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おつり、多すぎないか?

作者: 明家叶依

 日曜日の朝、プライベートデスクの上に置いてある卓上カレンダーの日付を確認した。そこには「散髪 美容院 10時』と簡単に書かれている。僕は左手に持っている残り少なくなったコーヒーを飲み干して「そろそろ準備するか」と呟いた。


 車で15分程の距離。信号にも引っかからず、普段よりも幾分か早く到着して、前の人が終わるのをソファーに座って待っていた。小さめのテレビから映像が流れていたが、時間帯的にあまり興味の惹かれる内容はやっていない。僕はスマホに視線を落とす。運転中に届いた同僚からの『飲みに行かないか』というメールにどう返信するかを悩んでいた。


「ごめんね。少し遅くなっちゃって」


「いえ、僕が少し早く来すぎてしまったので」


 浅いお辞儀をして、促された席に腰掛けた。


 いつものように両肩に手を置かれて「今日はどんな髪型にする?」と気さくに話しかけてくれる。しかし、これといって指定したい髪型は特になかった。親切にいつも聞いてきてくれるが僕は今回も「おまかせでお願いします」と答えた。


 首まで伸びていた襟足をバサリと切り、前髪も眉毛が少し見えるくらいまでの長さにしてもらった。散髪中は普段見ている映画のことや、最近流行りの音楽の話を向こうが提供してくれて、それに僕が答えていた。


 丁度良い温度のお湯が頭皮にあたり、満遍なく指が触れられる。今にも眠ってしまいそうな程の手さばきだ。終いに髪に付着したシャンプーを優しく洗い流してくれた。席に戻るとタオルで粗方水分を取った後、髪をドライヤーで乾かしてくれる。


 近くに他の美容院があっても少し距離が離れているここに来るのは、些細だけれど先ほどの洗髪時の丁寧な所作や店主のコミュニケーションスキルに惹かれたからだ。


 会計を終え、受け取ったレシートを折りたたみ財布に入れた。僕は「ありがとうございました」と軽くお辞儀をした。店を出て車に乗り、腕時計で時間を確認すると11時を少し過ぎたところだ。深く吸った息をゆっくりと吐き出して心を落ち着かせた。瞼を開くとバックミラーに手を掛けて、整えてもらった髪型を確認するように顔を左右に向けた。今回も実に丁寧だ。


 10秒も経たず見終えると、エンジンをかけ、バックで駐車場を出て行った。しばらくして交差点で止まった。ここの信号はこの辺りでも長い方だ。僕は右足でブレーキを踏み込み、赤信号を待ちながら遠くの青々とした空をボーッと見つめていた。


 ふと、僕は今日のおつりが少し多くなかっただろうかという疑問が頭の中に浮かんだ。いつもは5000円を支払い返って来るのは400円だった気がするが、今日は900円受け取ったような気がしたのだ。いや、間違いない。確かに僕は500円玉を財布に入れた。


 僕は近場のコンビニに一時停車した。思い違いじゃないかと、一度財布からレシートを取り出して確認した。こちらの記載も間違っていた。多分レジ打ちの時点で間違えていたのだ。正しくは4600円。500円も多くおつりを支払っている。僕はこの事実を急いで伝える為に来た道を引き返した。


「ああ、これね間違ってないわよ」


 急いで駆け上がった階段で息を切らした僕は「どうしてですか?」と尋ねる。


「スタンプが溜まっててね、今日は500円割引なのよ。確か会計の時に言った気がするけれど……ほら、スタンプ私が管理しているから」と店主はカードを見せてくれた。


 僕は安心して車に戻った。


 会計の時……か。

 飲み会に行こうか悩んでいて話を聞いていなかったとは言えない。

 いつも誘ってくれるが、最近は忙しいと言って断ってばかりだった。けれど、今日はこの少し笑える出来事を誰かと共有したかった。僕は飲み会に行くことにした。


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