売り物件は魔王城⁉
「まっ、魔王城⁉」
思わず二度見してしまったが、不動産屋の店外広告には、まちがいなく『魔王城』と書かれていた。
「何かのイベント……いや、宣伝かなぁ?」
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06| 売 中 古 城
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☆ワンオーナー様の魔王城は希少です!☆
¥66万6,000円-
魔王城:地上3階・地下1階
2階ルーフバルコニー&最上階は見晴らしの良いスカイテラス!
築年:不明
面積:建物66坪 土地100坪
間取り:7LDK+DK+倉庫3室
設備・備考:全罠解除済、成約特典あり!
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「ふぅん……キッチンがふたつか……」
倉庫はともかく、キッチンがふたつって便利なのかどうかさえピンとこないな。
「ははは、全罠解除って、芸が細かいなぁ」
しかし、城にしては小さいというか、こぢんまりとしているというか……。
そもそも、こんなところに不動産屋なんてあったっけ?
「あっ⁉ やばい、電車!」
今日は会議の日だ、遅刻はできない。
腕時計を確認しながら、俺は駅に向かって走った。
*
その日は、なんとか遅刻せずに会社へ着いた。
朝は資料の用意だの、取引先との調整だの、すこしバタバタしたものの、午後は比較的余裕をもって仕事を進めることができた。
仕事も一段落して、休憩室でスマホをいじっていると、後ろから声をかけられた。
「倉城さん、お疲れっすー。あれ? なんかいいことありました?」
「あ、お疲れー。いや、特にないけど……なんで?」
同じ派遣で同期入社の深山くんだった。
俺と違い、資格勉強をする間のつなぎで入社したという前途有望な青年だ。
「今日はちゃんと中の人入ってんなーって感じがして」
「ちょ、えっ⁉ 俺、そんなにぼーっとしてた⁉」
「はい」と、即答して笑う深山くん。
「……いやぁ、お恥ずかしい。気を付けないとなぁ」
「そうだ、倉城さん。俺、来月でここ終わりなんすよ」
「えぇっ⁉ 辞めるの⁉」
「やっとセキスペ取れたんで、へへへ」
注)セキスペ⇒情報処理安全確保支援士
「すごいじゃん! じゃあ来月からエンジニア?」
「いや、フリーでセキュコンやることにしたんす。何社か当てがあるんで」
注)セキュコン⇒セキュリティ・コンサルタント 企業向けにセキュリティ運用、構築、提案などをするお仕事
「へぇ……独立かぁ、ホントにすごいなぁ! おめでとう、頑張ってね」
「あざっす、じゃあまたランチでも」
「うん、行こう行こう」
深山くんは会釈をして、オフィスへ戻っていった。
若いのにしっかりしてるなぁ。
それに比べて俺ときたら、惰性で働いてるだけだもんなぁ。
はあ……やりたいこと、かぁ……。
若い時から漠然と考えてはいるが、夢中になれることなんて見つからなかった。
四十にして惑わずというが、いまだ迷いっぱなしである。
贅沢な悩みかも知れないが、俺も何か本気で、ライフワーク的なものを探してみるべきか……。
――そういえば、あの不動産屋さんホームページあるかな?
俺はスマホで検索してみるが、それらしき店が見つからない。
あれ? たしかこの場所だったはずだけど……。
ストリートマップで確認してみても、駐車場があるだけだった。
写真が古いのか……?
まあ、帰りに寄ってみればいいか。
*
定時になり、ぞろぞろと皆が退社していく。
俺もその流れの一部となって会社を後にした。
さて、と……まだ時間はあるな。
帰り道にある大型書店の雑誌コーナーに寄り、田舎の暮らしを紹介している雑誌を手に取った。
「いっ……一千万!?」
とある特集物件を見て、思わす声が漏れた。
移住失敗なんてした日には、残りの人生棒に振るぞ……。
中には数百万台の物件もあったが、状態や立地を考慮すると現実的ではない。
「こうしてみると魔王城の66万が際立つな……」
まあ、いくら何でも、あれはネタ物件だろう。
でも、他に掘り出し物の物件もあるかもしれないし、もう一度行ってみるか。
『――つぎは代田橋、代田橋、お出口は左側です』
小さな改札を出て、不動産屋さんのある方へ向かう。
たしかこの辺りだったと思うけど……。
細道を行くと、あの店外広告が見えてきた。
「お、あったあった! きさらぎ不動産……か」
俺はじっくり見てみようと、窓に貼られた広告を順番に見ていった。
「ふぅん、魔王城以外は普通の物件なんだな……」
その時、店のドアが開き、中から若い女性が顔を出した。
「何かお探しですか?」
「あ、いえ……」
女性はなんというか、街ですれ違っても気づけないような印象の薄い人だった。
顔だちもすっきりして整ってはいるのだが、無機質というか……。
「ご家族とお住まいです?」
「え? いや、単身ですね、あはは……」
「それでしたら、この魔王城がおすすめですよ。何といってもこの価格! 私も長くやっていますが、これほどの物件はもう出ないかと」
「ま、まあ、たしかにお安いですが……これって本当に実在するんですか?」
女性はきょとんとした顔で、
「ええ、もちろん」と答えた。
「……」
嘘を言っているようには見えない。
だが、魔王城66万はちょっと自分の理解を超えている。
これは何かの詐欺……?
もしかして、違う契約を結ばなくてはならない、とか?
いや、ちょっと待て、そもそも『魔王城』って……。
「今日はちょっと急ぐので、また……」
「そうですか、ではまたのお越しをお待ちしております」
俺は軽く頭を下げ、きさらぎ不動産を後にした。
家に帰り、シャワーを浴びてさっぱりした後、コンビニで買った焼き鳥とビールを用意した。
500W、わずか一分三十秒でもたらされる至福の時……。
「これこれ……っと」
カーッ、生き返る!
焼き鳥うめぇー!
しかし、変な不動産屋だよなぁ……。
本気で言ってるように聞こえたけど、まさかね……。
ゲームじゃあるまいし。
でも、土地込み、しかもあの広さで66万とか破格だよな。
ホントにあるとすれば、ものすごい霊障とか瑕疵物件とか……何かしら問題があるんだろう。
もしかして、内見とかできたのかな?
ちょっと怖いもの見たさがある。
話のネタにもなりそうだし、機会があればお願いしてみようかな――。
*
それから、仕事が忙しかったこともあり、俺はすっかり不動産屋のことを忘れていた。
いつものコンビニで、晩酌用のおつまみに手を伸ばそうとした時、ふと魔王城のことを思い出して手がとまった――。
「……行ってみるか」
俺は会計を済ませて、あの細道へ向かった。
陽は落ちているとはいえ、アスファルトから容赦なく熱気が立ち上ってくる。
今年の夏の平均気温は35℃って、ホントどうかしてるよ。
そのうち40℃が当たり前になったら、日中外回りなんてできないぞ……。
ハンドタオルで汗を押さえながら、しばらく進むと、きさらぎ不動産の看板が見えてきた。
窓の広告に目を通してみる。
「えーっと……たしかこの辺に……」
しかし、魔王城の広告は無くなっていた。
「え……」
まあ、そうだよな。
あれが本当だとしたら、即売れだろうし……って、俺は何を言ってんだか……。
――その時、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
「あ、どうも……」
顔を見せたのは、あの女性だった。
相変わらず印象が薄い。
二回目だというのに、こんな人だったかなって気がしてしまう。
「いらっしゃると思ってました。さ、どうぞ中へ。冷たい飲み物でもお出ししますよ」
普段なら断って帰るところだが、この暑さで喉も渇いている。
冷やかしになるかもしれないが、自分から言ったわけでもないし……ついでに魔王城のことを聞いてみるか。
「え……あー、じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」
「ええ、どうぞどうぞ」
中に案内され、古い事務椅子に座る。
奥の部屋へ行った店主を待ちながら、俺は店内を見回していた。
黄ばんだクーラーが音を立てている以外は、しんと静まりかえっている。
丸印や数字が書き込まれた大きなカレンダー、PCに整理された書類、観葉植物。
見た感じ、少し昭和な感じもするが、ごく普通の不動産屋だ。
特に何の違和感もない……。
「お待たせしました、どうぞ」
「あ、すみません、ありがとうございます」
おぉ、氷が入った麦茶だ。ありがたい。
俺は軽く頭を下げ、遠慮無く麦茶を飲んだ。
一気に火照った体が冷えていく。
はぁ~、生き返ったな。
「やはり、魔王城が気になりますか?」
「え? あ……覚えててくださったんですね。やっぱり、あれって何かのイベントとかで?」
「いいえ、珍しいですが、ちゃんとした物件ですよ」と、女性は真顔で答える。
やはり、どうも掴み所がない。
本気なのか、冗談なのか、表情から何も読み取れないのだ。
綺麗な人だとは思うんだが……。
「ほ、本当なら見てみたいですよね、あはは……」
探りを入れてみようと冗談っぽく返すと、女性はきょとんとした顔を向ける。
「今から内見されますか?」
「えぇっ⁉」
「できますよ? ただ、車で三時間くらいかかってしまうんですが……」
女性が腕時計を確認しながら言う。
おいおい、本当かよ……。
まあ、建物名が魔王城でしたーとか、何かしらのオチがありそうだけど、話のネタにもなりそうだ。
たまには、こういう非日常的な出来事に身を任せてみるのも悪くない。
「……じゃあ、お願いできますか?」
俺は少しドキドキしながら内見を希望した。
新作です、今日は4話までアップします。
明日からは、毎日お昼12時の更新となります。
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