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6.フェルカの民(4)


『なぜ“あの時”、本気を出さなかった?』

 ジドの重々しい響きをびた問いかけに対し、ギルダスは眉間にしわを寄せた。

 そう問いかけられたギルダスの脳裏に浮かんだのは、その時の光景ではなく、直後に倒れたリリーネのことである。

 当初はただの疲労や緊張感が切れて気を失ったのだろうと思えたリリーネが、実は生死に関わる病だったことがわかり事態はうやむやのうちに収まった。

 ――それから七日間、ギルダスたちは集落に身を寄せている。

 その間の住人たちの反応は、およそ排他的といっていいものだった。

 表だって出ていけと言われることはなかったが、ギルダスたちが少しでも外を歩けば、常に刺々しい視線にさらされる。

 友好的に話しかけてくるのは、それこそ今目の前にいる男ぐらいだった。

「曇って……いるようには見えねェんだがな、アンタの目は。どう見ても本気だっただろうが」

「そうだな。それは認める」

 ジドはあっさりと頷いた。

「確かにあの時の君の目は確かに勝ちを見据みすえていた。だが、途中……最後の最後で、明らかに戦意がえた。なぜだ?」

 そんなことまで見抜かれていた驚きを隠しつつ、ギルダスは短く吐き捨てた。

「――アホか」

 苛立ちを隠すようにして頭をかきむしりつつ、本音をさらけ出す。

「負けて命をとられるわけでもねぇんだ。本気なんぞ出せるかよ」

 あの戦いのさなか、ギルダスはほんのわずかに違和感を感じていた。ぎりぎりの戦いでは常に感じてきたはずの肌が痺れるような感覚がなかったからだ。

 最初は理由がわからなかったが、最後にジドと目を合わせた瞬間に答えが閃いた。

 あの戦いで欠けていたものは、“殺意”だ。

 ジドの瞳からは、殺意が欠片も感じ取れなかった。殺意を生み出すはずの、怒りや憎しみ、敵意といった負の感情も。ただ戦い、勝つための意志があっただけだ。

 一方的に感情をぶつけることほどむなしいものはない。それが悪意や敵意といったものならなおさらである。

「それにあのままだったらいいとこ相打ちだ。割にあわねえよ」

「なるほど……命が賭かっていなければ、本気で戦えないというわけか」

「勝ったら良い目見させてくれるってんなら話は別だがな。……アンタ、もしかしてアレか? 戦い自体を楽しむクチか?」

「より正確に言うなら、強者との戦いを、だ」

 戦いというのは、手段であって目的ではない。ほとんどの者は何かを守るため、あるいは何かを得るために戦い、殺し合う。

 それでもごくまれにだが、戦いそれ自体を目的としている人種がいることをギルダスは知っていた。

 わかりやすい理由としては、自身の強さを示すため、戦いの興奮を楽しむため。そして単に、殺し合いそれ自体が好む者もいる。

 戦いの最中の興奮に酔うことこそあれ、好んでそれを味わいたいとは思わないギルダスにとっては理解できない類の人種だった。

「勘違いしないでほしいが、殺し合いが好きなわけではない。あくまで刃を交え、技と力を競い合うことが俺の目的だ」

「同じに聞こえるんだが……」

「生死は結果でしかない。だが俺はむやみに敵を殺そうとは思わない」

 なぜなら、と前置きした上でジドが語った理由は、ギルダスの理解の範疇を越えていた。

「――死ねばそれまでだが、生きていればまたより強くなった敵と戦えることができるかもしれないからな」

「次には自分が殺されるかもしれないってのにか? ……マジもんだな、アンタ」 

 正気を疑うような目で、ジドを見つめる。

 そこまで突き抜けた考え方となると、さっぱりついていけない。

 理解できないし、しようとも思わなかった。

 ジドは平然としていた。そういった目を向けられるのにも慣れているのだろう。

「……まあどうでもいいさ。他人の趣味に口出すほど暇でもねえ」

 会話が途切れる。

 沈黙の中、ジドは探るような目でギルダスを見下ろしていた。

「……なんだよ?」

「君は普段からそんな態度なのか?」

 唐突な疑問に面食らった後、ギルダスは目を細めた。

「だったらどうだ。なんか文句あんのか?」

「いや……妙にれた戦い方といい、斜に構えた物言いといい、つくづく見た目にそぐわない男だと思っただけだ。気に障ったなら謝ろう」

 どうでもいい、と言いたげにギルダスは手をひらひらと振った。

 その程度のことを言われたぐらいでは、もう動揺しない程度の経験は積んでいる。

 ――もしあからさまに動揺したとしても、まさか見た目が少年でしかないギルダスの中身が、三十半ばの擦れた男だとは誰も思わないだろうが。

「それよりその“君”ってのは止めろ。ムズ痒くなってくる」

「ふむ、ならなんと呼べばいい?」

「そんなもん好きに決めろよ」

「……なら、名前で呼ばせてもらおう。それなら構わないか?」

「ま、それならな。……ところで、まだ続けるのか?」

 槍に視線を合わせながら言うと、ジドは首を横に振った。

「いや、体も冷えてしまったことだし、今日はもう終わりにする」

 言い終えた時には、すでにジドの魂精装具ソレスタは形を失い、極小の粒子となっていた。それらもすぐに虚空へと消えてなくなる。

「ではな。おまえたちの目的が、何事もなく済むことを期待しておこう」

「せいぜい期待外れにならねえようにするさ」

 歩き出したジドの背に向けて、ギルダスはやる気のなさそうな声を投げかけた。


「さて、と……」

 ジドが見えなくなった後、ギルダスは適当な地面の上に体を投げ出した。

 その時には、すでにジドとの会話は頭から消えている。 久しぶりに存分に浴びる陽光の気持ちよさに、少しずつ意識がぼやけていく。

「ふあぁ……」

 ここ数日、絶えることのなかった嫌な視線もここには存在しない。

 一瞬リリーネのことが脳裏をよぎったが、それも訪れる睡魔に薄れていった。

 うとうととまどろみつつ、ギルダスは意識を手放そうとしていた。

「――ここにおったか」

 平穏の時間は長くは続かない。

 聞き覚えのある声に、ギルダスの眠気は一気に吹き飛んだ。

 うっすらと目を開けると、そこには予想通りの人物が立っていた。

 これ見よがしにため息をつき、起きあがる。

「たしか……ルキアって言ったな。何か用か?」

 初めて会ったときに殺意を向けてきた女は、ここでも変わらず殺意を放っていた。

「とぼける気か?」

 苛立ちを滲ませた口調のまま、すでに具現化してある魂精装具ソレスタの弓を持ち上げる。

 最初に戦いを持ちかけられた時は、リリーネが倒れたことで結果的に流れたが、もちろんそれで済んだわけではない。

『あたしと戦え。そんであたしが勝ったらここから出ていけ』

 そう何度も勝負を持ちかけられ、今までうまくかわしていたが、いつまでもかわせるとは思ってはいない。

(来るべき時が来た……ってところか?)

 立ち上がりながら、ギルダスはルキアを観察した。

 よく見てみると、思っていたよりも若い。二十になるかならないかといったところで、顔立ちもまだ少女の面影を残していた。とはいえ、その整っているともいえる容姿は、この状況ではより迫力を増すのにしか役に立っていない。

 ルキアが眉間に皺を寄せたまま、口を開いた。

「あたしと戦え」

「わかった」


 ――トンッ。


「――え?」

 何かを軽く打つような音の直後、ルキアが惚けた声をあげる。

「俺の勝ちだ。満足したか?」

 ギルダスの手にした短剣の柄が、ルキアの脇に触れていた。

 妙に間の抜けた沈黙の後、ルキアの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「なっ……ふざけるな!」

 突きつけられた短剣の柄を振り払い、ルキアは怒声を張り上げた。

「あん? 俺の勝ちだろ? 突いたのが刃の方だったらおまえ死んでるぞ」

「こんな……! 納得できるか!」

「――まさか、卑怯だって言いたいわけか?」

「そ……そうだ! だからもう一度――」

 ルキアの言葉が、不自然に止まる。見開かれたその目に、かすかに恐怖の色が滲んだ。

「ふざけるなよ、クソガキ」

「なっ……!?」

 自分よりも年若い少年に罵倒ばとうされて、ルキアは言葉を失った。

いくさなんざ、結果がすべてだ。卑怯もクソもあるか。それとも、戦場いくさばじゃあ真っ正面から名乗って戦えとでも教わったか?」

「く……」

 悔しげに唇を噛むルキアを、ギルダスは冷めた眼差しで見つめた。

 まともに相手をするのもバカらしく、だからこその不意打ちだったのだが、思っていたよりも“甘い相手”だったらしい。とても納得したようには見えなかった。

(いっそのこと、徹底的に叩きのめすか?)

 少なくとも、この女はジドに比べたら弱い――正面から戦えば、負けることはないだろう。

 剣呑な思いつきを実行に移すため、ギルダスが腰を落とした。

 不意に、ルキアが顔を上げる。

「結果がすべてだと言ったな」

「? ああ」

「ならまだ終わっていない。さっきのふざけた不意打ちで、あたしが死んだか?」

 ギルダスが怪訝そうに眉を寄せた。そう訊かれれば、答えは一つしかない。

「いや、死んじゃいねえが……」

「ならそれが結果だ。あたしはまだ死んどらん。戦う意志もある。まだ勝負は続いてる」

(……なるほど、な)

 ギルダスはルキアの真意を悟った。

 この女は自分が力で劣っていることを知っている。殺すという最後の手段を、ギルダスがとり辛いことも。

 知った上で、言っている。自分を止めたければ殺してみろ、と。

 思わず感心の吐息がこぼれた。

「……いさぎよさってのも大事だと思うがな」

「それが戦場で役に立つのか?」

 思ってもいないことを口にしたら、逆にこっちが納得できるような言葉を返された。

 敵意と戦意をみなぎらせたその意志は、生半可なことではくじけそうにない。

(どうしたもんかね)

 もちろんギルダスも引き下がる気はない。

 傭兵としての依頼を請け負った上で、自分は今ここにいるのだ。それが依頼を果たす上で必要なら、まだこの集落から出ていくわけにはいかない。

「ならどうする? おまえが勝つか、それとも死ぬまで続ける気か?」

「そうだ」

 迷いのない口調でルキアは断言した。口先だけではなく、本気でそう思っている。

 ギルダスは苦い顔をして額の傷跡をなぞった。

(……やるしかねえかな)

 手足の骨を一本、いや、二、三本ぐらい折れば、意志はあっても戦うことは不可能だ。

 本音を言えば、気は進まない。

 女とはいえ、あからさまに殺意を向けられてはあの忌々しい『制約』が働くこともないだろうが、集落の住人たちの敵意をあおることになるのは、簡単に想像がついた。

(……それでも、ずっとつきまとわれるよりはましか)

 意志を固めて、一歩目を踏み出す。と、同時に矢が飛んできた。

「どわっ!」

 ギルダスは慌てて跳び退く。そのすぐそばを、矢が通り過ぎていく。

 その間にもルキアは新たに生み出した矢で狙いをつけていた――後ずさりながら。

「てめっ……まだ勝負はついてないんじゃなかったのかよ!?」

「誰がここで決着をつけると言った」

「あァッ!?」

「悔しいが、あたしの力はおまえには及ばん」

 さらに矢を放ちながらルキアは後ろに下がる。矢をつがえる速度が尋常ではない。連続して飛んでくる矢を防ぐギルダスとルキアの距離は開く一方だった。

「はっ、なら不意でもつくつもりかぁっ?」

「見損なうな、あたしはおまえとは違う!」

 矢を放つと同時、ルキアが叫ぶ。

「やる時は正面からだ。でないと力で上回ったことにはならん」

 飛来する矢をかわし、打ち払い、ギルダスは舌打ちした。すでに二人の距離は、かなり離れている。

 少なくとも、ここから追いつくことは出来そうにない。

を待つ。その時まで、せいぜい首を洗って待っておれ!」

 最後に放たれた矢を払ったときには――

 ルキアの姿は、木々に紛れて消えていた。

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