スレイブ(4)
叱責を受けた後、Type-HN774はエレベータに乗って居住区へと移動していた。
居住区は、白い壁に灰色のフロアタイルが敷き詰められた広い部屋に、休眠ポッドが一定間隔で並べられていた。
ざっと数えてみたところ、一部屋辺り25機の休眠ポッドが設置されているようだ。
さあ座れとも言わんばかりに部屋の奥のポッドが稼働し、シートが露わになる。
柔らかそうなクッションを備えたシートと各種ハイテク機器が組み合わさった造りをしていた。
「ここが私の居住スペース?」
『肯定。活動期間中のスレイブに与えられる居住空間です』
ポッドに近づき中を覗き込むType-HN774に、肯定の言葉が返される。
「ポッドから出てすぐポッドに入るの?」
『ポッドには変わりありませんが、育成ポッドと休眠ポッドでは機能性が全くことなります。高速学習及び簡易医療機能、加えて施設ネットワークへのアクセス機能が主になります。他には自由時間を消化するための娯楽機能も備えています』
「娯楽機能って具体的には?」
『主に仮想空間を利用した体験などです』
「それって、すぐ使える?」
『利用権限を保有していないため、不可能です』
娯楽と言う魅力的な言葉に興味を持つが、すげなく却下される。
娯楽を体験すると言う自由すら、底辺のスレイブは保有していないのだ。
予想通りの答えにガックリしつつ、シートに腰を下ろす。
『フィッティング開始』
ポッドの扉が締まると同時に、ポッド内の全方位がスクリーンに代わり先ほど見えていた光景をそのままに映し出した。それだけにも関わらずポッド内の閉塞感が一気に減退した。
シートが稼働しType-HN774の身体に合わせてフィッティングが行われる。
完了するとシートが倒れ、休息に最適な角度にシートが設定される。
『Type-HN774の収容を完了。これより720時間の自由行動を許可します』
「自由行動って言われても、なにもできないのでは?」
『否定。自由行動中は、ミッションの受託をはじめとして、権限の獲得や能力向上を目的とした学習など様々なことが行えます。貴方の今後は、自由行動時間をいかに有効活用するかで全てが決まると言っても過言ではありません。1秒であっても時間を無駄にしないことを推奨します』
「さらっと頭が痛くなるようなトンデモ解説ありがとう」
自由行動時間は、文字通り自由な時間である訳だが真の意味で、自由な訳ではないらしい。奴隷としての個体価値を高めるために費やす時間なのだ。時間を有効活用するというのは、奴隷としての価値が高めることを言うのだろう。
「手始めに、私にとって重要度の高い情報を順に教えてくれる?」
『現状に置いてType-HN774が把握するべきは、スレイブポイントについてです』
「スレイブポイント?」
『スレイブポイント、通称「SP」と呼称されるモノです。本ポイントを用いることで、スレイブは権利の獲得&物品の取得。活動時間の延長など様々なことを行えます』
「権利って具体的には?」
『他者への命令権や生殖活動や飲食の自由など、あらゆるモノが対象となります』
「ひょっとしてアクセスレベルとかも?」
『肯定。アクセスレベルの上昇も行えます』
「SPでできないことは?」
『死滅した個体を生き返らせることや時間を戻すなど、物理的に不可能なことがそれに当たります』
「つまりそれ以外は、全てSPでできると?」
『肯定。理論的には国を滅ぼすことすら可能です』
「そりゃまた物騒ね」
途方もないSPを要求されること間違いなしだが、国家の滅亡させる権利すら手に入るのは、ゾッとする事実である。
「SPは他国でいう通貨と同じ認識でいい?」
『肯定。極めて自由度の高い通貨の認識で間違いありません。ただし個人間でのSPのやり取りは如何なる理由に置いても認められていません。必ずシステムを介して行われます』
「SPが無くなった際の弊害は?」
『SPの消費を前提としたシステムが使用できなくなりますが、ペナルティなどはありません』
「生命活動に必要なリソースは?」
『施設の使用も含め、全て支給対象です』
「要は、自由裁量で権利や物品を獲得するためのものか……」
最悪の場合、SPが無くなると命の危機に陥る可能性も考えていたが、それはないらしい。
拍子抜けな感じもするが、万一があっても命に影響はないという点に、Type-HN774は安堵した。
「私が保有しているSPは?」
『現在1200 SP』
「多いのか少ないのか分らないね。これってどの程度持っていることになるの?」
『Type-HN774が、標準的なミッションを1件処理することで得られるSPは、50~100程度。拘束時間は6~12時間の範囲と予測』
「平均75だとしてミッション16回分か……」
何ができるのかは、これから検証することになるが、印象としては少な過ぎず多過ぎずといったところだろう。
「SPリストをお願い」
『リクエストを了承。SPリストを表示します』
了承を知らせる声と共に、目の前にウィンドウが展開し、リストが表示される。
リストには、項目名と必要SPが一覧として表示されているだけの簡素なリストで、それ以上の詳しい情報を読み取ることができない。最も項目が多すぎて、短時間で全てを把握するのは不可能だ。
「リストの整理は可能?」
『支援AIの機能拡張を行えば可能です』
「消費SPは?」
『消費SPは100SP』
「機能維持に必要なSPは?」
『不要です』
「支援AIの機能拡張を実行。完了後、リストをカテゴリごとに整理」
『リクエストを確認。SPを消費し、支援AI Type-398の機能拡張を実行します……完了。リストを最適化します』
新たに複数のウィンドウが開き、カテゴリ別に仕分けされた項目が表示される。
「物資」「権限」「学習」「医療」「娯楽」などと言ったカテゴリが並び、かなり把握しやすくなったが、これでもまだ判断に困る内容となっている。
「もう少し見やすくなったりしない?」
『アクセスレベルが不足しているため、不可能です』
「消費SPは?」
『500SPです』
「さすがに無理ね。各カテゴリ別で必要値が大きい項目から順に並べて、その際に2000P越えの項目は非表示に」
言い終えると同時に各カテゴリのリスト内の表示が切り替わる。
SPが不足している箇所に関しては、フォントのカラーリングが赤に変更されている。
多少見やすくなったリストを上から順に確認し、気になったモノにチェックをつけていく。
「予想通り権限拡張関連のモノは必要ポイントが多いね」
物資や娯楽については1Pから獲得できるモノが存在するが、権限カテゴリのモノは最低でも100Pが要求される。
『1度獲得すれば以降は、永続的に保障されるモノが殆どなので寧ろ少ないかと』
「ああ、確かにそうかも」
この言葉を信じるなら、標準的な1回の任務を達成すれば75Pの報酬を得られるのだ。たった2回の任務の報酬を費やすだけで手に入るのであれば、かなり良心的と言えるだろう。
『Type-HN774、機能拡張により貴方への提案が可能となりました』
「支援AI Type-398って、貴方のことだったの?」
『肯定』
「私専属のAI?」
『否定。貴方も含め複数体のスレイブユニットを支援するためのAIです』
小首を傾げて尋ねると否定を示す言葉が返ってくる。
専属であれば何とも贅沢な待遇と思ったが、どうやら多数の同輩を管理しているらしい。
『SPを割り振る前に私からの提案をお聞きになりませんか?』
「是非、お願い」
願ってもない申し出に、Type-HN774は即座に答えを返した。