スレイブ(3)
『デバイスの標準機能として、各種データリンク及びデータベースへのアクセスが可能です。本機能を利用し各種情報の取得、必要リソースの確保ができます。アクセス可能な範囲は、デバイス使用者のアクセス権限に依存します』
「現在の私のアクセス権限は?」
『レベル1です』
「アクセス権限の上限は?」
『該当情報の取得に必要な権限が不足しています』
「まぁこれが当然か……」
分かりきっていたことだが、現状ではどれだけ上があるかも知ることができない。
生まれたてのType-HN774は、自らが下っ端の中の下っ端。文字通りの「奴隷」あることを再認識する。
『居住区画への誘導を行います。ナビゲーション機能オンライン』
インカムからの声が届くと同時に、インカムからバイザーが展開される。
バイザーには、通路に沿って一本の白い光線が表示されていた。
「この青い線に従って進めばいいの?」
『肯定』
肯定する言葉に従い、誘導線を辿るように歩き出すType-HN774。誘導線に従い通路へと出て、右方向へ進んで行く。
視界に映るのは、代わり映えしないやや広めの通路。その中央の空間を白の光線がまっすぐに貫いている。
少し歩いたタイミングで、後ろを振り返ると赤の光線が自分から胸から後方へと伸びているのが分かった。やや弧を描いた通路なので彼方で通路の壁に遮られ光線が消えていくのが分かる。
「この誘導線だけど、設定変えられない?」
『可能です。要望はありますか?』
「誘導線の発生地点を胸部から下腹部に変更。色については、進行方向を青の光線、後方は緑の光線。ついでに明度も下げて」
『了解』
注文に合わせて誘導線の位置が変化し、少しずつ明度が下げられていく。
「そこで止めて」
見やすいと思った明度に到達すると己の感覚を信じてストップをかけた。再び後ろを確認し、緑の光線も同様に変更されているのを確認する。
「あとは目標物に対して方向転換などが必要な場合にのみ、誘導線を表示。直進または道なりでいい場合は非表示」
『非表示の場合、バイザーの格納は行いますか?』
「感覚が狂うからナビ中は展開したままで」
歩きながら変化するナビゲーション調整をしていく。
ナビの指示通りなら、道のりは長そうなので丁度よい暇つぶしである。
「結構歩いたはずだけど、まだ居住区には着かないの?」
一通り調整が終わったタイミングでType-HN774は、疑問を口にする。
さっきから道なりに歩いているだけで、部屋を出てから分岐のひとつも存在していない。これでは、ナビゲーションを起動した意味が殆どない。
『ナビゲーションの通りです』
バイザーのナビ情報を確認するが、到着時間などは一切表示されていない
「今のペースだと後どの程度で到着する?」
『該当情報の取得に必要な権限が不足しています』
「歩行した時間と移動距離は?」
『14分47秒、移動距離178』
質問に対して、即答する声。
「ん?移動距離単位は?」
『該当情報の取得に必要な権限が不足しています』
単位が告げられないのに違和感を覚え、質問をすると答えにならない答えが返って来た。
「私の歩行速度は?」
『毎分121』
「…………」
告げられた言葉にType-HN774は、眉をひそめた。
「歩行速度と移動距離の単位は同じ?」
『該当情報の取得に必要な権限が不足しています』
これは明らかにおかしい。距離に関する情報を意図的に分からなくしている。
移動距離と歩行速度の単位が同じであるなら、明らかに移動距離が不足しているのだ。
「ナビ表示を非表示状態から表示へ移行」
『了解。誘導線を表示します』
非表示状態だったType-HN774のバイザーに再び誘導線が表示される。
進行方向へは青の光線が、穏やかに弧を右方向へ描いて消えていく。
振り返り反対方向を見ると、緑の光線が同じように穏やかな弧を左方向へ描いて消えていく。
「ねぇ、性能評価はもう十分でしょ?」
『Type-HN774、要求は明瞭に願います』
明らかに意図を読み取っているにも関わらず更なる言葉を要求してくる声にType-HN774はため息をつく。
「クリーンルームを出てから、恐らく私は殆ど移動していない。円環上の通路を歩かされつづけている。これはその事実に気づくかどうかの性能評価」
『現状認識に関する発言は以上でしょうか?』
「移動距離については、クリーンルームからこのポイントに到達するまでの距離。徒歩で移動させた理由は、おそらくナビゲーションの習熟の一環だけでなく光線による移動事実の誤認を狙ってのモノ。視覚から出た後方の光線は消滅させるため、同じ地点を通っても気づかない。それに通路もおかしい。これだけ広い空間にも関わらず目印となるモノがひとつもない。ナビがあるとしても区画を示す目印がひとつも見当たらないのは、不自然極まる。以上」
『Type-HN774の解答を承認、居住区画への移動を許可します』
移動許可の言葉と同時に身体に小さな振動が届く。そして、真横の壁が開きエレベータが姿を現した。
Type-HN774は、その事実に驚愕する。
「えっ、噓……」
エレベータが真横にあるのは偶然ではない。
長々と同じ場所を歩かされて、立ち止まった地点がエレベータの前だったなんて偶然があるわけがない。一連のできごとは完全に予定調和である。
クリーンルームからこの場所に至るまでのType-HN774の行動の全てをコントロールするなんて芸当は未来予知でもできなければ不可能だ。
この場所には、不可能と思える芸当を成立させるカラクリがあるはずだ。
Type-HN774は、頭をフル稼働させ実現する方法を模索していく。
「……円環の中を歩いていたけど移動していなかった。動いていたのは円環そのもの……」
ひとつの可能性に行き着いた。
見つけ出した可能性。それは、あまりにも大掛かりな仕掛けだった。
『Type-HN774、貴方の推測は正しいです』
口から漏れ出た言葉を無機質な声が肯定する。
「じゃあ、やっぱり動いていたのは円環?」
『肯定。当施設は各個体の性能評価のためだけに造られた円環状の施設です。進行速度に合わせ逆回転させることで、対象を特定座標に留め続けることができます。通路の内装をはじめ、ナビゲーションの誘導線の配色や明度に至るまで、全てが本性能評価のために準備されました』
「通りで目に付く色だった訳だ。進行方向の白はともかく後方の赤は、あからさまだったし……」
壮大なネタ晴らしをされたType-HN774は、肩の力が一気に抜け疲れを露わにした。
『各個体の警戒色としてインストールされている色が設定される仕様となっています』
「仕様って、それ私に教えてもいいの?」
『問題ありません。性能評価終了後に開示される情報です。それよりもType-HN774、貴方に要求したい事案があります』
「なに?」
いきなりの要求に首を傾げるType-HN774。
『次の個体の性能評価を妨害しています。速やかに居住区画へ移動してください』
「……了解」
壮大な仕掛けを見抜いたType-HN774に与えられたのは、賞賛ではなく叱責だった。