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セカンドハウス魔王城 ~悩めるアラフォーおっさんの快適週末異世界暮らし~  作者: 雉子鳥幸太郎


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1/11

売り物件は魔王城⁉

「まっ、魔王城⁉」


思わず二度見してしまったが、不動産屋の店外広告には、まちがいなく『魔王城』と書かれていた。


「何かのイベント……いや、宣伝かなぁ?」


―――――――――――――――

 06| 売  中  古  城

―――――――――――――――

☆ワンオーナー様の魔王城は希少です!☆


  ¥66万6,000円-


魔王城:地上3階・地下1階

2階ルーフバルコニー&最上階は見晴らしの良いスカイテラス!

築年:不明

面積:建物66坪 土地100坪

間取り:7LDK+DK+倉庫3室

設備・備考:全罠解除済、成約特典あり!

―――――――――――――――


「ふぅん……キッチンがふたつか……」


倉庫はともかく、キッチンがふたつって便利なのかどうかさえピンとこないな。


「ははは、全罠解除って、芸が細かいなぁ」


しかし、城にしては小さいというか、こぢんまりとしているというか……。


そもそも、こんなところに不動産屋なんてあったっけ?


「あっ⁉ やばい、電車!」


今日は会議の日だ、遅刻はできない。

腕時計を確認しながら、俺は駅に向かって走った。




    *




その日は、なんとか遅刻せずに会社へ着いた。

朝は資料の用意だの、取引先との調整だの、すこしバタバタしたものの、午後は比較的余裕をもって仕事を進めることができた。


仕事も一段落して、休憩室でスマホをいじっていると、後ろから声をかけられた。


倉城(くらき)さん、お疲れっすー。あれ? なんかいいことありました?」

「あ、お疲れー。いや、特にないけど……なんで?」


同じ派遣で同期入社の深山くんだった。

俺と違い、資格勉強をする間のつなぎで入社したという前途有望な青年だ。


「今日はちゃんと中の人入ってんなーって感じがして」

「ちょ、えっ⁉ 俺、そんなにぼーっとしてた⁉」

「はい」と、即答して笑う深山くん。


「……いやぁ、お恥ずかしい。気を付けないとなぁ」

「そうだ、倉城さん。俺、来月でここ終わりなんすよ」


「えぇっ⁉ 辞めるの⁉」

「やっとセキスペ取れたんで、へへへ」

注)セキスペ⇒情報処理安全確保支援士


「すごいじゃん! じゃあ来月からエンジニア?」

「いや、フリーでセキュコンやることにしたんす。何社か当てがあるんで」

注)セキュコン⇒セキュリティ・コンサルタント 企業向けにセキュリティ運用、構築、提案などをするお仕事


「へぇ……独立かぁ、ホントにすごいなぁ! おめでとう、頑張ってね」

「あざっす、じゃあまたランチでも」

「うん、行こう行こう」


深山くんは会釈をして、オフィスへ戻っていった。

若いのにしっかりしてるなぁ。


それに比べて俺ときたら、惰性で働いてるだけだもんなぁ。

はあ……やりたいこと、かぁ……。


若い時から漠然と考えてはいるが、夢中になれることなんて見つからなかった。

四十にして惑わずというが、いまだ迷いっぱなしである。


贅沢な悩みかも知れないが、俺も何か本気で、ライフワーク的なものを探してみるべきか……。


――そういえば、あの不動産屋さんホームページあるかな?


俺はスマホで検索してみるが、それらしき店が見つからない。

あれ? たしかこの場所だったはずだけど……。


ストリートマップで確認してみても、駐車場があるだけだった。

写真が古いのか……?


まあ、帰りに寄ってみればいいか。




    *




定時になり、ぞろぞろと皆が退社していく。

俺もその流れの一部となって会社を後にした。


さて、と……まだ時間はあるな。

帰り道にある大型書店の雑誌コーナーに寄り、田舎の暮らしを紹介している雑誌を手に取った。


「いっ……一千万!?」


とある特集物件を見て、思わす声が漏れた。

移住失敗なんてした日には、残りの人生棒に振るぞ……。

中には数百万台の物件もあったが、状態や立地を考慮すると現実的ではない。


「こうしてみると魔王城の66万が際立つな……」


まあ、いくら何でも、あれはネタ物件だろう。

でも、他に掘り出し物の物件もあるかもしれないし、もう一度行ってみるか。



『――つぎは代田橋、代田橋、お出口は左側です』


小さな改札を出て、不動産屋さんのある方へ向かう。

たしかこの辺りだったと思うけど……。


細道を行くと、あの店外広告が見えてきた。


「お、あったあった! きさらぎ不動産……か」


俺はじっくり見てみようと、窓に貼られた広告を順番に見ていった。


「ふぅん、魔王城以外は普通の物件なんだな……」


その時、店のドアが開き、中から若い女性が顔を出した。


「何かお探しですか?」

「あ、いえ……」


女性はなんというか、街ですれ違っても気づけないような印象の薄い人だった。

顔だちもすっきりして整ってはいるのだが、無機質というか……。


「ご家族とお住まいです?」

「え? いや、単身ですね、あはは……」


「それでしたら、この魔王城がおすすめですよ。何といってもこの価格! 私も長くやっていますが、これほどの物件はもう出ないかと」

「ま、まあ、たしかにお安いですが……これって本当に実在するんですか?」


女性はきょとんとした顔で、

「ええ、もちろん」と答えた。


「……」


嘘を言っているようには見えない。

だが、魔王城66万はちょっと自分の理解を超えている。


これは何かの詐欺……?

もしかして、違う契約を結ばなくてはならない、とか?


いや、ちょっと待て、そもそも『魔王城』って……。


「今日はちょっと急ぐので、また……」

「そうですか、ではまたのお越しをお待ちしております」


俺は軽く頭を下げ、きさらぎ不動産を後にした。



家に帰り、シャワーを浴びてさっぱりした後、コンビニで買った焼き鳥とビールを用意した。

500W、わずか一分三十秒でもたらされる至福の時……。


「これこれ……っと」


カーッ、生き返る!

焼き鳥うめぇー!


しかし、変な不動産屋だよなぁ……。


本気で言ってるように聞こえたけど、まさかね……。

ゲームじゃあるまいし。


でも、土地込み、しかもあの広さで66万とか破格だよな。

ホントにあるとすれば、ものすごい霊障とか瑕疵物件とか……何かしら問題があるんだろう。


もしかして、内見とかできたのかな?

ちょっと怖いもの見たさがある。


話のネタにもなりそうだし、機会があればお願いしてみようかな――。




    *




それから、仕事が忙しかったこともあり、俺はすっかり不動産屋のことを忘れていた。

いつものコンビニで、晩酌用のおつまみに手を伸ばそうとした時、ふと魔王城のことを思い出して手がとまった――。


「……行ってみるか」


俺は会計を済ませて、あの細道へ向かった。

陽は落ちているとはいえ、アスファルトから容赦なく熱気が立ち上ってくる。


今年の夏の平均気温は35℃って、ホントどうかしてるよ。

そのうち40℃が当たり前になったら、日中外回りなんてできないぞ……。


ハンドタオルで汗を押さえながら、しばらく進むと、きさらぎ不動産の看板が見えてきた。


窓の広告に目を通してみる。


「えーっと……たしかこの辺に……」


しかし、魔王城の広告は無くなっていた。


「え……」


まあ、そうだよな。

あれが本当だとしたら、即売れだろうし……って、俺は何を言ってんだか……。


――その時、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」

「あ、どうも……」


顔を見せたのは、あの女性だった。


相変わらず印象が薄い。

二回目だというのに、こんな人だったかなって気がしてしまう。


「いらっしゃると思ってました。さ、どうぞ中へ。冷たい飲み物でもお出ししますよ」


普段なら断って帰るところだが、この暑さで喉も渇いている。

冷やかしになるかもしれないが、自分から言ったわけでもないし……ついでに魔王城のことを聞いてみるか。


「え……あー、じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

「ええ、どうぞどうぞ」



中に案内され、古い事務椅子に座る。

奥の部屋へ行った店主を待ちながら、俺は店内を見回していた。


黄ばんだクーラーが音を立てている以外は、しんと静まりかえっている。

丸印や数字が書き込まれた大きなカレンダー、PCに整理された書類、観葉植物。

見た感じ、少し昭和な感じもするが、ごく普通の不動産屋だ。

特に何の違和感もない……。


「お待たせしました、どうぞ」

「あ、すみません、ありがとうございます」


おぉ、氷が入った麦茶だ。ありがたい。

俺は軽く頭を下げ、遠慮無く麦茶を飲んだ。


一気に火照った体が冷えていく。

はぁ~、生き返ったな。


「やはり、魔王城が気になりますか?」

「え? あ……覚えててくださったんですね。やっぱり、あれって何かのイベントとかで?」

「いいえ、珍しいですが、ちゃんとした物件ですよ」と、女性は真顔で答える。


やはり、どうも掴み所がない。

本気なのか、冗談なのか、表情から何も読み取れないのだ。

綺麗な人だとは思うんだが……。


「ほ、本当なら見てみたいですよね、あはは……」


探りを入れてみようと冗談っぽく返すと、女性はきょとんとした顔を向ける。


「今から内見されますか?」

「えぇっ⁉」


「できますよ? ただ、車で三時間くらいかかってしまうんですが……」

女性が腕時計を確認しながら言う。


おいおい、本当かよ……。

まあ、建物名が魔王城でしたーとか、何かしらのオチがありそうだけど、話のネタにもなりそうだ。

たまには、こういう非日常的な出来事に身を任せてみるのも悪くない。


「……じゃあ、お願いできますか?」


俺は少しドキドキしながら内見を希望した。

新作です、今日は4話までアップします。

明日からは、毎日お昼12時の更新となります。

どうぞよろしくお願いします……!

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