自信はまだないけど
トワが目を覚ました頃には、隣のベッドは空だった。ヴィーも着替えている。リジョはまだ布団に潜っている。
「…おはよ」
「お、おはよう…」
ぺこりと頭を下げて返事が返ってきた。無理に会話を続けるのも無理そうなので、寝巻きから室内着に着替える。8時半集合、9時から訓練なのでもうすぐ朝食を取らなければ。
「リジョちゃん、起こさなくていいの?」
着替え終わり髪も整え出れる状態になり、まだすやすやの彼女を見やる。
「うん、リジョは、うちが何もしなくても…」
時間はギリギリだが、幼馴染である彼女がいうならば大丈夫なのだろう。ドアが開く音がした。
「トレワさん、おかえりなさい」
早く起きていたトレワは運動をしていたのか、軽く汗をかき息が上がっていた。
「…朝ごはんは?」
「もうすぐ出るところです。ちょうど良かっ「朝ごはん!?!?」
まるで猫が蛇を見たように跳ね上がった。こんな独特な起床方法は初めてだ。
「…さっさと準備しなさい、間に合わないわよ」
トレワがペチ、とリジョを叩く。しかしトワは安心した。
(一緒に朝ごはんを食べてくれるんだ)
正直、主人のいないベッドを見て先に行ったのだと思っていた。リジョはものの数分で支度をし、誰よりも先に飛び出した。それを追うヴィー、トワとトレワ。
「トレワさんは毎日走ってるんですか?」
思い切って雑談をしてみる。彼女はぶっきらぼうだが悪い人ではないようだし、ルームメイトとしての認識はあるように思えた。
「まぁね、出来ることはしておかないと。あいつらをぶっ殺せないから」
「……」
「トワ」
「はいっ」
「あの隊長のこと、知ってる?」
「レド…は、試験官だったから話したことはあります。サポーターのニャットさんも」
「どんな感じだった?性格、戦い方…は分からないか」
「いや、事故があってレドの闘うところは見ました」
今でも脳裏に焼き付いている、綺麗な戦い方。まるで舞っているみたいだった。圧倒的な体幹、バランス感覚、力、予測能力…枚挙がない。教本で見た戦い方の最高峰。言い表せばそんな感じだった。トワは自分が持てる語彙を使い表現したかったが、いかんせん難しかった。
「そう…じゃあニャット、というサポーターはきっと神力使いね」
「そうだと思います。一応戦闘員と言っていたのに武器もなく巨大な瓦礫を動かしていました」
非常ドアの内側にあった瓦礫。あれはかろうじて持ち上げられる人もいるだろうが、あの量をあの時間でとなると神力を使ったのだろう。受験者の討伐数記録にも彼が関わっていたなら色々なことができる神力使い、まさにサポーターだ。優秀なサポーター、なはずなのだが…。
「俺の名前はレド・ハドゥア。これから第一訓練部隊の隊長としてしばらく共に行動することになる」
その後ろには相変わらずニャットが隠れていた。
「…あー、こっちはニャット・ビン。かなり人見知りだから気をつけてくれ…」
トワを含めた隊員ーーリジョとヴィーもいるーーは、なんとも言えない表情で見つめた。試験会場が一緒だったものは兎も角、ニャットが開会式で挨拶するところしか見たことがないものは混乱さえうかがえる。ちなみに彼はその時必死に焦点が合わないよう、新入隊員を意識せずに挨拶していた。
「さて、お前たちにも自己紹介してもらおう。必ず名前と扱う武器は言ってくれ。付け足したいことがあるなら加えても構わない」
端の生徒から順に紹介が始まった。やはり刀使いが多いようだが、ポツポツと神力使いや槍、ナイフなど変わり玉もいた。
「皆さんもう名前は知っていると思いますが、ハル・エリャです。刀使いですが基本的にはなんの武器でも使えます。よろしくお願いします」
アイスグレーの瞳を細める青年。
(あ、首席の人だわ)
朗らかに笑っているが、一抹の違和感が残る。しかし、周囲は何も感じていないようだ。やがて自己紹介の波はトワやリジョ、ヴィー、そしてリャックにも届き、全員がひとまず名前や武器を知ることができた。ポツポツと見覚えのある顔もいる。試験会場が一緒だったのだろう。
「さて、訓練についてだ。前半は座学と実技、後半は実習だ。俺が全てを受け持つわけじゃなくて、あくまで担任みたいなものだ。俺も正直大人数相手の指導は初めてだし、ニャットも…こんな性格だからな。気軽に接してくれ。ただ隊長として命令には従ってもらう。そこの線引きはしっかりな。…何か質問は?」
前方で手が上がる。
「よし、お前」
「昨日の入隊式で成績優秀者は希望部隊に行けるって言ってたけどどういう感じで成績がつくんですか?」
「座学や実技の試験結果は勿論、平常点もつく。テストの結果が良くても態度が悪ければ減点される方式だ。次」
「はーい、ニャットさんはどんなこと出来るんですか?」
レドは振り向くとむんずとニャットを掴み、面前に出した。突然のことにガクブルと怯えるニャットを歯牙にもかけず、獰猛な笑みを浮かべる。
「強いぞ、こいつは」
図体の大きい兎のようなニャットが、強い?大多数の訓練生には受け入れ難かった。中には冗談だと思ったのか笑うようなものまでいた。
「ニャットはサポーターの方が適性があっただけで戦えるどころかそこら辺の隊員なら叩きのめせるぞ。そうだな、こいつに勝てたらうちの隊に欲しいくらいだ。…他には?……よし、無いな?ではこれから実技の訓練だ。手始めに走るぞ」
えぇ〜〜?と不満の声があちこちから上がる。走り込みならやっているものも多い。目新しさが無いのだろう。そして退屈だ。
「簡単だ。敷地を3周するだけ!ルールは簡単、お前たちがまず先に出発する。俺が15分後に出発する。ゴールする前に俺に捕まったやつは罰があるからな。はい、スタート」
突然の開始に固まるトワたち。時間が止まっていなかったのは、ごく数人だけだ。彼らに釣られてトワも慌ただしく足を動かした。
「ちょっいきなり!」
「え、」
やがて全員がレドとニャットをその場に残し走り始めた。人類解放戦線の敷地はまあまあ広い。一周15分程度だろうか。先頭を行くのはハル、そしてスタートダッシュに成功した数人だ。続いてヴィー、トワ、リジョのいる集団、リャックのいる後方集団と続く。
「さてニャットはここで待っといてくれ」
「うん。時間と順位は?」
「あー、出来るなら記録しておいてくれ」
レドはまるで猫のように背を丸めて伸ばしたり、足の筋を伸ばしたり準備を行なった。
「ていうかさ!あのハル・エリャって子、怖いよ!レドが俺のこと強いなんていうからめっちゃ見られたじゃん!」
「なんか好戦的な目してたな。お前もいい機会だし、舐められないように一発くらい戦えよ」
「うぇ…怖いよぉ」
準備をしながらメソメソとベソをかくニャット。会話は途切れたが、気の置けない仲であるため気まずいどころか落ち着ける雰囲気だ。
「あとちょっとで15分だよ」
「了解」
レドがスタート地点に立ち、いよいよというところで遠くから人影が見えてきた。
「ちょうど戦闘集団が一周してきたか」
微塵も疲れた様子を見せないハル、他のものも流石に元気までとはいかないが、まだまだ体力は余っていそうだ。
「よし、スタート」
足が地を蹴り、一歩ごとに景色が進んでいく。体が横にぶれず、全てのエネルギーが前へいく。ハルたちが一周した頃にはレドはもう角を曲がり姿が見えない。時間と順位を記録するためニャットは訓練生を見つめたが、ハルとバッチリ目が合ってしまい、慌てて手元に視線を落とす。彼らもかなりの速さで通過していく。おそらく時間も成績に関係すると当たりをつけているのだろう。間違いでは無いが。しばらくしてトワ、ヴィー、リジョも通過。リャックは明らかに下から数えたほうが早く、また疲労が溜まっている様子だ。一周、二周。必死に足を動かすが、リャック自身限界が近いことは分かっていた。いつもスージャに守られてばかり。そう、だからーー
「捕まえた」
追いつかれるのだ。
「…はぁっ!はぁっ!」
肩で息を整えるリャックに、「スタート地点まで歩いてでいいから戻っててくれ」と言うと再び加速し、レドは前の訓練生に追いついた。
(ごめんなさい、ごめんなさい…兄さん…僕が試験を受けられる15歳になるのを待っててくれたのに…)
トボトボとゴール地点に戻れば、すでに僅かだがゴールしている訓練生がいる。
「39分43秒…………40分4秒…」
ニャットは小声で時間を呟いている。訓練生は余裕のあるものから全力を果たしたものまで様々だ。リャックは、ポツネンと佇む。自分を含め、追いつかれたものはまだ数人しかいない。
「あっレド!お帰り!」
ブンブンと手を振るニャットに、レドは「時間は?」と尋ねた。
「31分05秒だよ。ちょっと遅かったね。やっぱりこの前の29分58秒が近すぎだだけで」
どうやらピッタリ30分を目指していたらしい。幾人かはドン引きの目を向けた。
「さて、小休憩を取ったのち君たちの戦闘スタイルを見せてもらおう。15分後に開始する」
トワに目をやれば、リジョやヴィーと雑談している。リャックはしばらくその場にいたが、居た堪れなくなり一人になれる場所を探した。
(ここなら人も居ないはず…)
元の場所に迷わず戻れる程度の近場、植栽を掻き分ければ、背の高い木々に囲まれた空間が待ち受けていた。
「わぁ…!」
ここでゆっくりしよう。そう思い、木の裏側に周りこむと、そこには先客がいた。
「……えっ?」
がっしりとした体格にゴーグル。淡い蒼の髪の下から覗くのは青の中に赤が一滴混じったような不思議な目。ニャットだ。
「…わ!すみませんすみません!すぐ出て行きます!!!」
「あ、いや別に僕もここに勝手にいるだけだし…!」
ペコペコと頭を下げるリャックと、あわあわと宥めるニャット。どちらもコミュニケーションが大変下手であった。
「そ、それにしたって……なんでこんな所に……」
「えーと、ちょっと一人になりたくて…やっぱり僕はダメなんだなぁって」
「そんなことないです!…あ、いや、僕が言って信じられないですよね……」
刀が上手く扱えないことを自覚しているニャットは同じ神力使いであるニャットに尊敬の念を抱いていた。確かにレドも強い。ああなれたらなと思う。しかし、なれないことは分かりきっていた。
二人で譲り合った結果、結局二人とも腰を下ろすことになり、人一人分開けて木の下でぎこちく話を始めた。
「…だから、僕は…せめて足を引っ張らないくらいになりたくて……」
「…君には、才能があると思うよ」
「どんなですか?」
「…神力の、かな」
リャックは神力が使える。しかし、才能があるのだろうか?詠唱が必要なためいつもスージャに守ってもらっている。使える術も、限られているし強力なものもない。
「…見えるんだ。君は上手く扱えてないだけで秘めている神力は大きい……と思うよ……」
言い方はオドオドしているものの、ニャットの目は真剣だった。
「…ありがとうございます。でも、使えなきゃ意味ないですから」
リャックは袖を握りしめた。その様子を見て、ニャットは徐に袖を捲り、手に付けていた何かを外すと、「こ、これっ!」と差し出した。
「その…僕あんまり使わないし…あげるよ……」
「?なんですか?」
指輪や鎖で構成され、幾つか鉱石がついている。輝きは失っていないものも、その黒ずみや傷から良く使い古されていることが窺える。
「…詠唱を省略できるやつ。そしたら、君も自信が持てるかなって……」
「こんな高価そうな物、貰えません!」
慌てて返そうとするが、ニャットは受け取らない。しかし、リャックの不安そうな表情を見て、「じゃあ、貸すってことにするから…自信がついたら返して」と言った。小さな声で不器用ながらに勇気づけてくれるニャットに、意固地になって返却するより、もう頭を下げて礼を言うしかなかった。
「……そろそろ時間だから、戻ったほうがいいかも」
「そうですね…本当にありがとうございます」
立ち上がり、元来た道を辿る。かき分ける必要はあるがある程度道ができていたのはニャットが使っているからなのだろう。
「僕も、お礼を言わせて。…ほら、その…こんな性格だからさ…こうやって訓練生と話せてよかった」
はにかんだ表情は、教官側なのに親近感が湧いてくる。
(…僕も、ニャットさんみたいに優しくて皆をサポート出来るようになりたいな)
「あ、それなんだけどね、拘束、治癒、飛行の3種類が入ってて、基本的な物だから使えると思うよ…。もし、何か分からない事があったら……い、いつでも聞いて」
二人が歩きながら話している様子を見て、レドは片眉を上げながらも笑みを浮かべた。
「お前たち、いつのまに仲良くなったんだぁ?」
少し短いです。すみません。




