ラグナアント掃討作戦(5)
『B02、規定時刻になりました。指揮を次席指揮官に引き継ぎ休息してください』
「B02よりB05へ警戒指揮を移譲」
『了。警戒指揮を引き継ぎます』
指揮車両からのアナウンスを受けたクオンは引き継ぎを早々に完了し、警戒デッキを後にした。
作戦開始してから初めての休息となるが、作戦時間は既に24時間を経過していた。
長時間に渡り指揮を取りつつ警戒を続けていたクオンは、気疲れを起こしていた。初めての長時間稼働と言う点も疲労蓄積の原因となっていた。
「サクヤ、私の休息プランは?」
『今回は長期任務になるため5時間の睡眠と1時間のリラクゼーションを予定。栄養摂取はリラクゼーション中に行う想定です』
設営された居住施設に入るとそこには、光沢のある灰色の壁とタイルに覆われたリラクゼーション空間が広がっていた。
最低限の補給装置に睡眠カプセルが6台、そしてテーブルと数脚の椅子が壁際に設置されている。
その空間に既に4人のスレイブユニットが存在していた。
いずれもクオンと同じで休息に入ったユニットだ。クオンの指揮下からはB09が同じタイミングで休息命令が出ている。
それぞれが思い思いの形で、休息を取っていた。
既にシートで眠っている者もいれば、立ったまま端末情報を確認している者もいる。
クオンはメットを取ると入り口に準備された水分補給のためのボトルを手に取り、喉を水で潤した。
冷たい水が火照った身体を冷ましていく。
クオンは壁際の椅子に凭れ掛かり一息をついた。
「お前さんは簡易施設での休息は初か?」
黒髪角刈りの男、B09がクオンに声を掛けた。
「簡易施設どころか基地外で休息を取るのも初めてですね。貴方はどちらも経験を?」
「まあ、ラグナに降りて300日は経過しているからな」
「こちらは33日です」
「それでもう基地外で長期活動か。俺はアサインされるまで150日も掛ったぞ」
「時期的な問題が大きいようですよ。それに私以外にも稼働時間が少ないスレイブは多かったと記憶しています」
実際問題として、今回のミッションに参加しているスレイブの実働時間は少ない。
クオン並みユニットこそいないが全体平均は100日程度だ。過去のミッションと比較しても20~40日ほど少ない。
「まだユニットの充足率が落ちたままだからなぁ」
「充足率が落ちたのは大規模調査ミッションでの集団感染ってことですけど、B09は何があったか知っていますか?」
指揮訓練を始めたことで、クオンは新情報にアクセスする権限を手に入れていた。
その一部に充足率に関する情報が存在していたのだ。
「俺が知っているのは、集団感染したユニットの全てが所属を解かれた事実だけだな」
「所属を?死亡したの?」
「いや、どうやらラグナにいないらしい」
クオンの問いかけに首を横に振るB09。
妙な話だ。感染症というなら隔離して治療するのが一番だ。
移動なんてさせたら感染領域を広めることになるので通常ならありえない対応だ。一部を被験体として惑星外に移動させるなら分かるが、全てと言うのが違和感しかない。
「妙な話、それだけ珍しい感染症だったかな?サクヤ、データはある?」
『該当情報の取得に必要な権限が不足しています』
「でしょうね」
予想通りの反応にクオンは嘆息した。
違和感を解消するために必要な情報には触れられない。クオンがどれだけ予想を立てようが答え合わせができないのだ。
「お前さんの担当AIか?名称を持っているAIとは凄いな」
「私が名付けることになったAIね」
「そう言うって事はSPを消費して権利を獲得した訳ではないんだな。益々、凄いな」
「偶然が重なっただけです」
クオンがAIに名付けを行う事になった原因は意趣返しのためだ。他者に感心されるような点は微塵もない。
「偶然であっても普通では起こり得ないことを実現させている時点で凄いんだよ。活動開始から一月も経過していない点も含めるとお前さんは異常だ」
「確かに特殊個体認定されているけど、貴重な活動時間を割いてまで観測する必要はないと思いますが……」
「馬鹿言え、会話ひとつとっても通常個体からみれば重要情報だ。特殊個体であるって価値は何百倍にも膨れ上がる」
B09の言葉に受け、クオンは億劫になった。
周囲を伺うとB09以外のユニットがこちらを伺っているのが見て取れたので、頭を抱える。何を期待しているか分からないがはっきり言って面倒くさい。
休みに来たのに精神的疲労が蓄積して行くのが分かる。
「B09、私にはこの会話の意図が理解できません。貴方は私に何を求めているのですか?」
「そりゃあ、特別になるためのヒントだよ」
質問の意図を尋ねるクオンに、B09がハッキリと答える。
単刀直入に答えを返してくれたのは助かるが、いい迷惑である。
B09のオープンな性格は好ましい点は多い。しかし、今のクオンにとっては好ましくなかった。
正直に言えば相手をしているだけで疲労感が増す厄介な存在に映っていた。
『バイタルの乱れを検出、ストレスの増大を確認。クオン早めに睡眠を取ることを推奨します。栄養補給は起床後が望ましいですが事前に接種しますか?』
観測データからクオンの状態を読み取ったサクヤが会話の打ち切りを促す。
担当ユニットへのメンタルケアもAIの重要な仕事なので当然の行動だ。
「了解、シートの調整をお願い。栄養補給は起きてからにするわ」
『了』
睡眠カプセルのフードが解放される。
心情的にこれ以上のB09との会話はストレスを増やすだけだと判断し、クオンはサクヤの言葉に従うことにした。
「もう寝るのか?滅多にない交流の場だ。もう少し話をしてもいいと思うぞ」
「担当AIによる判断です。どうやら慣れない長時間稼働でかなり疲労が蓄積されたようです。貴方たちとのコミュニケーションの機会は重要ですが、コンディションの調整を優先します」
解放されたカプセルに乗り込もうとするクオンを見たB09が驚きの表情を浮かべる。
クオンがB09や他のユニットが不快にならないよう言葉を選んで返答する。
「ああ、そう言う事か。長時間稼働が初なら当然だな、邪魔して悪かった」
言葉に理解を示したB09は諦めてカプセルから距離を取った。
クオンがカプセル内のシートに身を委ねるとゆっくりとフードが締まり、カプセルの角度が調整される。角度の調整が完了するとフードがブラインド状態に変化し、施設内の光を完全にシャットダウンした。
先ほどまで聞こえていた動力の駆動音なども消え去り、カプセル内は完全な静寂に包まれていた。
「サクヤ、さっきは助かったわ。ありがとう」
クオンが目を閉じると、その瞬間から意識が次第にぼんやりとしゆっくりと意識が沈んでいく。
どうやらクオンが思っていた以上に身体も心も疲れていたらしい。
『私は自分に与えられた役目を果たしただけです』
「それでも……私は助けられた。だから……ありが……とう……」
意識が薄れて行くのを感じながら、ゆっくりと言葉を返すクオン。
『お疲れ様でした。ゆっくりとお休みください』
深い眠りに落ちたクオンを、担当AIであるサクヤは静かに見守り続けた。




