部隊の役目
「この階は仮眠室や治療室がある。とは言っても、誰彼構わず寝たらすぐにベッドが埋まるから、当番のやつとかのために空きが少ない時はあまり使わないようにしてくれ」
カーテンで遮られているものの、ずらりとベッドが並んでいる。医療関係者らしい人たちは足早で歩いている。
「何かあったんですか…?」
「何もないことの方が珍しい…かな。結界の見張りは24時間行われているし、外での駆除も毎日だから。怪我人がいない日なんてないと思う。僕の仲間もこの前ここのお世話になったし。…怪我しないように、気をつけてね」
が、言ったそばからリャックは少しの段差に躓いた。
「ふぎゃっ!」
ーーこのままでは、顔面からダイブするーー。しかしトワが予想した結果は訪れなかった。
「だ…大丈夫?気をつけて…」
不可視の手が優しくリャックを掴み、ふわりとその体を下ろした。
「ご、ごめんなさい…!」
「え、えっと、謝らなくて大丈夫。…リャック君、戦う時もそうなんだけど、歩き方は良くないかも。地面をするように歩くんじゃなくて、しっかり持ち上げるんだ」
トワは疑問に思った。歩き方はかなり初歩的な技術だ。リャックは道場に通っていなかったのだろうか。スージャもお手本通り、というよりは実践的な戦い方をしていたように思える。
「ここから隊室がある階だ。5階は1、2番隊。…どうせならいる奴に説明してもらった方がいいか」
「第一部隊」と青いプレートを掲げたドアを軽く叩いた。
「おーい、誰かいるか?」
「…はーい、今開けます」
顔を出したのは淡い茶髪の男だ。灰色の瞳が独特の雰囲気を醸し出しているが、顔立ちは非常に整っている。
「今訓練生にメインビルの紹介をしているんだが、もし時間があるようなら簡単に仕事内容を説明してくれないか?」
「多分大丈夫だと思いますけど…一応隊員に聞いてきますね」
どうやら応じたのはサポーターであるらしい。一番隊ならトワも見たことがある。良く広報誌の表紙に載っているし、街中でも時たまパトロールしているのを見かける。
「今、お時間空いているそうです。訓練生15人全員入れます」
第一部隊の隊室は見事に整理されていた。サポーターも含め3人しかいないため、訓練生も余裕で入れる。第零部隊の隊室と比べて広い様に感じられた。
「ええッと、今隊員番号上なの俺だよね…俺が説明するか!」
これまたイケメンな隊員がホワイトボードの前に立ち、説明役を名乗り出た。
「悪いな、休憩中に」
「なんのなんの!こういうのが俺たちの役目なんですから、レドさんは見といてくださいよ!」
訓練生は皆椅子に座り、サポーターとイケメンはホワイトボード付近に、レドとニャットは入り口付近に、もう一人は窓際付近に立った。
「さてと、俺のこと知ってる人も多いだろうけど自己紹介しときますか!ラドゥカ・リシキ、第一部隊所属、窓際に立ってるのがナポ・アトゥリ、こっちがサポーターのスィマ!」
ナポと呼ばれたこれまた美女はその場で一礼した。垂れた黒髪と美しい青い瞳が、そして何より豊満な胸が(主に男子)訓練生の視線を惹きつけた。スィマも頭を下げたが表情に変化はない。
「そして最後に、この子は俺の相棒、ティジー!あ、隊長はメロ・ペファです」
ラドゥカのハーフアップにされた髪から1匹のハリネズミが飛び出した。ピンクの首輪をしており、つぶらな瞳がキュート。今度は女子隊員の視線が釘付けだ。ついでの隊長は記憶に残っていないようだ。
「俺たちの仕事は街の安全、それから広報も結構するね!毎日パトロールしたり、避難誘導、訓練、市民からの通報を受けて現場に急行するんだ。結界の通ってない地下に穴を掘ったり、ゲートを潜り抜けてきちゃうザルグスを駆除してます!あとは市民との信頼関係を築くためのイベント、他の都市との交流なんかも主な仕事です。だから戦闘能力以外にもコミュニケーション能力も求められるんだ」
パチン、とウインクをキメる。かなり様になっている。
「倍率はまぁまぁ高いから、入隊したい人は頑張ってね!何か聞きたいこととかある?」
パラパラと手が上がった。
「戦闘はどんな感じですか?ーーどれくらいの頻度で起きますか?」
クスクスと、耳障りな笑い声をトワの耳は拾ってしまった。人類解放戦線に入隊希望のものは知っている嫌な噂だ。
『第一部隊は顔だけ』
戦闘部隊で最も戦闘から遠い。故に、侮られているのだ。質問者にそういった意図があるかは分からないが、この話を想起するものもいた。
「そうさなぁ」
ラドゥカは頭をポリポリとかき、相変わらず笑顔で答えた。
「週に3回くらいかな。大抵週に2回くらいは市内にザルグスが出るし、結界の応援に出ることもある。イベントは毎週のようにあるから毎日忙しいよ」
その目は笑っているようには見えなかった。噂話をしていた訓練生も口をつむぎ、居心地が悪そうにしている。ラドゥカはそれを見てにこりと笑い、「詳しいことは実践期間にね」と訓練生を見送った。
「お前ら、噂話はしてもいいが俺の監督下で他の部隊に喧嘩売ったりするなよ?頼むから」
八の字になった眉と懇願するレドにも勿論口が叩けるわけなく、黙々と足を動かし次の部屋へ向かう訓練生たちであった。同じ階の反対側、ごく近くに赤い札を掲げる部隊ーー第二部隊だ。
「この時間帯的には行けるはず…」
「あ、ゾグがいんのか。というか隊員数も多いし誰かしらいるだろう」
コンコンとノックをすれば見覚えのある顔がのぞいた。
(ええと…あれがゾグさん、よね)
その顔はレドとニャットを認め、パッと笑みを浮かべた。
「たいちょー!ニャット!おうおう今日はどうしたんだ?穴倉潜りか!?」
「今日は違くてな、訓練生に案内と簡単な説明をしてるんだ。もしよければ隊室に入って部隊員から説明を受けたいんだが、大丈夫か?」
「もちろん!今は数人隊員がいる程度ですから!」
ささ、どうぞどうぞと手招きするゾグに従い隊室に入る。間取りは先ほどとほぼ同じだが雑然としている。中にいた隊員が机上の物を片し説明の準備を始めた。
「隊長もいないし上の隊員軒並みいないんすけど…これって誰がするんですかねぇ」
「デルク一択だろ。で、ゾグがサポーターらしくサポート。俺の仕事じゃないね、ナゴは寝てるし」
「俺かよ!?お前らだって出来ないこたぁないだろ」
何やら皆で集まって相談しているが、押しつけ役が決まったようでスキンヘッドの浅黒の男が腰に手をやり俯きながらも前に出てきた。
「俺が説明役のデルク・ジャドゥ」
「さっきも言った通り俺はゾグ・リウノ」
「平隊員バンカ・ファ」
「同じくバシロです…もう一人隊員がいますが彼は寝ているので…」
バンカはまだ若くバシロは苦労人の雰囲気が滲み出ている。実際、バンカは任せた!とでも言いたげな笑顔で見つめているがバシロはデルクとゾグを手伝うつもりなのかボードの近くに立っている。
「そうだな、第二部隊は最も規模が大きい、と言っても過言ではないだろう。第一部隊と肩を並べる歴史があり、所属隊員数も最も多い。仕事は至って単純、結界の防御だ。結界を常に万全にしておくため結界に近づいたザルグスの駆除はもちろん、定期的に遠出してまとめ狩りをする。他にも人手の多さを活かし他部隊の手伝いや混合部隊による作戦もある」
デルクはボードの前を彷徨きながら訓練生をひと睨みした。
「うちはいつでも隊員を募集しているーーが、生半可な奴はいらん。しっかりとした強さを持った奴なら歓迎だ。ああ、レド」
ちょいちょい、と手招きされレドはデルクに顔を寄せた。
(…新設部隊のこと言っていいんだっけか)
(うーん、遅かれ早かれいうことになると思うし、向こうだけの部隊だけってのも変だし、言っていいと思うぞ)
(…お前の方が立場が上だからな、やばかったら責任頼む!)
ゲンナリとした顔を横に、デルクは咳払いしつらつらと説明を再開した。
「我々は隊員数が増えてきていてな…部隊を分ける案が出ている。結界も毎年広がっており、そこで二つに分けるのだ。そして今新部隊隊長の審査が行われている。もしかすると、君たちは最初の隊員になれるかも知れないぞ」
立ち上げ部隊員。ロマンに瞳を輝かせる訓練生。
「そう、だから頑張りたまえ。ああ、第二部隊隊長はテッザ・ディだ。そこのゾグと合わせて質問があれば聞いてくれ。アヴォ・ドキが新設部隊の隊長に志願している。ついていくサポーターはワン・パーバ」
(あれ、それって…?)
近くにいたリャックに確認を取る。彼なら覚えているはずだ。
「ねぇリャック…アヴォ・ドキってスージャさんの方の訓練部隊の隊長じゃなかった?」
「うん…そうだった。昨日も話してくれたよ、やる気のあるひと、とか、やっぱり実力が高い、とか…」
目敏く、いや耳ざとく二人の会話を聞いていたバンカが口を挟んだ。
「そりゃそうだ。本来訓練部隊の指揮なんて罰ゲームみたいなもんだ。理由があるやつしかやらねー」
罰ゲーム。咄嗟にレドを見てしまった。穏やかな目で訓練生を見つめているレドだが、嫌だったり負担になったりしているのだろうか。
「あーもう、訓練生の前で誤解を招くようなこと言うな。どこの部隊も戦力を割きたくないのは確かだし未熟な訓練生に付き合うなんて、ってハズレ任務扱いしてるやつもいるが、アヴォとワンは新部隊にために、俺たちもイヤイヤじゃなくて、俺の部隊は今動けないし、ニャットの対人改善も兼ねてこの任務やってるんだ」
相変わらずニャットはダメージを受けているが、レドの瞳は真摯だ。
「さて、次に行くぞ。ニャット、先導頼む」
レドは少し残ってバンカと話しているようだ。
「つ、次の階に行くよ…!」
注目を集めるために弱々しい柏手をうち頑張っているニャットを見ながらレドはバンカに耳打ちした。
「お前は強い。けど訓練生の大部分は違うんだ」
「客観視は大切だろ?訓練生が足手纏いなんて事実だ」
「…最近はお前みたいなのばっかりで困る。俺はお前らのカウンセラーじゃないんだぞ」
「うん、ニャット専用だよな」
「…」
「あ、図星で黙った」
「兎に角!自信がなきゃやる気も出ん!ちょっとは考えてから発言しろよ!」
ドカドカとレドも退室した。
「…うーん、それができたら苦労しないんだけどな」
「おいバンカ、そろそろナゴ起こす時間じゃねぇのか?」
「あー…うん」
ーー✖︎ーー ーー✖︎ーー ーー✖︎ーー
「次はどんな部隊ですか?」
「えと、君にも結構関係ある部隊だと思うよ…ちょっと怖いけど」
「?」
リャックの質問に中途半端に答え、黄色い看板の前でニャットは深呼吸を繰り返した。
「めっちゃニャットさん緊張してるじゃん」
「ね、どうしたんだろう」
ヴィーとリジョの言う通り、いつも以上に緊張しているようだ。チェマの時とちょっと似ている気がする。普段は所在無げにしているだけだが、チェマの時や今はその場から逃げたい、と言う思いが滲み出ている。
「いい加減開けろよ…」
あっという間に追いついたレドに追い立てられるようにしてトントン、と叩く。
「はい!」
パタパタとした足音がし、顔を覗かせたのはおかっぱのまだ若いひとだ。トワと同じくらいに見える。
「ああ良かったドゥオシェ…!今誰がいるの?」
「貴方が?珍しいこともあるものです。現在いらっしゃるのはトラ・テラ様だけです。どの様なご要件でしょうか?」
ニャットは扉をもう少し開いて後ろのレドやリャック、トワが見える様にした。
「ああ、訓練生に施設の紹介をしているのですね、そして出来れば部隊の紹介も、と」
「は、話が早くて助かるよ…」
「残念ながらトラ様と私しかおりませんが、それで良いのでしたらどうぞお入りください」
階下の部室より一回り小さいが雑貨類はまとまっており、おしゃれな雰囲気を醸し出している。丸メガネをかけ涙ぼくろが特徴的な女性がにこりと微笑み訓練生を歓迎した。
「初めてまして、訓練部隊の皆さん。私はトラ・テラと言います。午前に訓練があったなら疲れているでしょう。まずはおかけになって」
ガタリ
椅子が勝手に引かれた。ざわめく受験生がいる中で、幾人かは驚かず、幾人かは少し遅れて納得した。トワもそのうちの一人だった。
「神力…」
普通に暮らしていれば神力なんて見る機会がない。よしんば身近に神力使いがいたとしても、この様に使いこなす人などほぼいないだろう。
(そうか…ニャットさんもきっとこうやって非常口を塞ぐ瓦礫をどかしたんだわ)
皿も菓子も茶もそれぞれ目の前に置かれた。触れることなくだ。
「さて皆さん、第3部隊は神力の部隊…あなた方の中には関係ない、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ですがそんなことはないのでお茶しながら説明いたしますわ」
優雅な仕草でお茶を一口飲んだ。
「サポーターに至るまで全員神力使いのこの部隊が何をするのか…結界に関わること全て、と言っても過言ではありません。ザルグスが攻撃するごとに少しづつ結果は磨耗していきます。毎日の点検。そして結界の拡張、他部隊が遠征する際には応援に行くことも」
カタ、とティーカップを置く姿は様になっている。
「第三部隊に在籍しているのは皆強力な神力使いです。困ったことがあったらいつでも相談してくださいね。神力使いの方も、入りたいという方は大歓迎ですわ。他の部隊が肌に合わないと感じたら…」
トラはティーカップを置き、怪しげな笑みを浮かべた。
「いつでも、面談に応じます」
ニャットはもう、床を舐める勢いで這いつくばっていた。
(ああ、ニャットさん、積極的な人が苦手なのね…)
大半の訓練生は自分にあまり関係ない部隊なので、存分に菓子と茶を楽しみ話に花を咲かせていた。その中で、リャックは浮かない顔をしていた。自分には神力しかない。しかし神力部隊でさえ自分には手が届きそうにない…。トラは周りの訓練生と談笑している。
「この部隊には何人の神力使いがいるのかしら?」
「ええと…何人でしょう…?」
「あら、訓練部隊であろうと臨時部隊であろうと仲間のことを把握しておくのは大切よ?レドさんがそんな事を抜かすとは思えないけど…そうねぇ…」
暫しの間目を瞑ると、トラは「8」と口に出した。
「は、8…?」
「それがこの部屋にいる神力使いーーというより神力を使える人数よ。内訳は私、ドゥオシェ、ニャット、そして訓練生ね」
という事は5人の訓練生が神力使い、ということになるが、リャックは内心首を傾げた。自分と同じ神力使いの自己紹介は覚えている。が、3人ではなかったろうか。同様に記憶していた訓練生が近くにもいたらしく、「4人?」と口に出した。
「あら、その反応じゃあ自分の才能に気がついていない子がいるのかしら。…どちらにせよこれから座学が始まるでしょう?その時に神力もおそらく測定するからその時に分かるわ」
(…ただでさえ皆自分より強いのに、まだ気づいてないだけで神力の才能があるなんて…)
「…お茶、冷めちゃうよ?」
「っあ、はい!」
当然のようにリャックの隣に座っているニャットだが、せっかく親しくなった訓練生に言葉をかけあぐねていた。
「…」
「……」
チラリとレドを見てもどこ吹く風、ドゥオシェと話していた。
(普段はドゥオシェとあんま話さないのに!絶対わざとだ!)
「…分かってるんです、最初から。自分なりに頑張っても人並みにすらなれないことくらい。だから大丈夫です」
何か言おうとするものの、無意味な慰めにならないか、かといって辺りがキツくならないか。自分はこんな時どんな言葉をかけてもらったろう。
「ーーそんなこと言ったって何も変わらないよ…頑張り続けるしかないんだ。皆頑張ってるんだ。天才だって最初から何もできるわけじゃない」
「そうですよね…」
そんな二人を密かに観察している者たちがいた。まずレドとドゥオシェである。
「私からすればどの口が、という感想なのですが」
「あー、あいつ、熱烈に第三部隊から勧誘されてるもんな。うちのニャットはやらねーぜ?」
「固いガードです。やはり勧誘は部隊長不在の時に限ります。…認めたくないですが、彼は天才です」
「努力を伴ったな」
「…人を宝石の原石だとして」
「出たお前の時々出る突然始まる饒舌な話」
「磨かなければ中身がどれほどの大きさでどのような宝石かは分からないです。その点彼の言った事は正しいと思いますが…」
ドゥオシェは目を伏せた。嫉妬すら湧かないほどの才能。どれほど努力したって追いつかない。
「彼の宝石はとても美しく磨かれ、そして大きかった。この中に彼に比肩するような発掘途中の宝石はないと断言できるほど」
「…断言するには早いと思うがな?」
「ご存じなのですか?名乗り出ていない神力使いを」
「んー、まぁ…」
レドは顎に手をやった。彼とはしっかり話をしたわけではない。
「言いにくいなら構いませんが、その訓練生に才能の自覚があるかどうか聞いても?」
「自覚はあると思う。が、神力を使えるのかどうかは知らない。剣の腕はかなり高いが、両方訓練してきたのかな、あいつは」
「へえ、貴方がそこまで言うとは、興味深いです」
「あれ、珍しいな俺のこと褒めてくれるなんて。口調では敬っていても結構きついじゃん」
「貴方は硝子ですから」
そんな二人の会話にすら聞き耳を立てるもう一人は、周りの喧騒を苛立たしく思っているように、ぎゅっと服を握りしめた。
「ヴィー、どうしたの?」
「あ、なんでもない…」
反対側の訓練生と談笑していたリジョも向き直りバシバシと背を叩いた。
「そーだぞ、もらえるもんは貰っとけ!いらないならくれ!」
「もー、あげるなんて言ってないじゃん!」
伸びてきた手を叩き落とし、ヴィーはお菓子を頬張った。




