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近接戦闘訓練(7)

「当機の戦闘不能を確認。訓練プログラムを終了します」


 フロアに響き渡るその声に従い、クオンは構えた銃を下げた。


 目の前には、血だらけになりながらも柱にもたれ掛かり姿勢を保持しているサクヤ。

 右胸上部と左大腿部には遠目からもハッキリと分かる銃創が見て取れ、ボディスーツを血に染め上げていた。右手の肘から先は完全に炭化しており、右腕は完全に機能を喪失していた。


「要因は出血?」

「肯定。本来であれば当機は、出血多量で失神しております」


 周囲に広がるおびただしい量の血痕。それらの多くがサクヤのモノだった。


「クオン、あなたの勝利です」

「いや、結局あなたを殺せてないし、殺された回数を考えると勝てた気がしない」


 掛けられた言葉に不貞腐れるクオン。

 サクヤを殺してクリアをもぎ取るつもりだったクオンにとって、この終了は不本意極まるものだった。


「プログラムは終了していますが、気が晴れるなら殺していただいても構いませんよ」

「無抵抗なあなたを殺して気が晴れると思わないからやらない」

「不本意かもしれませんが、貴方は見事に私を戦闘不能に追い込みました。素晴らしい戦果です」

「重症の貴方に七度も殺されたのに?」


 スモークとダミーポイントを活用し、勝ちに行った一戦。

 その結果は、サクヤの右胸部に風穴を開けるに留まった。

 至近距離からそれも死角からの射撃。それにも関わらずサクヤは見事に反応し、致命傷を避けた。

 銃撃が捉えたのは右胸部。致命部位ではなく肺を避けた肩口に近い場所だった。

 完全に致命部位を捉えたはずの至近弾を交わされた時のクオンの驚愕は計り知れない。一発だけならまだしも複数発を放っての結果がそれなので目も当てられない。


「重傷を負ったからこそ、七回しか殺せませんでした。寝撃ち姿勢での至近射撃、見事でした」

「私はあれで終わらせるつもりだったのよ。反応速度バグってない?」

「射撃が失敗したのは貴方が発声したせいです。プログラムを疑う前に自分の迂闊さを悔いるべきです」


 顛末はこうだ。

 ダミーポイントとスモークを利用しサクヤを目的のポイントに誘い込んだ。

 クオンは膝下まで下がったスモークの中に寝撃ちの姿勢で潜み、射角に入ったサクヤに至近射撃を行ったのだ。しかし、不意に漏れ出たクオンの言葉に反応し、回避行動をとられたのだ。結果、放った銃弾は右胸部に一発穴を穿つだけに終わった。残りの弾は、盾として構えたレールガンに阻まれることとなった。

 その後、居場所が露見したクオンは呆気なく刺殺された。

 サクヤの負っている右胸部以外のダメージは、その後の戦闘によって負ったものだ。


「普通反応できないから」

「否定。反応できたからこそ現在の結果があるのです。それに声から貴方の位置を把握できたからこそ適切な回避運動ができたのです。声が届かなければ回避運動は取れませんでした」

「そうかもしれないけど」

「かもではなく、そうです。反省すべきです」

「はい……」


 面と向かって告げられると正論であるため抵抗するのは難しい。

 クオンは肩を落とし己の迂闊さを猛省した。重傷を負わせられたから良かったが、下手をすれば傷をつけられずに終わっていた可能性もあるのだ。作戦を台無しに仕掛けた行為は、反省すべきだろう。


「ともかく、戦闘訓練は終了です。お疲れ様です」

「この後のプランは?」

「ストレス状況を鑑みると現実世界への復帰し睡眠をとることを推奨します」


 指摘されたことでクオンは、己の疲れを自覚する。

 確かに頭が重く感じるし、身体を動かすのも億劫な気がする。仮想空間なのでもう少し融通を聞かせてもいいと思うのだが、何かしら理由があるのだろう。


「ここで寝ることもできるの?」

「可能です。脳への負荷は軽減できませんが、希望の環境を再現できるのでリラックス効果は高い傾向があります」

「じゃあ、こっちで寝るから適当なところで現実世界へ復帰させて」

「了、睡眠環境を整えます。周辺環境およびユニットをリロード」


 声と共にドーム内の破壊痕が消える。クオンとサクヤの傷や汚れも初めからなかったかのように消える。


「希望する睡眠環境はありますか?」

「ん~、恒星の惑星環境下で開放的な草原」

「了、ヒューマノイドの生存に最適な惑星環境下の草原を再現。寝台を生成します」


 周囲の環境が切り替わり、一面草原へと切り替わる。

 頭上には澄み切った青空が広がり、心地よい日差しが降り注ぐ。

 場違いとも言える円形のベッドがクオンの前に形成される。

 居住ポッドのシートとは異なり、非常に広く大きい上に柔らかそうな白い布団がセットされている。


「気持ちいい手触りね」


 手を伸ばし生地を撫でると滑らかな心地よい感触が返ってくる。

 あまりにも心地良いため、いつまでも触っていたくなる。


「エスメラルダワームから取られたシルクを再現しています」


 名前からして芋虫から取られた糸から作られてモノだろう。ひょっとしたら凄まじくグロテスクな生物である可能性もあるが、そんなことは気にならないくらい手触りが素晴らしい。


「このまま寝たら気持ちよさそうだけど、光が気になるかも」

「温度調整を含め、睡眠環境はこちらで調整します。現在、無風ですが流れがあった方がいいですか?」

「せっかくの惑星環境だしそうして欲しいかな」

「了、風速0.5~1.6mの範囲で気流を制御します」


 小さな気流が発生し、クオンの肌を風が撫でていく。


「至れり尽くせりね」


 風に肌を撫でられるのも草原で寝るのも初めて経験だが、この場で寝るのはさぞかし気持ちいいだろう。心地よい眠りを想像し、クオンの口元が緩む。

 広すぎるくらいのベッドに寝転がると、日差しによって温められた布団の生地が背中から心地の良い熱を伝えてくる。


「むぅ?」


 寝そべりながら、目を開ける。

 心地の良い周辺環境に最高の寝台。睡眠を取るのにこれ以上の環境はないと言えるはずなのに、クオンは不足を感じていた。

 何かが足りないのだ。

 顔を動かし原因を探るクオン。すると近くからこちらを伺っているサクヤが目に入る。少しだけ身体を起こし、じっと見つめる。


「リクエストがありますか?」


 視線を向け続けるクオンにサクヤが問いかける。


「…………」

「?」


 一切の反応を見せないクオンに対し、サクヤは首を傾げる。


「リクエストはなんでもいいの?」

「なんでもではありませんが、制限はほとんどありません」

「なら、一緒に寝て」

「……説明を求めます」


 隣の空きスペースをポンポンと叩きながらリクエストするとサクヤが眉を顰めた。


「なんとなく、ここに何かあると落ち着く気がしたから」

「眠りを阻害しないクッションなどを設置可能です」

「モノより人がいい気がする」


 隣にやわらかいクッションが具現化を想像するが何かが違う。それよりもサクヤがいい。


「人肌に触れることによるリラクゼーション効果が認められるケースは確認されていますが……」

「ん、理由はそれでいい。一緒に寝よ」


 クオンが首を縦に動かす。


「リクエストを承認します」


 サクヤはリクエストに従いベッドへと上がり仰向けになる。特に目を閉じる訳でもなく空へと視線を真っすぐ向ける。


「身体をこっちに向けて」

「了」


 言われるがまま身体を動かし、クオンの方へ身体を向ける。

 クオンとサクヤ、互いの視線がピタリと交差する。

 瞳に互いの顔を映すが何か言葉を発することもなく、クオンは目を閉じてサクヤへと身を寄せる。サクヤの体温を感じ取り、心地の良い場所を探し姿勢を整えていく。

 姿勢を整え終えたクオンは、サクヤの腕の中に納まっていた。


「それじゃ、お休み」


 己の状態に満足したクオンは、サクヤに声を掛けた。

 伝わる心地よい体温と陽気に抱かれ、クオンは静かに眠りについたのだった。


「……いつまでこの状態を維持すればいいのでしょうか?」


 ベッドの上に放置されたサクヤは、どのタイミングで対象を現実世界に復帰させるべきか検討を始めるのだった。


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