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始まりは唐突に。

 なんとなく。なんの前触れもないとある平日の一時にそれは始まった。


「…うふふ」


 どこか楽しげな、幼馴染みの笑い声と共に、僕はいつもより早めに目が覚めてしまった。

 いつもより早く寝たせいで、早く起きたのかも知れない。多分、こっちの方が正解だろう。


「今日もよく寝るね…」


 僕は一度寝るとボコボコに殴られても起きないと、何故か今僕の体の上に跨った幼馴染みが言っていた。


 …どうして上にいるのだろう。起きる前に落書きでもするつもりなのか。

 でもそんな悪戯をするような子じゃないはずだ。

 そろそろ起きろって意味なのかも知れない。多分、彼女が言った通りの自分になら無意味なはずだけど。


 今日は早めに目が覚めたし、起きようと思ったその瞬間。


「すーっ……」


 僕の胸元に頭を預けて、鼻をくっ付けて、幼馴染みは息を吸った。深く、深く。


「今日は外で頑張ってたからね……汗臭い」


 もう息が入れないくらい空気を吸って、僕の匂いを吸って、満足したらしく。彼女は嬉しげな声色で語りながら、頭を擦り付ける。

 普段目が覚めてる時はこういうの全然やってなかったんだけど、どうしたのだろう。

 お酒でも飲んだのか。

 でも未成年だし。


「ん……でも、いい匂い」


 かなり、頭が狂ってる様に見える。今すぐにでも起きて彼女を突き放したいけど……

 まぁ。彼女には彼女なりの事情があるのだろう。


 とりあえず、我慢する事にしました。

 匂いくらい減るもんじゃないし。……薄れるのなら減るって見てもいいのでは?


 ま、細かい事はどうでもいいんだろう。


「体、暖かい……好き」


 いつもの彼女なら想像も出来ないくらい正直な言葉だ。彼女はいつも好きって言うより、気に入ったとか心地いいとかしか言わないのに。

 本当に酔ったのだろうか。

 両親も、酔うとこんな風に素直になっていた。


「…心臓、どくどくしてる。気持ちいい音……」


 僕がすっかり眠っていると思っているのだろう。今度は耳を僕の胸元に当てて、音を聞き始めた。

 どくどくと、心臓が脈を打つ感覚がほのかに感じられる。これは彼女の脈なのか、僕の脈なのか。

 多分、僕のだろう。


 とにかくとても恥ずかしい仕草だ。

 人の心音を聞きながら気持ちいいとか、ちょっと頭が痛い人のように見える。

 でも頭が痛い人はそういう事を口にしない方が多いから、彼女の頭は正常なのだろうか。


 まだ眠気が完全に去ってないのか、頭が回らない。ぼんやりしてて、今なら何を言われてもいいよーって答えそうだ。


「このまま、音が止まったら……どうかな。君の胸の中で、どくんどくんってする音がなくなるのを…小さくなって行くのを…感じる」


 眠気の中でもはっきりと、その言葉は聞こえて来た。どういう意味で、心でそれを言い出したのかはわからないけど……

 僕を特別に思っている事は伝わった。


「手…握ってあげる」


 なんで彼女はこんな事をするんだろう。

 ただの好意の表れなのか?こっそり愛を囁いているのか?単に悪戯にしては少々、熱量が激しい。

 声色も、体の動きも、その温もりも。


「ふふ…」


 この状況から逃げる為にまた眠ろうと試みたけど、全然できなかった。むしろ眠気が去ってしまったみたいで、いつもより冴えているようだ。

 体に触れている彼女の全てが感じられるくらい。


 手のひら同士が擦れる感覚。

 胸元に当たった耳の感触。

 太ももに感じられる彼女の重み。

 首元をくすぐる髪の毛の動き。


 目を閉じたせいなのか、余計に感じられてしまう。


「………君は、寝てる時は私を拒むの。手を握ったらすぐに解くし、抱き締めたら蹴られて、匂いを嗅ぐと息が出来なくなるくらい抱き締めて…」


 僕の手を離して、首元に巻くその動きもまた。

 見えてないけど、目に見える。


「最初は起きてるのかな?って思ったの。私を拒む仕草があまりにも激しいから。でも、君はそれら全部覚えてなかった。つまり、寝てた」


 胸元に当てていた彼女の耳が着々と上に登ってきて、僕の耳と同じところに並んだ。


「私が何を言ってるのかわかるでしょう?君は賢いからさ。私が君の事を気に入ったのも、君の中が心地良いって思うのと、わかってるから」


 頬に温もりが伝わった。彼女の手なのだろう。


「ね、起きてるでしょ?」


 優しく僕の頬を包む手は、とても暖かい。温もり以上の、心が込められていた。


「寝てる」

「眠った人は喋れないのよ。わかってるでしょ?」

「寝言は言えるから」


 そんな温もりも、僕が口を開いた瞬間消え失せて。いつもの冷たい手に戻っていた。

 いつもの、安心出来る幼なじみの手に。


「どこから聞いた?」

「汗臭いってとこから」

「よかった。ちょっとだけなんだ」


 あれがちょっとだけって、その前にはいったいどんな酷い事を口にしてたのだろう。


「…ねね、こういう重い女は嫌い?」

「付き合うのなら無理かな」

「よかった友達で」


 彼女の声は本気でそう思っているみたいだった。

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