技能習得(3)
『射撃訓練プログラムの消化を確認。お疲れ様でした』
「お疲れ~」
その場で崩れ落ち、大の字になって寝転がるクオン。
仮想空間での射撃訓練は、気が遠くなるほど続いた。
レーザーガンから始まり、マシンガン、ライフル、ランチャーとどんどん大物へと変化していった。どれも適当に触ってみる程度ではなく。固定から動的ターゲットを消化した上で、AIが動かすドローンやロボット、謎の生命体を相手に戦闘シミュレーションを行った。
プログラム消化前は知識として扱い方を知っているレベルだったモノが、今では呼吸をするように扱えるレベルまでになっていた。
「どのくらい訓練していたの?」
『休憩時間を含め、およそ120時間です』
「……途中、集中力が切れて大変だった」
『インストール済みとは言え、素晴らしい習熟スピードです』
結果を元に、ねぎらいにもならない誉め言葉がクオンに贈られる。
「それでこの後は?」
『近接戦闘訓練を行います』
「休憩は?」
『今現在、休憩中です』
血も涙もない言葉が返されたので、クオンはあからさまに不貞腐れた。
「睡眠時間とかないの?不眠で訓練はつらいんだけど……」
『仮想現実空間での睡眠は、意味を成しません。今の貴方と同じで、休んだ気になるだけです。本気で休息を望むのであれば、現実世界への復帰し休息を取るのが最善です』
「むぐ、予想通りの返し」
『現実世界で休息を取りますか?』
「やめとく。このまま十五分くらい休ませて」
言葉と共にクオンは静かに目を閉じる。
意味はないと分かっている。しかし、僅かでも身体を休めたという事実があるだけで、幾分か気が楽になる気がした。
『それでは、その間に訓練説明を行います』
効率こそ全てのサクヤが訓練説明を開始しようとする。
「休ませてって言ったばかりでしょうが……」
水を差す声の主に向かって文句を返す。
『近接戦闘訓練は、主に対人戦を行います』
「ふーん、そう。それで相手は?」
『私です』
「ん?サクヤが?」
『肯定。対戦者のアバターを構築いたします』
ドーム内に一条の光が走る。
クオンが仰向けのまま光の方向へと顔を向けると光の中から、一人の人物が姿を現した。
視界に映るのは、美しい黒髪を腰まで伸ばした白い肌の女性だ。クオンと同じプラグスーツをまとった女性だが、ひ弱な印象はなく理想的とも言えるシルエットをしている。
ゆっくりと目を開く。クオンと同じ緋色の目だ。
「アバター構築を完了。活動を開始します」
温かみなど一切感じられない機械的な言葉が響く。
声の主はゆっくりとクオンに向かって歩き出す。
「んん?」
クオンは、現れた女性の姿に違和感を覚えた。
初めて見るはずなのに既視感があるのだ。生まれたこの方、自分以外の人間の姿を見たことがないにも関わらずだ。
どこからどうみても見知った姿をしている。
「ひょっとして、私?」
「肯定。正確には、クオンの遺伝子データを元に作成した肉体です。より成熟した肉体が再現されているのは、仮想敵が大人であることが望ましいためです。また指導者が年長であると無意識的に言葉を受け入れやすい傾向があるので、この年齢で再現されました」
半ば確信しながらクオンが問いかけると肯定の言葉が返って来た。
クオンより一回りほど大きい女性が、傍まで歩み寄りクオンの顔を上から覗き込む。
「こうして直に顔を合わせるのは、はじめてになりますね。クオン」
「はじめて見る他人の顔が成長した自分自身であることに酷く違和感があるけど。はじめまして、サクヤ。具合はどう?」
クオンは、身体を起こし問いかける。
「実体化した身体に不備ありません」
「そうじゃなくて、仮想現実とはいえ身体を得た訳でしょう。感想は?」
「……難しい質問です。ただ、肉体を通して獲得できる情報は、観測機器を通して送られる情報とは、全く異なるモノであると認識しています」
「感想と言うには、機械的過ぎない?折角、身体を得たのだから、もう少し人間らしくね」
わずかに言葉に詰まったサクヤが、己の認識を正直に語るとクオンからダメ出しされる。
「私が人間らしくする必要はありません」
「そうだね。でも、人間らしく振舞って見るのも有益じゃない?」
「……貴方の意図が理解できません。説明を求めます」
サクヤは、感情を一切見せずクオンに説明を要求する。
「AIが人間らしく振舞った際に、スレイブに与える影響調査って有益だったりしない?」
「有益か無益かの二択であれば、有益であるとお答えします」
「なら、データ収集の一環として人間らしく振舞ってみない?機械を相手にしているだけってなるとちょっとキツイし」
「……なるほど、私が人間らしい言動をすることに意味があるのですね。上位AIに提案します」
中身がAIであってもクオンにとってはようやく接触ができた他人なのだ。
機械的なやり取りだけですますのは、もの悲し過ぎた。可能なら今後の為にも人間らしいコミュニケーションを取りたいと思っていた。
「……上位AIより、感情プログラムのアンロックの許諾を確認。反映します」
座り込むクオンの傍で立ち尽くし、目を閉じて感情プログラムの反映を始めるサクヤ。何分も眉一つ動かさないその姿は、正しく無感情な機械そのものだった。
「反映完了。感情プログラムを始動いたします」
その言葉と共に、ゆっくりと口角が上がり表情が和らぐ。
直立状態であった姿勢も見直され、どこか女性らしいポージングに変化していく。
機械から血の通った人間へと所作のひとつひとつが、最適化されていく。
「クオン、貴方の提案は上位AIにより採用されました。以降のコミュニケーションは、感情プログラムを反映した状態で行われます。どうぞよろしくお願いいたします」
数奇な運命を送るスレイブ「クオン」を長年に渡って支え続けるAI「サクヤ」は、こうして感情と言う複雑なプログラムを獲得した。




