スレイブ(2)
『機能試験コンプリート。お疲れ様です。試験データを元にType-HN774のライセンス発行を申請します』
数多のポーズを取らされた後も色彩確認やら試験はひたすら続いた。
指示に従い、何時間も粛々とプログラムを消化していくとようやく試験終了を告げられる。
「やっと終わった……」
Type-HN774の抱いた羞恥心は、もはや存在していない。
今はいつ終わるかも分からなかった試験が終わった事実に安堵していた。
『微量の発汗による体重減少を検知。水分補給を推奨』
動作を終えると壁の一部が開き、勢いよくボトルが排出される。
Type-HN774は、突然のことに驚きつつも右手でボトルをキャッチする。
「これは?」
ボトルに入った透明な液体を見ながら質問するType-HN774。
『水分補給に最適化された水です。安全基準をクリアしたモノなので、安心してください』
「もう少し穏やかに渡してくれない?」
不満を口にしつつ、ボトルの水を口に含む。
程よい温度に調整された水が、火照った身体を冷ましていくのが分かる。
『突発的な事象への対応データを取得のためです』
「つまり今のも試験の一環だったと?」
『否定。Type-HN774の性能評価データとして活用されます』
「同じじゃないの?」
『肯定。機能試験は覚醒要件を満たしているかの確認を目的としています。性能評価とは目的が異なります』
「つまり今後も不意打ちでなにかをすると……」
『その質問にはお答えできません』
それは答えを言っているも同然だと感じたが、正直どうでもいい。
改善されないのであれば意味はないのだ。
『……承認確認。おめでとうございます。ライセンス発行に伴い、Type-HN774には宇宙標準時間にて720時間の活動が許可されました。今後についての説明は必要ですか?』
「いろいろ聞きたいけど、そろそろ服を着させてくれない?」
『服を着用するには、クリーンルームで浄化処置をする必要があります。誘導に従い移動をお願いします』
服の催促をすると部屋の側面の壁が開き、通路が現れた。
「ここを出ても説明は受けられる?」
『肯定。通信デバイスを通して活動時間中はいつでも可能です』
「通信デバイスはもってないけど」
『ライセンスを獲得したスレイブには、通信デバイスが貸与されます』
「了解」
誘導に従いクリーンルームに入ると、すぐに浄化処置が開始された。
霧状の薬液が吹き付けられたと思ったら、あっという間に気化して行き、合わせて清涼感が身体に広がっていく。
『クリーンルームを出て装備品の受領及び装着を行ってください』
余韻を感じる暇もなく作業は完了し、扉が開くと再び同じ声が耳に届いた。
促されるままにクリーンルームを出ると壁が開き、収納が解放された。
収納を覗き込むと中には、インカムと白いボティスーツのようなものが入っていた。
「これを装備すればいいの?」
『肯定。観測データを元に成型した専用スーツと標準仕様のインカムです。装着方法はわかりますか?』
「問題ない。知っている」
保護シートを取り除き、スーツを開くと全身一体型のスーツが全容を露わになった。
露出部分が殆どない女性用のスーツだった。
Type-HN774は、そのことに酷く違和感を覚えた。
「これは女用?」
『肯定。Type-HN774は、女性体であることから適正なモノを用意』
口から漏れ出た言葉に、反応して言葉が返ってくる。
同時に正面の壁が鏡に変化する。
Type-HN774は、機能試験で散々確認した己の身体を改めて鏡越しに確認する。
目の前に映るのは、黒髪セミロング、緋色目の未成熟な少女だ。少し目つきは悪いが、左右対称の顔立ちで造形は悪くない。むしろ呆れるほど整っている。
当然ながら陰部には男性器はついていない。
「これが私?」
『肯定。目の前の個体は鏡に映るType-HN774です』
分かりきった答えを聞きつつ、体を動かすと鏡の中の少女も同じように動く。
骨格の形状や手足、声のトーンに至るまで女性であることは間違いない。初めて目にした時も違和感はない。
「う~ん……」
なぜ女物のスーツに違和感を覚えたのか?自分でもよくわからなかった。
言い知れぬ不安が込みあがってくるのが分かった。
そしてすぐに、自分にインストールされた人格形成データが間違っている可能性に至った。
「私の人格形成データは女性個体のモノ?」
『Type-HN774の成育時のデータログをロード……異常なし。人格形成データはヒューマノイド女性個体用のモノを使用』
「症例は?」
予想されていた回答に対し、即次の質問を行う
『該当する症例を複数件確認。成育期間が短い個体に見られる現象。Type-HN774のポッドでの成育期間は、27307時間と短い傾向に当たるため、既存要件と同じ症例と推測。時間経過と共に解消されるケースが殆どです』
「解消されなかった理由は?」
『該当個体が死亡したため』
「デメリットは?」
『特出すべきデメリットは存在しません。稀有な症例対象者として、要監視&保護対象となります。長期的な生存率の観点からするとメリットの方が大きいかと』
「人格の再形成処置は?」
『該当症例においては、許可されておりません』
「そう、よかった」
そこまで聞いてType-HN774は安堵した。
人格の再形成処置とは、既に芽生えた人格を消去し別の人格に形成しなおす処置なのだ。
主に犯罪個体に施す処置とされているが、初期の人格形成に失敗した場合、同様の処置が行われることがある。
肉体は残っていても人格が消去されてしまったら、それは死と同義であるのだ。
特別な個体を除いて全てのスレイブは己の生存率を高める為の行動をするよう刷り込みが行われている。だからこそ人格の再形成処置を強く恐れているのだ。
平静を取り戻したType-HN774は、スーツを着用し手首のスイッチを押す。
スーツから空気が排出され、身体の曲線に合わせてピッタリと吸い付いた。
「違和感がない上に、重さを感じない」
軽く体を動かしてみるが、身体にあわせて自在に動くのが分かる。関節部も含め、まるで服を着ていないかのように違和感なく動く。
最後にインカムを頭部に着けると、定位置に吸い付くように固定化される。
『通信デバイスの接続確認クリア。続いて音声伝達確認を行います。言葉を発してください』
「Type-HN774、通信テスト開始」
『感度良好、音声伝達確認クリア』
インカムを通して聞こえる声に応じて言葉を返すとすぐに完了報告が届いた。
『デバイス機能について、説明いたします』