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近接戦闘訓練(2)

 レーザーガンから光が走る。

 クオンがはじめに感じたのは、腕を僅かな熱が貫いた感覚。そこに痛みと認識できるモノはなかった。次に感じたのは痺れるような不快感だった。打ち抜いた腕から徐々に広がるそれは、じわじわと身体を犯し始め、やがて全身へと広がっていく。


 銃口を腕から離し、腕の状態を確認すると二の腕に人差し指ほどの大きな穴がポッカリと開いていた。

赤い血が傷口から流れ出て、重力に従い腕から指先へと流れていく。指先から滴り落ちる血液をクオンは他人事のように眺めた。


 肉の焼ける匂い。

 クオンが自らの肉体が焼けた匂いを嗅ぎ取った時、それは訪れた。

 それは、広がった痺れと入れ替わるように、熱と共に身体を駆け巡った。


 痛みだ。

 クオンは初めて経験するそれを痛みとして認識した。


「ツッッッッッ!アアアァァーーーーーーーーッ!!」


 歯を食いしばり、熱と共に訪れた身体を貫く痛みに耐えていたが、やがてクオンは叫び声をあげた。


「イタイッ……イタイッ……!イタイッ!!」


 焼けるような痛みを伝達し続ける腕を抱え込み、痛みが通り過ぎるのを待つ。目から涙が溢れ、頬を濡らしていく。

 痛みに耐えられない訳ではない。痛みを正しく痛みとして自覚し受け入れるために、敢えて痛いと叫ぶ。


「クオンのバイタル情報を確認。痛覚認識率は規定以内と判定」


 傍でクオンの自傷行為を見ていたサクヤが観測結果を口にする。そこには一切の感情が見られなかった。


「クオン、痛みを和らげる方法がありますが実践しますか?」

「……痛覚……無効とか……は、却下……」

「心配いりません。現実世界でも単独で実行可能な手法です。苦痛を和らげる知恵の類です」


 苦痛に耐えながら提案を却下するクオンに対し、サクヤが心配いらない旨を示す。


「……それなら……ッ!」


 体を焼くような痛みに耐え、クオンが首を縦に振る。

 額から汗が流れ落ち、床を濡らす。


「体勢は仰向けに、ゆっくり口から息を吐き、ゆっくり鼻から吸って、ゆっくり口から吐く。これを繰り返してください。痛みから意識を反らし、苦痛を緩和します」


 教えに従い、クオンは身体を仰向けにする。そしてゆっくりと呼吸を始める。

 言われた通りゆっくりと肺の中の空気を口から押し出し、時間をかけて鼻から息を取り込む。そしてまたゆっくりと空気を口から押し出していく。

 身体の熱が和らぎ、少しだけ楽になるのが分かる。


 何度か繰り返すことで少しずつ痛みから意識がそれ、痛みが和らいでいくのがクオンには分かった。現在進行形で痛みは当然あるが、自分の状況を正しく理解することが可能なレベルまで落ち着けた。


「ハァ……ハァ……、サクヤ、出血による意識のカットをオフに」

「了」

「レーザーガン……」

「ここに」


 手を伸ばすクオンに、サクヤがレーザーガンを差し出した。それを受け取ったクオンは、今度は太ももに銃口を向ける。

 そして、迷わず引き金を引いた。

 当然のように足に穴が開き、肉の焼ける匂いと共に血が流れ出始める。


「イッアアアアッッッ!!」


 再びクオンの全身を熱と痛みが襲う。

 叫び声を上げつつも銃口を無事である反対の足に向け、更に引き金を2回引く。


「―――――ッ!!」


 歯を食いしばり、痛みに耐える。

 レーザーガンを放り出し、唯一無事な右手をガンガンと床に打ち付ける。

 先ほどレクチャーされたばかりの呼吸法は、痛みで完全に上書きされてしまっている。満足に動かない身体をよじり、痛みから逃れようとするが四肢を撃ち抜いた痛みはやむことはなかった。


 身体を襲う熱と痛みに慣れ、クオンがまともな思考ができるようになったのは、足を撃ち抜いてから数分後のことだった。

 仰向けになったまま周囲に、視線を巡らす。

 視界の端に映るのは、自らの血液によってできた血だまり。


 あえて血だまりに手をつき、手の平を真っ赤に染める。

 眼前に翳すと手の平から血が数滴、顔に零れ落ちる。

 あまり気分のよいモノではないな。クオンは、どこか他人事のようにそう思った。

 どうやら血を見て、パニックになるようなことはないらしい。気休め程度にしかならない事実だが、この段階なら血を見ても精神的なショックを受けないようだ。

 クオンは、血に染まる手の平を見て冷静にそう分析した。


 正直に言えば、クオンはもっと痛みや精神的なショックに弱いと思っていた。

クオンが想定していた最悪のパターンは、みっともなく泣き叫びサクヤに縋るように助けを請うと言うものだった。それが痛みに向きあいながら、最低限の受け答えが可能な上に、自己を客観的に分析することができている。

 良い意味で想定外だった。

 これなら自傷する必要はなかったかもしれない。


「初めての痛みはいかがですか?」

「……控えめに言ってキツイかな。手足は痛いし身体も熱い、なのに寒気を感じ始めている。でも思っていたより耐えられるみたい」


 上から覗き込むサクヤに、ぐったりとしたまま感想を口にする。


「自傷行為に驚いていないのはどうして?」

「当訓練時に、スレイブユニットが自傷行為に走る事例は少なからず記録されています。我々にとって想定された事態ですので驚くに値しません」

「……これが想定の範囲とかいかれてる」

「肯定。正しく我々はいかれています。本来、忌避すべき自傷行為を当然のように受け入れている点でも明らかです」


 皮肉を口にするクオンの言葉をサクヤは全面肯定した。


「プログラムを組んだ側がそれを認めるの?」

「生後間もない人間に対し、戦闘技術の習熟を強要している時点で普通ではありません。生物として普通を求めるのであれば肉体の成育から始めるべきでしょう」

「まわりくどい。はっきり言って……」

「我々は我々が正常であることを望んでいません。我々が正常でないのは必然です」

「…………」


 身もふたもないとはこのことだろう。

 言いたいことは分かる。

 はじめから正常な結果を望んでいないのだから、結果も正常ではない。そして、その結果を受け入れるのも当然である。

 分かりやすい。凄くシンプルだ。


 クオンは、サクヤの言葉を驚くほど冷静に受け止めていた。

 何の感慨もわかない。怒りも悲しみも何も感じない。それどころか、当然のように受け入れている自分がいる。むしろ何をいまさらという気さえした。

 それと同時に安堵していた。


 身体にストンと言葉が落ち、心の靄を晴らしていくそんな感覚だ。

 自覚は無かった。希少な特殊個体と言う位置づけにされた自身が、普通ではないことに不安を感じていたらしい。

 サクヤの言葉は心の憂いを払う何よりの言葉だったのだ。

 気分が晴れたおかげで、クオンは前向きに次の行動に移れそうだった。


「……いかれた私から、いかれた貴方にリクエスト」


 痛みに苦しんでいるはずのクオンが笑みを浮かべる。

 そして、躊躇いもなくその言葉を紡いだ。


「私を殺して」

「了」


 承諾の言葉と共に顕現したレーザーガンに、心臓を的確に撃ち抜かれクオンは活動を停止した。


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