近接戦闘訓練(1)
「言ってみるものね。まさか提案が通るとは……」
あまりの急展開に驚いていたクオンは、しばらく静止した後に動き出した。
立ち上がり、人らしくなったサクヤのアバターをペタペタと触り観察を始めた。
「クオン、貴方の現在の行動が理解できません。接触を繰り返しても人体と異なる事象を観測するのは不可能です」
少しだけ眉を寄せる疑問を口にするサクヤ。
「言動は変化なしか。でも、表情があるからいいね」
クオンに視線を向け、少しだけ表情が変化するだけ。
ただそれだけなのにクオンは、嬉しくなった。自然と口が緩み口角が上がっていく。
「クオンの高揚を感知。提案が受け入れられて嬉しいのですか?」
「ちょっと違うかな。サクヤとこうして話せるのが嬉しいんだと思う」
「それは同義ではないのですか?」
クオンの回答にサクヤは、小首を傾げる
「提案が通ったのはもちろん嬉しいけど別口。貴方が感情を表現できることが純粋に嬉しいのよ」
「やはり同じでは?」
「違うよ」
「理解できません」
再びの問いかけを否定されたサクヤは首を傾げた。
「いまはそれでいいと思う。その内、理解できるよ」
「指導を行うのは、私のはずです。なぜ、私が教えを乞う雰囲気になっているのでしょうか?非常に不可解です。」
どこか上から目線の物言いをするクオンの態度に、サクヤは混乱する。
「いい、いいね。この会話、心が安らぐ」
「よく分かりませんが、役に立てたのであれば喜ばしいです。そろそろ説明に移りたいのですが、よろしいですか?」
むふふっと笑顔を見せるクオンに言葉を返すとサクヤは、本来の役目を遂行するべく話を切り出した。
「はーい、説明をお願いします」
クオンがその場に座り込み、聞く姿勢に入る。
態々、座り込んでいる点を鑑みると肉体的な疲労はなくても精神的な疲労はあるようだ。
「先ほども伝えた通り、これから行うのは対人戦闘です。用意されたあらゆるものを用いて、当機を戦闘不能に追い込んでください」
「一方的に攻撃するだけ?」
「いいえ、私も攻撃を行います」
手を挙げて質問をするクオンに対し、サクヤは首を軽く振って否定する。
否定を受け、クオンは更なる質問を繰り出す。
「戦闘不能のラインは?殺傷も含む?」
「もちろんです。むしろ殺傷を推奨します」
「私と同じ活動基準でいいの?」
「肯定。活動基準は人体と同じです。当然ですが、急所に当たっても活動可能な状態であれば攻撃は継続されます。完全に戦闘能力を奪うまで終わりませんので注意してください」
当然のように殺傷を視野に入れて質問を繰り返すクオンに対し、サクヤは淡々と答えていく。
二人にとってこのやり取りは、訓練内容確認のための事務的な手続きだった。
「当機が戦闘不能に陥った時点で戦闘終了となります」
「了解、それで私が戦闘不能に陥った場合はどうなるの?」
「その場で即座に肉体が再構成されます。当機のダメージは維持。肉体の再構成から三秒間は、貴方への攻撃判定が無効となります」
「私が何回死のうが、貴方を殺すまで訓練は終わらないってこと?」
「厳密には時間経過での終了は存在しますが、効率良く訓練を終わらせたいのであれば手段はそれだけです」
「訓練内容は理解したから、もう少し休ませて」
訓練内容を理解したクオンは、今から訪れる事態を思うと億劫になっていた。
字面だけなら、非常に簡単な内容であるが「いくら自分が倒れてようが敵を1体排除すればよい」と言うこの訓練は地獄だ。
第1に訓練参加者が倒れることを前提の訓練である点。第2にターゲットが恐ろしく強いと予測される点。第3にこの仮想空間は現実を再現している点だ。
何より一番ヤバいのが、最後の3番目だ。現実を再現すると言う事は、負傷による痛みも忠実に再現されるのだ。強力なターゲットが倒れるまで、死に至る負傷の痛みを何度も体感することになる。
控え目に言って地獄。
現実世界での訓練ならば手心が加えられるかもしれないが、仮想空間ではそれも望めない。情け容赦ない訓練と言う名の拷問が行われるだろう。
死を経験する回数は一桁では足りないだろう。
「一応、聞くけど痛みも再現されるよね」
「はい、五感は忠実に再現されます」
「だよね……」
分かりきった回答を受け、クオンは深いため息をつく。
正直な話、クオンはこれから始まる訓練を乗り切る自信が無かった。
恐らく、この訓練の目的は戦闘訓練ではない。連続する苦痛と死の体験、そして恐怖の克服。それこそが、この訓練の目的なのだ。
訓練の意図も読み取れるし、何をすればいいのかは分かる。最良の道も見えている。最適な行動を取れる自信がある。冷静でいられるのであればだが……
初めて体験するであろう死に至る痛みと恐怖。簡単に克服できるなら苦労はしない。
しかも、クオンは未だに負傷をしたことがない。知識として「痛み」を知っているが、痛みを感じた経験がないのだ。
断言しよう。「痛み」を感じた瞬間、何もできなくなる。恥も外聞もなく泣き叫び、恐怖に身体が支配されるだろう。
クオンは自分がそうなることを確信していた。
「痛み」を知らない自分が、痛みに耐えて動き続けるなんてことが、出来るわけがない。
訓練から逃げることは不可能。ならばどうするか?
クオンが導き出した答えは、簡単だった。
「訓練前に頼みがあるけどいい?」
先ほどから変わらず不動を貫いているサクヤに声を掛けるクオン。
「レーザーガンとコンバットナイフを」
サクヤが反応を返す前に、リクエストを発する。
「了。レーザーガンとナイフを付与いたします」
リクエストに応じ、寝転がるクオンの腹の上にホルスター付きでレーザーガンとナイフが生成させられる。
「サクヤ~、今から変なことするけど気にしないでね」
「了」
億劫そうに顔を隠しながらそれを手に取るクオン。
そして、ムクリと起き上がるとレーザーガンをホルスターから抜き放ち、迷わず自らの二の腕をレーザーガンで打ち抜いた。




