趣味も広げよう
仕事の帰り道、俺はいつも立ち寄る大型書店に入った。
「ふぅ~、涼しい……」
明るい店内には、仕事帰りのビジネスマンや、若い女性、学生らしき男女が行き交っている。
真剣な顔をしている人や、逆に暇そうな人、スマホを見ながら何かを探している人がいた。
俺はまっすぐに園芸・家庭菜園のコーナーへ行く。
そう、週末までに知識のアップデートも進めて行こうと考えたのだ。
「あれだけ敷地が広いもんなぁ……畑は必須だろう」
見ると、いろいろな本が並んでいた。
・小さな畑で45品目
・はじめての家庭菜園
・ミニ菜園入門
・マンガでわかる家庭菜園
・畑のいろは
……
…
「とりあえず初心者向けのものをいくつか買っておくか……」
小さな畑の作り方が書かれた本と、野菜作りの基礎本を手に取る。
「あとは……料理にも挑戦したいよな」
長年一人暮らしだが、味噌汁やご飯、卵焼きくらいしか作ったことがない。
もっぱら、コンビニか外食で済ませていた。
魔王城は飛竜便で色々と手に入るが、今と同じ生活はしたくない。
あれだけのキッチンがあるし、食材から自分で料理を作ってみたいと思ったのだ。
料理コーナーに行く。
「す、すごい量だ……」
昨今の料理ブームで、料理本はかなりの数があった。
目に付くのはやはりインフルエンサーが出しているレシピ本。
何冊か立ち読みをしてみると、『男の料理』を全面に押し出したものが簡単で美味しそうに思えた。
「へぇ、動画でも確認できるのか……よし」
俺はレシピと動画で細かいところまで確認できる『崇高な野蛮飯』という本にした。
会計を済ませて、電車に乗る。
今日は一駅前で降りて、歩いて帰ることにした。
すこしずつ、自分のできることから始めてみよう――。
茜色の空を仰いで、俺は歩き始めた。
*
待ちに待った週末がやってきた!
家庭菜園の知識もかなり増えたし、ウォーキングを始めて心なしか体調も良い。
全身にやる気がみなぎっている。
よぉーし! いざ出発だ!
軽トラのエンジンを掛け、俺は左右を確認してからゆっくりと発進した。
サングラスを掛けてトンネルを抜ける。
もう慣れたものだが、この景色は何度見ても圧巻だな……。
「よっしゃきたぁ~~~! 思いっきりスローライフするぞぉ!」
怖いので制限速度を守りつつだが、ノリノリで軽トラを走らせる。
魔王城の前に軽トラを停め、俺は買った本を持って中に入った。
「ふぅ~涼しい……」
すでに僅かだが郷愁感すら覚える。
ああ、愛しの我が家……魔王城よ。
リビングに向かうと、キッチンのカウンターにメモが置いてあった。
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世話になったな
戻ったら連絡しろよ
アナ
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短い文だが、アナさんの心根の良さが出ている。
俺と繋がりを保とうとしてくれているのも嬉しかった。
「良かった、無事に帰れたみたいだな……」
「誰が無事だって?」
「そりゃあ、アナさんが……って、えぇっ⁉ アナさん⁉ ていうか服! 服を着てーっ!」
全裸のアナさんがリビングに入ってきた。
どう見ても風呂上がりです、ありがとうございます。
「ん? あたしは別に気にしないけど?」
「私が気にしますっ! 着て! お願い早くっ!」
「世話になったし、特別に見せてやってもいいぞ? ほれほれ?」
くねくねとポーズを取るアナさん。
「け……、結構ですっ!」
「ははは! 変な奴だな、クラキは」
アナさんは笑いながら服を着た。
いやぁ、驚いた……ていうか、モロに見てしまったが……。
忘れろ忘れろ忘れろ……。
俺は邪念を払うように、脳裏に浮かぶアナさんの映像を掻き消した。
「ていうか、アナさん帰られたんじゃなかったんですか?」
「あー、それ書いた時は、帰ろうと思ったんだがな。ついつい居心地が良くて……な?」
てへっと舌を出すアナさん。
まあ、可愛いっちゃ可愛いんだけども!
「別に私は構わないですけど、お仕事は大丈夫なんですか?」
「あー、まあ……そうだな……」
あ、これ、大丈夫じゃないやつだ……。
「と、とにかく、急いで連絡するか、戻った方が良くないですか?」
「ああ、そうする。そうだ、すまん、弁当と酒なんだが……」
アナさんがチラッとキッチンに目をやる。
「ああ、構いませんよ。元々、アナさんに用意したものですし、置いておいても駄目になってしまいますから」
「神様かよ……いや、魔王だったか」
「どっちも違いますけどね」と、俺は苦笑いを浮かべる。
「さてと、じゃあちょっくら仕事してくっか。あ、今日こそは家具屋に連れてってやるよ、明るいうちに戻ってくるから」
「え、いいんですか?」
「当たり前だろ? これだけ世話になりっぱなしじゃ、寝覚めが悪いからな」
「ありがとうございます、じゃあ、待ってますね」
「おう、じゃあな」
そう言って、三階に上がろうとするアナさん。
「あれ? どちらへ?」
「悪い、上でバッカスが水浴びしてんだ」
「あー、なるほど……」
どおりでルーフバルコニーに姿が見えないと思った。
これだけ天気が良いと、バッカスも気持ち良いだろうな。
「じゃあ、後でな!」
「はい、お気を付けて」
アナさんは、タタタと走って行く。
その後ろ姿はどうみても華奢な女の子だった。
おっと、危ない、またあの姿が……。
慌てて蘇りそうなビジョンを掻き消し、俺はキッチンに向かった。
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