
「はっはっは、余計なことを言うからだよ」
そのとき、待機場へ店員が走ってきた。
「おーい、アナー! 依頼だ、魔王からだぞー!」
「おっし! 危険手当三倍だ! 腕が鳴るぅ~♪」
アナは嬉しそうにバッカスの元へ駆け寄ると、指笛を鳴らした。
『キィ――――――ッ!』
「なんでバッカスも嬉しそうなんだろう……」
ジミーがつぶやく。
「じゃあな、ジミー! 今日は直帰するから!」
「え、アナ……⁉ 行っちゃった……」
すでに小さな点となったアナ達を見上げて、ジミーは大きくため息をついた。
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