腕前拝見
張り詰めた空気。それを破り前へ踏み出す。一合、二合と硬質な音が響くが、相手は余裕そうだ。
「剣筋がぶれている。それから勢いだな」
キンッ
訓練生の獲物は弾かれ、地面に突き刺さった。圧倒的な敗北。力量の差は明らかだった。
「はい、次」
負けた訓練生はニャットから問題点やアドバイスが書かれた紙を受け取り、トボトボと観客の中に戻った。
「よろしくお願いします」
「トワか。いつでもかかってこい」
息を吐き、集中。相手を観察し隙を伺うが、そんなものは当然無かった。街の道場で競ってきた相手とは違うのだ。こちらから仕掛けるしかない。
「ハッ!」
踏み込みの勢いに乗り肩、腹、腕、頭と鋭い突きを繰り出すが、全ていなされる。
「剣筋は綺麗だな。だが攻撃が安直すぎる」
(そんなこと言われても、私はこれ以外知らないんだかーーらっ!)
渾身の攻撃も、キン、と弾かれてしまった。
「はい次」
紙を受け取って見れば列に戻り、次の相手を見ればそはリジョだ。相変わらず元気そうですやる気満々だ。
「うしっ!お願いしゃっす!」
ガキン!キン!
激しく撃ち合っているが、やはりレドは全ていなしている。
(すごい…やっぱり強いなぁ)
勝利するだけならまだしも、相手の弱点を観察し、全ての攻撃をいなしている。
「力が入りすぎだ。それからやや雑だな。はい、次」
「お願いします」
ヴィーもやはり攻撃が通じていない。しかし彼女はいつも不安そうな顔や焦っている顔をしているのでいつも通りに見える。
「ふむ…筋がいいな。だがもう少し勢いが欲しい」
当然ヴィーの敗北に終わった。しかし褒めているし、アドバイスも強いて言えば、という感じだ。戻ってきた彼女にトワが素直に「すごいね」といえば困ったように笑われてしまった。
「ね、それより次、首席の人だよ」
ヴィーが話題を逸らすように言ったが、言われて前を見れば確かに礼をしているのはハルだった。
「よろしくお願いします」
「おう」
シャッと音がしたと思った時には、ハルは肉薄していた。
(!速い!目で追うのがやっとだわ!)
最初の一太刀は防がれた。しかしレドが下がって距離を取った瞬間、ハルは刀を投げた。攻撃範囲外にいると思ったが投擲により回避行動が生じ、右に避けたレドに再び近づき、ナイフを振りかざすーーと思ったら、足払いだ。体勢がさらに崩れる。
「…あっぶね。確かに全力を出せとは言ったけど…」
つ、と頬に一筋の赤がつたう。
「レド、大丈夫?」
「ちょっと切れただけ、舐めときゃ治る。さて、お前すごいな。流石首席だ」
ニャットも隣でレドを気にかけながらこくこくと頷く。それと同時にあまり書く事がないのか、手持ち無沙汰な様子だ。
「ありがとうございます。それでも、貴方は攻撃なしですから」
にこりと謙遜するとハルは刀とナイフを納めた。訓練生の大半は素人に毛が生えた程度だが、幾人かは平隊員ほどの実力を兼ね備え、ハルに至ってはそれを凌駕できる。レドは血をぬぐい、笑みを浮かべた。
「さて、これで全員やったな。明日からはそれぞれの課題も割り振られるからな。今日は初日だし午前の残りは案内だ。ついてこい」
メインビルに向かいゾロゾロと列をなす。
「ね、ヴィー!あんたいつのまに強くなってたん!?うちより運動できなかったのに」
「私だって練習してるもん。でも、リジョも良かったよ」
リャックが後方でニャットとぎこちない会話を繰り広げているのを聞きながら二人と歩く。
「…あ、私たちもトレワさんみたいに自主練する?」
「ナイスアイデア、トワ!」
「リジョ、起きれるの?」
「ああっ!」
確かに今日もギリギリまで寝ていて、朝食と聞いた瞬間に飛び起き…
「あ、そうだ。なら朝ごはんを先に食べちゃいましょう」
「またしてもナイスアイデア!天才か〜?」
肩をバシバシと叩かれるが、打ち解けた、友人として扱われていることにトワは安堵した。エントランスに入ると涼しい風がそんな空気を吹き飛ばす。訓練生はレドを囲むように半円を描き、ニャットもちゃっかりそこに加わっていた。
「見てわかると思うがここがエントランス。何か質問や用事があれば受付に聞けばいい。あと、一階は簡易治療室もある。軽傷や応急処置は駆け込め。それから…ここが倉庫だ」
レドは部屋を指し示しながら倉庫の前で止まった。
「雑用で何かとってきて欲しいってのは良くあるから簡単に説明する」
倉庫は暗闇への口をぽっかり開けていたが、電気をつければ埃っぽい雰囲気だ。
「区画ごとに分かれている。右手前が武器。壊れたり試したい武器があればここから借りれる。左側は…名前なんて言うんだろうな、とりあえず分からないものがあったら置いていいスペース。ここの管理は技術部の方だから。ああ、適当に扱うとめっちゃ怒るから丁寧にな」
あたりを見渡せば、きっちりと種類ごとに分かれている。また通っていた道場の貸し刀は手入れはある程度されていたもののボロボロだったが、ここは幅広い武器が保管されているのに加え、どれも手入れが行き届いている。
「その奥が道具。縄とか、地図、無線機、双眼鏡…反対側は衣類や毛布。受付に行って名前や時刻を書けばいつでも借りれる」
倉庫内を一周した後、階段とエレベーターの前に移動。15人もいるためうまく見えない人もいる。
「エレベーターも階段も使う時は隊員証、まぁこのドッグタグをかざせば入れる。ただ、階によっては自由に行けない。用事があれば向こうから開けてもらうか受付からの開錠だな」
レドは自らのドッグタグを階段横のパネルにかざした。最後尾をニャットとして登っていく。試験の帰りと同じシチュエーションだ。違うのは皆笑みを浮かべた会話を交わしていることだけだ。
「2階の研究室は飛ばすとして3階だな」
3階は打って変わって広々とした空間が広がっており、明らかに戦闘員である人たちが戦っている。周りには観客席があり、ポツポツと人がいる。
「3階は訓練室。非番の奴らが手合わせやら新たな技法の開発やらに勤しんでいる。おーい!」
声に応えるように観戦している人たちが手を挙げる。そのうちの一人がこちらにやってきた。やや光を紫に反射する金髪の女性だ。トワたちよりは年上だが、まだ少女と言っても通じそうな見た目をしている。
「ニャット先輩!レドさん!」
ニャットは彼女を視界に入れた瞬間しゃがんで身を隠した。
「やあチェマ。訓練生を連れて見学に来たんだがいい試合やってるかい?」
「…!レドさん、せっかくなら私がお手本見せますよ。その代わりニャット先輩をお借りします」
「いいぞ」
「うぇっ!?…俺のこと勝手に決めないでよぉ〜」
チェマは「先輩、行きましょ♪」と無理やりみっともなく足掻くニャットの腕を掴んで引っ張っていく。
「さて、席に座れ。詰めて詰めて」
二人が入って行ったブースの観客席にレドと訓練生が座る。ぐるりと一周するようになっているので、15人でも余裕がある。
「ルールはどんな感じですか?」
チェマが細長い棒のようなものを振りながら問いかける。
「あー…最初は物理攻撃のみ。訓練生にも見やすいようやってくれ。一撃でも入れば終了」
二人が向かい合って位置に着き、レドは手を高く上げ、振り下ろした。
「始め!」
二人とも対になるように棒を構えていたが、ニャットの棒は大鎌に、チェマの棒は二つに分かれ小刀になった。
「はあっ!」
チェマが接近戦を持ち込もうとするが、ニャットは鎌を振り回し近づけさせない。チェマの方が小柄で遥かに小回りがきく。接近戦は明らかに不利なのだ。
ぶん、と大鎌を引くのをみて、チェマが回避体制に入る、が振るうのではなく持ち手の方を槍のように突いた。
「クッ!」
ギャリギャリ、と嫌な音が響いた。チェマが小刀を両方使いかろうじて防いでる。ニャットは再び縦方向に力を入れ、そのまま半周した鎌が振り下ろされる。が、ふわりとチェマは同じように下に下がった。ギリギリまで体勢を低く取り、腕を伸ばす。
「そこまで!」
小刀はしっかりと足に当たっている。観客席からは歓声が上がった。ニャットは汗を拭うような仕草をした。
「こんな感じに訓練が出来るんだ。観客席との間には結界が張られている。混雑時は交代制。予約も受付で取れる。このブースはともかくメインブース…もっと大きなブースは大抵予約が入ってるが…おーい、次は神力使ってくれ!」
「はいっ!先輩、行きますよっ!」
レドが開始の合図をした瞬間、紅蓮が空間を支配した。圧倒的な焔。実際には熱くないはずなのに、チリチリと髪先が燃えているような気がする。トワは思わず自分の状態を確認した。しかし、それも長くは続かなかった。透明な壁が勢いよく煙を上げながら焔の行手を遮ったのだ。まるでガラスの様に透ける、不純物のない氷だ。
「おい…」
レドがゆらり、と立ち上がった。
「お前ら、ふざけんなーー!!訓練生に見せるためだぞ!煙で何っも見えねーー!!!」
もう、充満した煙で何も見えなかった。どよめく訓練生たちを歯牙にもかけず、チェマは猛攻を仕掛ける。視界が悪い中、縄の様にしなる雷が氷を穿った。ヒビが広がっていくのを確認し、ニャットは氷の牢獄を自ら割った。極寒の息吹と共に鋭い破片が幾つも空を切る。
「ああ、寒い寒い…」
チェマは、白い息を吐き出しながら両手を高く掲げた。まるで祈るかのように。
「お願い、私の太陽」
煉獄がチェマの頭上に現れた。
ーーー「そこまで」
太陽も、一瞬で形成されていた刺々しい氷の壁も、塵のように崩れて行く。
「チェマ、そんなにニャットとやり合いたいなら別の機会にしろ。ニャットも乗るんじゃねぇ」
「ご、ごめん」
「…はい、場を改めます。すみませんでした」
ぺこりと一礼するとチェマは訓練生には何も言わず訓練室から出て行ってしまった。それと同時にレドも観客席に戻ってきた。
「はぁ…あいつは強いんだが性格がなぁ…っと悪い悪い、今みたいに試合を止めたい時はブース入り口にある装置で神力による技は消すことができる。…が、実剣や傷は消せない。覚えておけ」
ニャットも席に戻ってきた。気まずそうに肩を縮めてレドの隣に座る。その肩に優しく手を置くと受験生を見渡し、「次に行くぞ」と移動を促した。階段に戻る途中で他のブースを覗ってみれば先ほど変わらず鍛錬を行っている人達がおり、やはり技量が高い。
(…私もあんな風になれるかしら)
ふと殆どの新入隊員がすでに階段へ向かっており、ニャットが困惑したようにこちらを見ているので、慌てて後を追いかけた。




