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30.果て(2)

 ひと繋がりの道であっても、国が変われば名が変わることは珍しくない。

 ギルダスは名称が変わったばかりの街道で立ち止まると、振り返って通り過ぎたの建物を仰ぎ見た。そこには、そびえ立つ砦がある。国境に設けられた、関所も兼ねる砦である。

 ギルダスにつられて、リゼッタとリリーネもその威容に視線を移した。

 正直なところ、もう二度とこの砦は越えたくないと思う。

 もう一度訪れることがあれば、その時には苦い思い出がよみがえるだろうから――

「ギル」

「ああ……」

 リゼッタに促されて、歩き出す。

 会話はない。本来の目的は果たしたはずだが、そんなことなどすでに頭の片隅にしか残っていなかった。

 あの後――

 戦いで傷ついた体を癒すため、ギルダスたちはいったん集落へと舞い戻っていた。

 傷が癒えて動けるようになるまで、三日の時を要した。失血と疲労が、体力的に恵まれているわけではない小柄な体を回復させるまでにそれだけの時間を要求したのだ。

 ようやく動けるようになると、ギルダスたちはすぐに出立した。うつろな瞳のままの、ルキアを連れて。

 また狙われるかもしれない――それがルキアを連れていくことを提案したリゼッタの言い分だった。

 そのルキアは、今ここにはいない。

 集落を出た後でまた姿を見せた密偵に、リゼッタは彼女を託したのだ。安全なところに保護してもらうと告げて。

 その間、ルキアはまったくのされるがままだった。自分から動こうとはしない。何かを主張するわけでもない。

 ギルダスには、今の彼女が自分の進むべき“道”を見失っているように思えた。

「ったく……」

 頭をかきまわしながら呟く。

 ルキアのことを思い出していたが、他人のことを心配している余裕はない。

 騎士――クゾートが最後に告げた言葉は、ギルダスにとって死刑宣告を受けたに等しい。

(――どうにかしなきゃならねェが)

 相手が常人なら、逃げの一手を選んでいるところだ。

 だが、それで逃げきれる相手とは思えない。ましてや――

(こいつらが殺されたら、困る)

 後ろを歩くリゼッタとリリーネを尻目に、そう思う。

 道化師の話が事実なら、ギルダスが戦いを避けていれば、復讐心をあおるためにそうしてもおかしくはない。

 それで自分が復讐心を抱くかどうかは別にして。

 なぜ困るのかといえば、リゼッタは金払いのいい依頼人だし、リリーネは――彼女も、依頼の一環だ。

 それに――

(借りは、返してェ)

 ジドの死を思いだし、唇を引き結ぶ。望みもしない戦いの果てに、ジドは死んだ。自分が、殺した。

 決断したのは自分だが、その状況を作ったあの男に、せめて一太刀は浴びせたい。

 とはいえあの時は相手にもならず、ただ試されただけである。

「……鍛えるか」

 口中で呟く。

 何もしないで時が過ぎるのを待つより、よほどマシだと思えた。

 だが、どれぐらいの力を身につければ、あの男と渡り合えるようになるのか――それについては、まったく見当もつかない。

(どうしたもんかな……)


 ギルダスが密かに頭を悩ませている時、リゼッタもまた無言で考え込んでいた。

 脳裏には、クゾートと名乗った男と、道化師の姿を思い描いている。

 いったい、何者なのか――

 聖封教会の中枢に近い立場のリゼッタでさえ知らないことを、彼らは知っている。

 さらに、自分と自分が伝えたごく一部の人間以外知らないギルダスのことを、道化師はあっさりと見抜いた。

 なぜ――?

 疑問が頭をかけ巡る。黙考して、頭を左右に振った。

 考える材料が少なすぎる。

 聖封教会についたら、一度調べてみるべきだろう。あそこなら心当たりのある人物がいるかもしれない。

(リリーネを預けたら、すぐに出るつもりでしたが)

 リゼッタにとって、あそこはあまり長居をしたい場所ではない。

 意識して作っている無表情にほころびができる。

 リゼッタが感情を表に出していることを自覚する寸前、控えめな声がかけられた。

「あの人……どうなるんですか?」

 リリーネが自分から何かを話すことは珍しい。振り返ったリゼッタは目を瞬かせた後、

「気になりますか?」

 リゼッタの問いかけに、リリーネは小さく頷く。

「大切な人を失う気持ちは……私にもわかります、から」

 一瞬リゼッタの目に、痛ましいものを見るような光が宿った。

「とりあえず、身の安全は保障できます。ですが……彼女が精神的に立ち直れるかは別の問題でしょうね」

 復讐を誓い、その仇を横取りされ、曲がった憎しみを抱き、果てには再び親しい者の死を目の当たりにした。しかも、その死には自分も関わっている。

 今のルキアがどんな心境なのか――それは、当人にしかわからないことだろう。

「なんとか……してあげられないんですか?」

 懇願こんがんするような響きを含んだ訴えに、リゼッタは心苦しい気持ちになった。

 ギルダスから話は聞いている。この少女にとって、ルキアはまぎれもない恩人なのだろう。それでなくても、繊細な性格の持ち主である。

「彼女自身の問題ですから、私たちにできることはあまりありません。ですが、もし……状況が落ち着いたら様子を見に行きますか?」

「え……」

「お見舞いというわけではありませんが、会って話すだけでも違うかもしれません」

 あるいはそれは、あの時のことを思い出させるだけに終わるかもしれない。それでも、自分たちが直接ルキアにできることはそれぐらいしか思いつかなかった。

 それに、まだ先の話のことである。実現するかもわからない。とりあえずは、リリーネを聖封教会本部に連れていかなければならない。

 リゼッタの提案に、リリーネはためらいの表情を浮かべた。視線をさまよわせた後、うかがうようにギルダスを見る。

 立ち止まって二人の会話を聞いていたギルダスは、う、と低く唸った。

「……ま、少しぐらいならいいかもな」

 額の傷跡をなぞりながら、答える。内心では、

(俺は会わないほうがいいだろうけどな)

 と付け加えていた。

 安心したようにリリーネが表情を和ませた。

 その顔を見て、少しではあったが気持ちがほぐれる。リゼッタも同じ思いなのか、発する雰囲気がさっきまでの尖ったものとは変わっていた。

(思い詰めてても仕方ねェかな)

 辛気くさい考えに没頭していても、状況がよくなるわけでもない。

 半ば開き直りに近いことを自覚しつつ、ギルダスは歩きだした。

「――仕切り直しだ」

 沸き上がる思いを、口にしながら。

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