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【SS追加】お前を愛することはない……今はまだ

「お前を愛することはない」


 薄い夜着を着て寝室で待っていた妻のエヴァンジェリンに告げる。

 結婚十年目の私たちがやっと迎えた初夜だが、私は彼女を愛するつもりは無かった。


 部屋を出て行く私を、エヴァンジェリンは何も言わずに見つめていた。


 


 私とエヴァンジェリンが結婚したのは、私が八歳、エヴァンジェリンが十四歳の時だった。

 十年前、この国の国王である祖父が病に倒れたのだ。

 先の戦争や疫病の蔓延で両親を含めて王族は亡くなり、幼い私しか王位継承者がいなかった。

 本来ならば王位を簒奪(さんだつ)しようという(やから)が湧いてくるシチュエーションなのだが、国力が弱まっている状態で国内で争って王位に就いても、更に国力が弱くなったのを見計らって他国が侵略して来るのが火を見るよりも明らかだ。

 祖父は、私に優秀な側近たちと妻を付けて王位を譲り、貴族は一枚岩となって幼い国王を守るように命じた。それしか国を守る術が無いのだと、そう言い遺して(はかな)くなった。


 それから十年。私は成人の18歳となり、王立学園も卒業し、これまで許され無かった子をなす事が許された。


 そして今夜は結婚十年目にしての初夜、だったのだが……。

 私には彼女を愛する事はできない。今はまだ。





 


 翌朝食堂に行くと、朝食が一人分しか用意されていない。エヴァンジェリンはまだ起きてこないのか。

 

 控えている執事に尋ねる。

「エヴァンジェリンはどうした?」

「昨日、ラグナ伯爵と再婚されました」


「……………は?」


「昨夜、陛下はエヴァンジェリン様を愛する事は無いとおっしゃいましたので、婚姻を継続する意思が無いと判断され離縁が成り立ちましたもので」

「あ、あれだけで離縁が成立するものなのか?」

「はい。陛下がご結婚された時は、まだ結婚の意思も確認できない子供でしたので。成人時に陛下が婚姻継続の意思が無いと明確に表した場合は、即時離縁できるように先代の国王陛下が手配なさってました」

「お祖父様が……」

「はい、昨夜は私と側近の皆様が書類を手配して別室に控えておりました」


 なんて余計な気配りを。

 私は、エヴァンジェリンを愛しているのに!





 気が付いた時には私の妻として傍らにいてくれた六歳年上のエヴァンジェリン。いつも紺や濃い紫の落ち着いたドレスを着て、私を優しく見守り、抱きしめて励まし、手を引いて導いてくれる、私のかけがえのない唯一の家族だった。

 祖父が見込んだだけあってとても優秀で、若いながらも王妃としての務めもしていたらしい。


 だから、私は王立学園に入学したくなかった。既に教育は十分に受けているし、エヴァンジェリンは仕事で学園へ行けなかった。エヴァンジェリンだけを働かせて、自分が学園へ行くなんて嫌だった。

 でも、皆に「見聞を広めろ」「人脈を作るためです」「同年代との付き合い方を学びなさい」などと言われれば入学するしかなかった。


 確かに、学園で見聞は広がった。城では出会えない男爵家の令息ラウールと男爵令嬢ミリアと知り合い、二人の話す故郷の話にとても衝撃を受けた。どうすればもっと住みやすくなるのか、私はよく二人と話しをした。


 それが、何故か「ミリアと熱愛」という噂になった。


 ミリアはラウールの婚約者だし、ミリアと二人だけで会った事など無いのに。

 護衛に尋ねてみると、「エヴァンジェリン様が陛下より六歳年上だからでしょう」との返事に驚いた。


 ミリアがエヴァンジェリンに(まさ)っている事など一つも無いのに、六歳年上というだけでエヴァンジェリンはミリア以下だと判断されるのか?

 私は怒って、エヴァンジェリンに「噂は事実無根だ」と訴えたが、エヴァンジェリンの反応は「嫉妬」や「安堵」では無かった。

 まるで「この子もそんな気を遣う事ができるようになったのね」という、母親のような姉のような……。


 私は、エヴァンジェリンに男として見てもらえていない……! ショックだった。

 エヴァンジェリンには、私は今でもお祖父様を亡くして泣いていた可哀想な子供で、国の重責を背負わされた健気な子供のままなのだろう。


 なら、いつかエヴァンジェリンが私を好きになってくれるまで彼女を抱くまい。


 これから、私が成人した男性であることをアピールして、男として意識してもらって、恋人になって、「おやすみのキス」じやないキスをして、いずれは本当の夫婦に……。

 そう思っての「お前を愛することはない」だったのに……。



 


「ラグナ伯爵とは、あの、私の側近と言うか指導役の無表情のラグナ伯爵の事……だよな?」

「はい」

「ラグナ伯爵はもう30歳ではないか?」

「エヴァンジェリン様より六歳年上ですね。陛下と同じく六歳違いです」

 私より歳周りはいいか。

「独身なのは、一度離縁したからだったな」

「ええ、奥様の不貞で」

 そうだ、聞いた事があった。



『離縁の理由ですか? 妻の不貞です。私が忙しいのが悪いのだそうです。子供だって留守番くらい出来るのに、私がいないから他の男の所に行っただなんて、私には理解出来ません』

『……私のせいか。エヴァンジェリンばかりでなくラグナ伯爵にも苦労をかける』

『苦労などではありません。エヴァンジェリン様もそう思っていらっしゃるはずです』

 あの頃は、エヴァンジェリンのことを意識しているようでは無かったが。




「しかし、陛下の卒業間近にラグナ伯爵が『陛下と離縁したエヴァンジェリン様と私が婚姻する事に、法律的に問題はあるだろうか』と言い出した時には執務室の皆が驚きました。五年前に離縁なさって以来、すっかり女というものを信じられなくなっていらっしゃったのに」

 何で私とエヴァンジェリンが結ばれないとラグナ伯爵は分かってたんだ。皆もなぜ否定しない。

「ふ、二人は愛し合ってたのか……?」

「いえいえ、ラグナ伯爵の片思いです。皆で『法律を調べるより、相手の気持ちを聞いて来い!』と怒ったのですが、ウジウジもだもだと言い出せず。いや、仕事と違ってまどろっこしい人でした」

「片思いなのに結婚したのか?」

 なんだその急転直下。


「はあ、陛下がすぐに寝室を出ていったと聞いたラグナ伯爵が止める侍女たちを蹴散らして寝室に突撃しましたところ、夜着姿のエヴァンジェリン様に衝撃を受け『こんな姿を男に見せてはいけない!』とエヴァンジェリン様を毛布で包んで家に運んで行きました」

「……それは、一般的には誘拐と言うのではないか?」

「はは、エヴァンジェリン様が本気でお嫌でしたら、枕の下の懐剣でラグナ伯爵の喉笛を掻き切ってますよ」

「確かに彼女ならそうするな。ははは」

って、何物騒な笑い話をしてるんだ。しかもその物騒な奴は元妻だぞ。


「ラグナ伯爵が走り去った後、我々とエヴァンジェリン様のお父上とで大急ぎで書類を整えました」

 あ、エヴァンジェリンの父上も離縁と思ってスタンバってたんだ。

 私たちが似合いの夫婦だと思ってたのは私だけで、皆には姉と弟にしか見えてなかったんだなぁ……。

「お父上は、離縁後エヴァンジェリン様に家に帰って欲しかったようですが、何とか再婚を認めましたよ。エヴァンジェリン様には規定の離縁金が支払われます。ラグナ伯爵は、これからしばらく蜜月休暇です」

「しかし、昨日の今日で再婚とは」

「陛下。我々はエヴァンジェリン様の娘盛りの十年を奪ったのです。遊びたい時期に王妃として陛下の補佐として働かせて、年相応に着飾りたい年頃なのに王妃らしく地味なドレスを着せて。もう、一日たりともエヴァジェリン様の時間を奪ってなりません」


 そうだな……「これから好きになってもらおう」だなんて傲慢だった。十年も時間を奪っておいて、まだまだ時間があると思っていたなんて。

 大好きだと、自分を好きになって欲しいんだと、素直に乞うべきだったんだ。

 

 ……困った。こんなに悲しいのに、抱きしめてくれる人がいないよ、エヴァンジェリン。






 こうして、私は妻に失恋した。


 次に会える時には、笑ってラグナ伯爵との新婚生活を聞いてみせるよ。弟として。


エヴァンジェリン 「私……、一言もセリフが無い」

ごめん、書き終わるまで気づかなかった。




****  陛下くんと私  ****


「あなたが、私のおよめさんなんですね」

 初めて会った陛下くんは、八歳。およめさんの意味も正しく理解してない子供だった。


 間もなく彼はこの国の国王になり、私の夫になった。

 もちろん、まごうことなき政略結婚。私の家は国に忠誠を誓った歴史の古い伯爵家だから、陛下くんより六歳も年上の私なのだけどこの縁談を受け入れて素直に嫁いだ。

 本当は、先代国王が自分が亡くなっても孫に家族がいるようにと考えての縁談だと誰もが知っていたから。


 嫁いで間もなく先代国王がみまかわれた。

 陛下くんは決して人前では泣かなかったけど、夜になるとお祖父様を思い出して布団の中でぐずぐず泣いているので、しばらくは私が陛下くんを抱きしめて一緒に眠った。私は、陛下くんが眠るまで背中を優しく叩いてあげた。


 国の期待を背負った陛下くんは、優秀ないい子だった。

 自分のすべき事を理解し、努力をした。それはもう健気なくらいに。

 だから、少しは子供らしい時間を持てるように皆で無理矢理王立学園に入学させたのだが、そこでも勉強三昧だったらしい。


 そんな陛下くんが少し変わったのは、王立学園の最終年度の頃。

 やたらと私にハグしたがり、「私のエヴァンジェリン」と呼ぶようになった。時間があれば私に会いたがる。

 ……まるで先代国王が亡くなった時のように。


 私と側近たちの見解は一致した。

「子供返りしてる」


 成人が近くなり、プレッシャーに押しつぶされているのだろうか。

 陛下くんを抱きしめて背中を叩いて「大丈夫だよ」と言ってあげたいが、それでいいのだろうか……?と疑問が浮かんだ。

 私がいる限り、陛下くんは私に甘えるだろう。永遠に六歳年下の子供でいられるのだから。


 考えた末、初夜に陛下くんが私に手を出さなかったらすっぱりと離縁、と側近たちに提案した。

 陛下くんには、愛して愛される女性と結ばれて欲しい。

 意外にもそれは賛同された。皆、本心では早く子供を作って王族を増やして欲しいだろうに。


 陛下くんの卒業に合わせて秘密裏に準備が進む。

「父が、私が帰ってくるのを喜んでいるんです」

と言ったら、ラグナ伯爵が

「帰る!?」

と、驚いていた。離縁したら王宮を出るのは当たり前なのに。


 

 そんな、離縁と再婚が同日に起きるなんて夢にも思っていなかった頃の話。


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― 新着の感想 ―
おぉ、いつの間にやら陛下くん呼びが公式に……。(感動) やっとセリフができたエヴァンジェリンのSSで分かりました。陛下くんの言葉の足りなさを笑えないぐらい、この国の首脳部はみな(恋愛)ポンコツぞろい…
いつもお話を楽しみにしています。 最後の『エヴァンジェリン 「私……、一言もセリフが無い」』に全て持っていかれました。 本編、全く関係なく笑ってしまいました。シリアス寄りのお話だったはずなのに(笑)。
一番大事なことを伝えないからこうなる。 「言わなくてもわかってくれるはずだ、わかって当然」ならそもそも発話機能すら必要なかろうに。 況して10年放置した上でそれは、周囲の察しのなさも悪かろうとしてもな…
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