技能習得(1)
『規定の睡眠時間を消化。活動を再開してください』
先ほどまでクオンが感じていた完全なる静寂を打ち破るように声が響く。
続けて早く目を開けと言わんばかりにポッド内に明かりが灯り、眠る人物に覚醒を促す。快適なベッドと化していたシートが起こされ、寝るのに最適な姿勢から活動体系へと移行し、強制的に覚醒が始まる。
『クオン、おはようございます。理想的な睡眠が取れたようで何よりです』
「……ふぁ……もう少し……優しく起こせないの?」
重たい瞼をゆっくりと開き、眠りから目を覚ますクオン。
そうするのが当然かのように、欠伸を行い更にゆっくりと身体を伸ばし緊張状態を解いて行く。
『起床時のシークエンスを調整しますので、希望を述べてください』
「ふぁ、えっと……、起床時の照明は弱めでお願い。目を開けた後に少しずつ馴らしてく形で……、シートももう少しゆっくり起こすようにして欲しいかな。塩梅は任せるからいい感じでお願い」
『了解。起床に伴い栄養補給か可能です。経口摂取を選択しますか?』
「アレを体験して選ぶと思うの?当然、インジェクターによる栄養補給。味が改善するまで、経口摂取は選ばない方向で処理して」
いくらSPを貰えると言っても、あの悍ましいとまで感じたレーションを口にする勇気はクオンにはなかった。合理的に考えればSPを1ポイントでも多く稼いだ方がよいのだが、アレを食すのだけは遠慮したかった。それほどまでに強烈だった。
クオンはアレを食すか餓死するかの二択を迫られる状況に陥っても、食べるのを躊躇う自信があった。
『リクエストを受諾。薬剤による栄養補給を実施します』
インジェクターを選択すると、ポッドからアームが腕に向けて伸び、軽い空気音と共に透明な薬剤が注射された。
アームが触れた圧迫感が少しだけあるものの、痛みなどは一切感じない。インジェクター内に見える透明な薬剤が消えたことだけが、栄養補給を行った事実をクオンに知らせていた。
「前回の出来事がなんだったのかと思うくらい何事もなく完了したね」
拍子抜けとはこの事だろう。
もたらされる結果の違いがあり過ぎて、クオンは比較する事すら馬鹿馬鹿しく感じた。
摂取するとSPを得られる代わりに最低最悪レベルの味覚体験が強制され、大事な活動時間まで削られてしまうのだ。精神的負荷も考慮するともはや議論の余地もない。
『栄養補給後のバイタルは正常。栄養補給を完了しました』
「それじゃ、活動開始ね。前回提案して貰ったのは、技術習得だっけ?」
睡眠前の記憶を呼び起こし、次にやるべきことを確認する。
『肯定。各種技術を習得しSPを効率良く入手するための土台を築き上げます』
「OK。まず必須技能の習得から入りましょう」
『了。自己防衛技能の習得を開始します。知識インストール済みですから、仮想空間での知識定着化作業。その後、現実空間にて肉体への習熟を行います』
どうやら成育過程で必須技能はインストール済みのようだ。
そんな覚えはないのだが、思考を巡らすと護身術に関する知識らしきモノが、頭に思い浮かぶ。まるで、赤の他人の知識を覗き込んでいるかのようだった。
「知らないはずなのに、なんか分かる。変な感じ」
奇妙な感覚とは、正しくこのことを言うのだろう。
「仮想空間への移行は、ここでできるの?」
『可能です』
「なら、早く定着作業に入るよ。活動時間は有限だしね」
『了解、仮想空間へ移行します』
クオンがシートにもたれ掛かるのを確認すると、サクヤはプログラムを起動させた。
頭上からヘッドギアが下りてきて、クオンの首から上をすっぽりと覆う。ヘッドギアの中は、完全に視覚が遮断されており、完全な暗闇だった。
『プログラム起動、仮想空間へのダイブを開始』
合図と同時に、ヘッドギアの中に僅かな光が走る。
光を知覚した瞬間、シートやヘッドギアなどそれまで感じていた感覚が消え去り、急激な浮遊感に襲われる。
身体はまるで反応しない。いや、何も感じ取れなかった。目を開いているのか開いていないのか、それすら分からない。
『バイタル異常なし。仮想空間への移行を完了しました』
突如として浮遊感が消え、耳にサクヤの言葉が届く。
クオンの五感が復活し、自身が先ほどと同じ体勢でシートに座っているのが分かる。
しかし、違う点もあった。
先ほどまで確かにつけていたヘッドギアの存在が感じ取れない。それだけでなくポッド内でずっと感じていた閉塞がまるで感じられない。
『目を開き、身体に異常がないか確認してください』
ゆっくりと目を開けるとそこには、黒い塗りつぶされた空間に巨大な青い球体が浮かんでいた。
優しい光を放つ青い惑星だ。全体が見えないのが口惜しいと思うほど、宇宙空間と思われる暗闇の中で光輝く星はとても美しかった。
クオンは思わず立ち上がり、星に向かって歩みを進める。存在するが見えない床の上を、惑星ラグナに向かって真っすぐに進む。
傍から見れば宇宙空間を生身で歩いているようにしか見えなかった。
「アレは?」
暫くして歩みを止めたクオンは、星を見つめた状態で問いかけた。
『惑星ラグナ。現在、我々が調査を行っている星です』
「綺麗……」
思わず言葉が漏れる。
瞳が映す惑星ラグナは、それほどまでに美しく見えた。
「いずれこの星に降りるの?」
『肯定。必要技能習得後に降りることになります』
「そう、楽しみね」
サクヤからの返答に、クオンは静かに笑みを浮かべる。
仮想空間の中の光景だと言うのに、クオンは取りつかれたように星から目を離さなかった。




