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28.狂戦士(3)


「ちィ……!」

 まるで猛雨もううのように、息つく暇もない突きの連撃が降り注ぐ。

 さっきまでに比べても、さらに速い。見てからでは間に合わず、ほとんど勘で防いでいるようなものだった。

(っ……速すぎて攻撃に手が回らねえ!)

 傷を増やしながら、ギルダスは歯噛みした。

(それに……なんだ? さっきから――)

 掌中に入れておいた石を、指で弾きとばす。隙をつくるつもりで放った小石は、至近距離にもかかわらずあっさりと弾き落とされた。飛来する石を、ジドは視界に入れてない。

「くそっ……どうなってやがんだ!」

 思わず声に出して毒づく。

 動きが、読まれている。そうとしか思えないようなことが、これまで何度かあった。

 さっきの魂精装具ソレスタを囮にした不意打ちもそうだ。

 かわせるはずのないタイミングだった。それこそ、あらかじめくると読めていなければ。

(あの後でられなかったのは、単に運が良かったからだ――)

 それを自覚しているだけに、ギルダスの顔つきは自然と険しいものになっている。

 間隙なく襲った突きの二連撃が、腕とわき腹を浅く裂いた。

 これで何ヶ所目か、数える気にもなれない。すべて浅手だが、数が多ければ流れる血も無視できなくなってくる。

 ――このままだと押し切られる。

(っ……こいつはどうだ!)

 裂帛れっぱくの意志を、手に握った曲剣に託す。それに応じて、ギルダスの魂精装具ソレスタが変化を見せた。

 灰色の刀身に散りばめられた黒い斑が、波紋のように広がっていく。

 いくつにも重なり合う波紋は、すぐに刀身全体を覆った。それに合わせたように、刃自体の形がおぼろげになっていく。それだけにとどまらず、曲剣は陽炎かげろうのようにゆらめくと、半透明になるまでその色彩を失っていった。

 ――この身体になってから、気づいたことがある。

 まず、一見この小柄で非力な身体に、意外にも戦い向けの素質があるということ。

 単純な腕力では前の体には到底とうてい及ばないが、身軽さとしなやかさでは上をいく。連戦が当たり前の戦場では不安だが、戦い方次第ではそれなりにやれるということだ。

 そして、これについてはさっぱり理由がわからないが、魂精装具ソレスタが持つ特殊な能力――その力が、なぜか強まってきているということだ。

 少し前までは輪郭りんかくをあやふやに見せる程度だったこの異能も、今では半ば透明化に近いものへと変わっている。

 そして――

 距離をとったギルダスが、体を反転させつつ曲剣を振るった。半ば突きにも近い、片手斬りである。

 体をいっぱいに使った斬撃だが、その範囲にジドはいない。ギルダスの片刃の曲剣は、厚みはあるが長さはそれほどでもない。

 なので、この距離では届かない。

 ――ついさきほどまでは。

 手を通して、さっきまでとは違う感覚がギルダスに伝わってくる。わずかに重く、ひっかかるような違和感――ギルダスはそれを当然のものとして、無理矢理に押さえ込んだ。

 ギルダスの魂精装具ソレスタは“伸びる”。

 それは言葉通り、刀身が使い手の意志に応じて、長さを変える能力を宿しているということだった。

 その変化にしても、以前までは手首の長さ程度が限界だったが、今では指先から肘ほどにまでの長さを伸ばすことが可能になっていた。

 ゆえに――

 半透明になった曲剣は、確実にジドを間合いの内に捕らえていた。

 刃が肉に喰いこむその手応えは、ほんの数瞬後にギルダスの腕に伝わって――こなかった。

(っ……これもかわすのかよ!?)

 魂精装具ソレスタの異能を知っていたのか、曲剣の輪郭から読んだのか、ジドがあっさりと身を退いて曲剣をかわす。

 そのまま流れるような動きで槍を回転させ、逆側の穂先をギルダスの腕へと振りおろした。

 腕が両断される直前、ギルダスは身をさらすようにあえて前へと出る。


 ガィンッ――!


 刃同士が衝突するのとは異なる、やや鈍い音が響く。踏み込んだギルダスが、曲剣の柄で穂先を受けた音である。

「あぶねっ……!」

 少しでも読み損なえば、指が切り落とされていた。冷や汗が噴き出るのを感じつつ、ギルダスは急いで距離をとる。 それを追うように、ジドが前へと踏み出た。

 再び連撃の嵐にさらされたギルダスの肩を、槍が浅く抉った。今度は無視できるほどの浅い傷ではない。

 ギルダスの表情に、焦りが見え始めた。

 ――ギルダスの抱いている疑問は、ある意味答えに近いものだった。

 ギルダスは気づかない。ジドの持つ両穂の槍が、主が危険にさらされるたびに鈍く鳴ることを。

 その魂精装具ソレスタの異能は、未来予知――とはいえ、なんでも予知できるわけではない。

 戦いの中の一手先、相手がどう動くかなど、“視える”ことはその数瞬から数秒先の未来だけだった。しかも、自身の危機に関するものだけという制限もある。

 その程度ではあるが、一瞬の気の緩みが死へとつながる戦いのさなかでは、役に立つどころの話ではない。

 加えて――

 ジドの攻撃に、変化が起きていた。

 突き一辺倒だった槍の動きに、円の動作も混じってきている。

 遠ければ突き、近づけば槍を回転させての斬撃――おそらく、両穂という変わった形状からして、この戦いかたが本来のものなのだろう。

 障害物が多いことなど、何の関係もない。ジドの槍は、盾にした物のことごとくを両断した。木を盾にしてみても、


 ズガァッ!!


「どわっ!」

 破砕音とともに貫通した穂先が、ギルダスの髪を一房刈り取っていく。引き抜くまでの隙も、ほとんどない。

 長物であることの不利など、ほとんどないようなものだった。

(慣れればこれはこれで使いやすい――)

 以前に交わした言葉を思いだし、ギルダスの背中が粟立あわだつ。

(こいつのことか……!)

 目にも止まらぬ突きと、上下左右から襲いかかる斬撃が、ギルダスの体を削り取っていく。

「っ……ラァ!」

 猛撃の合間に、無理やり反撃の手をねじり込む。

 曲剣はジドの体へと迫り――途中で割り込んだ槍の柄に阻まれた。のみならず――

 

 カシュッ――


 軽い音を立てて、刃が柄の上を滑る。

 受け流し――そう思った時には、斬撃の勢いを止めきれずに泳いだギルダスの体を、ジドが反転させた槍の柄で打ちすえていた。

「がっ、かはっ……」

 骨にまで響く衝撃に、ギルダスは息を吐き出す。

 たまに繰り出す反撃も、ジドには届かない。かわされ、穂先で円を描くような動作で巻き込まれ、時には槍の柄で受けられて今のように“流される”。

 殺意に染まっていても、その動きは流れる水のようによどみない。長年の鍛錬をそのまま実戦に持ち込んだような動きに、ギルダスは少しずつ追い込まれていく。

 ためらいを振り払い、使える手をすべて使っても届かない。

 その事実が、ギルダスの表情を変えていく。

 絶望に染められていく――わけではない。

 それどころか、よりいっそう濃くなった殺意をまとい、口は獣じみた笑みを浮かべている。そして――

 その目が、不意に鋭く尖った。

 その瞬間、何かを感じ取ったのか、追い込んでいたはずのジドが攻撃の手を止めた。そのまま様子をうかがうように、後ろに下がって距離をとる。

 ギルダスはそれを追うでもなく、その場で軽く跳ねた。全身に刻まれた傷から流れ出た血が、地面に朱を散らす。

「ふぅー……」

 一度息を吸うと、麻痺していた痛みが蘇った。全身がひきつるような痛みに襲われ、ギルダスは口元をほころばせた。

(痛いってこたぁ……まだ死んでねェってことだよな)

 どんなに劣勢であっても、死ななければ終わりではない。

 ギルダスは曲剣を肩に担ぐと、そのまま限界まで体を引き絞った。

 ジドが動く。飛び込みざまに放った突きが、ギルダスへ疾走はしり――大きく弾かれた。

 ギルダスの小柄な体を余すところなく使った銀閃が、斜め上へと噴き上がる。

 刃の勢いを止めることなく、ギルダスが体を回転させる。曲剣を同じ軌道をなぞった。

 引き戻したジドの槍とぶつかり合う。二度目の衝突は、ジドの体を浮き上がらせ、ギルダスの体を沈み込ませた。 それでも勢いは止まらない。

 沈んだ体勢のままに、腰の下を横薙ぎにする斬撃がジドを襲う。ジドが受け流そうと槍を斜めに構えた。

 曲剣の刃が槍の柄と接触し、勢いそのままに流される。それと同時に、ジドの槍が大きく傾いだ。

 御しきれない剣勢が、ジドの肉を浅く削りとる。

 血を流しながら、ジドは槍を引き戻した。


 ガガガッ――!


 ギルダスの剣舞のような連撃と、ジドの神速の突きが重なり合う。

 一撃の速さで勝るジドを、ギルダスは隙のほとんどない連撃で押さえ込んでいる。

 神速の槍さばきとはいえ、一度突き出した槍を手元に戻すには、わずかな時間を要する。それはジドのような熟練の使い手でも変わらない。

 その間が、すなわちギルダスの優勢だった。直線と曲線がぶつかり合い、交差し、二人の傷を増やしていく。

「ガァアアアアッ――!!」

 ギルダスの口から、獣のような咆哮ほうこうが飛び出した。


 ◆


 クク――

 耳に障る含み笑いに、リゼッタは我に返った。

「大した猛攻ではないか」

 誉めるような言葉を、なぶるような声音で道化師は吐き出す。思わず視線を向けると、道化師は愉快でたまらないといった様子で肩を揺らしていた。

「しかし――あれでは長続きしないだろうね」

「それは……」

 リゼッタが言葉に詰まる。

 おそらく、ギルダスは呼吸をしていない。だからこそあれほどの猛攻が可能なのだ。そうでなくても、あれだけの動きが長続きするはずがない。

 あの猛攻が終わった時、おそらくそれが、ギルダスの――

 いつの間にか握りしめていた手は、血の気を失って青白くなっていた。

 ギルダスの咆哮が耳朶じだを打つ。

 それに反応して、リゼッタの視線を再び目の前の戦いに釘付けになる。

 リゼッタの意識は、完全にギルダスとジドの戦いに向けられていた。他のことなど――ましてや、戦いが始まってから一言も口を開いていないルキアのことなど眼中にもなかった。

 だから、気づかない。

 それまで立っているだけだったルキアの目に、確固たる決意が宿り始めたことに、彼女は最後まで気づかなかった。


 ◆


 ガガ、ガガガガガガッ!!


 連撃、連撃、立て続けに鳴る刃同士のぶつかる音が、ギルダスの猛攻の凄まじさを物語っていた。

 絶え間ない連撃に、すでに体は限界を迎えつつある。極限まで集中し、全身を動かしている代償は目に見える形でギルダスの体力を削っていった。

 体がきしむ。汗がこぼれる。少しでも気を抜けば、その時点で意識が途切れるだろう。少しだけでも止まって、思いきり息が吸いたい。

 だができない。それをした時が、人生の終わりだ。それをわかっているからこそ、ギルダスは動きを止めない。

 赤髪の傭兵は、荒れ狂う竜巻と化して捨て身の連撃を繰り返す。それこそ、動きを読まれていても関係ないとばかりに。

 最後の選んだ手段は力押し。勝算などは、もちろんない。

 小細工は通じない。地力では劣っている。だからこそ、ギルダスは唯一勝っているものに賭けた。

 それは、死線をかいくぐってきた回数と経験だ。

 ジドが殺しを封印してきたのは何年前からだかは知らないが、命を奪い合うようなやりとりならこちらに分がある。

(なんせ、こちとら一回くたばっているんでな――!)

 年季が違う。

 不殺を貫いた者と、死出の旅路から舞い戻った者――両者の殺意は、斬り結ぶという分かりやすい形で競い合っていた。

 ギルダスの曲剣が――

 ジドの槍が――

 お互いの殺意を乗せて、一際速く、強くぶつかりあった。

「……!」

「がぁっ!」

 ギルダスが勢いに負けてたたらを踏み、ジドは――不動のまま、槍を構えていた。

「ちっ――」

(届かねえ、か――)

 おそらく、一秒と経たないうちに自分は致命傷を負う。それがわかっていて、ギルダスは腕に力を込めた。

 相打ち狙いの斬撃に、最後の力を託そうとして、

「ジドーー!」

 ルキアの叫びとともに放たれた一矢が、ギルダスの運命を変えた。

 それまで完全に無駄がなかったジドの動きが、初めてほころびが見せる。

 飛来する矢をかわしつつも突き出された槍が、ギルダスの胸を抉った。が、それだけだ。皮を裂き、肉を抉ったが、骨の奥にまでは届いていない。

 とっさにギルダスは槍の柄を掴んだ。それを引き寄せるようにして、ジドの懐へと潜り込む。

 思考が行動に追いつかない。それでもこれが最後の好機だということは直感的に悟った。

 本能のままに身を任せ、ギルダスは曲剣から手を放す。それと同時に、ギルダスの周囲から、炎のように赤い粒子が湧き出した。

 それは初めてジドと戦った時、結局は使うことなく終わった“奥の手”だ。


 ドクン――!


 心臓が、一度だけ大きく脈動した。鈍い痛みに、ギルダスは顔をしかめる。

 その間にも、湧き出た粒子は次々とギルダスの手の周りに集まって一つの形を為した。

 ギルダスのものであり、本来はこの体の持ち主のものであった赤い魂精装具ソレスタ――具現化したその短剣は、柄から刃まで、すべてを燃え盛る炎のような赤で統一されていた。

「――アァッ!」

 まだ粒子をまとわりつかせたその赤い短剣を、ギルダスは呼気とともに思い切り突き出す。肉を貫く鈍い感触が、手のひらに伝わった。

 至近距離で、ジドとギルダスの視線がぶつかりあう。ジドの表情は、ぴくりとも動いていない。

 胴体を狙った短剣は、突き刺さる直前に遮られた太い腕に突き刺さっていた。

 ジドが短く持った槍を降りかぶる。その先端がギルダスめがけて降りおろされる直前、ギルダスが薄く笑った。

 次の瞬間、ジドの体が炎に包まれた。

「……!」

 ジドが声にならない悲鳴をあげる。

 前触れもなく噴きあがった炎は、燃え広がることもなく一瞬で消えた。

 ――否、ジドの腕に刺さったままの赤い短剣へと吸い込まれた。

 炎を生み出し、操る。それこそが、この魂精装具ソレスタの持つ異能だった。

 見た目は派手だが、人を焼きつくすほどの熱量はない。それでも、意表をつくには十分過ぎる。致命傷にはならなくても、その布石にはなりえる。だからこその、この一撃だった。

 短剣から手を放し、ギルダスは地面に落ちる寸前の曲剣をすくい上げた。

 地面を踏みしめ、残った力のすべてをこのひと振りに――

 ドクン――


 ギルダスの心臓が、大きく脈打つ。今からやろうとしていることへの抵抗感が、ふいに沸き上がる。

“ダメダ――!”

 内から響く声が、ギルダスの頭をかき回した。その声が、ある一つのイメージを結ぶ。必死な様子で、声を張り上げる少年――その見た目は、今のギルダスとほとんど同じものだった。


 ギリ――


「関係ねェ奴が――」

 歯を噛みしめて、ギルダスは無理やり“声”を抑えつけ、

「今さらしゃしゃり出てくんじゃねェよ!」

 激昂とともに、曲剣を振りきる。

 騎士に刻まれた胴体の傷――今はもう塞がったそれをなぞるような斬撃がジドの体をかけぬけた。

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