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27.狂戦士(2)

 殺意と殺意が交錯する。

 睨みあう両者の意志は、甲高い音の連続となって現れていた。

 刃と刃が、激しくぶつかりあう。

 絶え間ない不協和音が、少し前まであった森の静寂を幻想のように感じさせる。

「ラアッ!!」

「……っ!」

 斬りかかったギルダスを、ジドが迎え撃つ。繰り出された突きをギルダスは辛うじてかわし、後ろに下がった。

 滑るような足取りで近づいてくるジドを、ギルダスは獰猛どうもうな笑みを浮かべて迎えた。

 真っ向勝負に一度打ち負けているので、真正面からではない。逃れるように横へと移動する。

 その足が、前置きもなく跳ね上がった。足の上に乗っていた土が、ジドの顔めがけて飛んでいく。

「……」

 驚くそぶりも見せずに、ジドは体を少しだけ動かしてかわし――直後にその喉を狙って投げつけられた、断面の尖った枝を槍で払い落とした。

 その隙に、ギルダスは何かを投げつけるように右手を大きく振りながら、跳ねて間合いをつめる。

 迎え撃とうとしたジドの顔に、赤い何かが付着した。

 それは、ギルダス自身の胸に刻まれた傷から溢れ出た血だ。

 一瞬だけ視界をふさがれ、ジドの反応がかすかに遅れた。それでもギルダスの斬撃には危うげなく反応する。

 回り込みながら、ギルダスがさらに斬りかかる。

 受け、今度は反撃する素振りさえ見せたジドの目が、少しだけ細められた。

 木々の間から差し込む陽光――それが、ジドの顔に当たっていた。

「オラァッ!!」

 飛び退いたジドの胸を、ギルダスの曲剣が斬りつける。かすかな遅滞は、それを完全にかわすことを許さない。

 ジドの胸に赤い線が走る。偶然にもその傷は、ちょうどギルダスにつけられたものと同じ位置にあった。

 追撃のために前に出ようとしたギルダスの目が、槍を構え直したジドの姿を映した。

 直感に従って踏みとどまったギルダスに、ジドの連続突きが襲いかかった。

「っ! がっ! くっ!」

 たまらず後退するギルダスの頬を、槍がかすめた。皮膚が避け、鋭い痛みに襲われる。

 速すぎて何本にも見える槍の刺突を、かわし、受け、下がりながらも防いでいく。

「……」

 ジドの連撃が、止まった。ギルダスが木の後ろに飛び込んだからだ。

 木の幹を盾にしたギルダスを見据え、ゆっくりと回り込む。すでに何度も繰り返されたパターンだった。

 不意をついて近づきつつ斬りかかり、ジドが立て直せば退いて逃れる。

 土を蹴飛ばし、切り払った枝を投げ放ち、木を盾する。時には茂みに姿を隠し、追いつめれば地面を転がって逃げる。

 刃を交える時は、木々の密集している場所を選ぶ。そうすれば、槍という長物の力は存分に発揮できない。

 木の根や茂みであふれた森の中だ。大柄なジドは移動も制限され、容易に距離を詰めることができないでいた。

 戦いに正々堂々という美学を見いだす者なら、あまりの見苦しさに顔をしかめるような光景だった。

 華麗に、堂々と――

 それとは反対の、卑怯で、姑息こそく、泥臭く、手段を選ばない戦い方をギルダスは実践していた。

(こちとら、はした金で命を切り売りする傭兵風情なんでな――)

 自嘲するでもなく、ギルダスは内心で呟いた。

 栄誉や名声もなど、望むべくもない。だからこそ、身についたものもある――

 ギルダスが姿を隠した茂みを、ジドの槍がひと突きする。

 しかし、すでにそこはもぬけの空だった。すぐ横にあった木の陰から、投石とともにギルダスが飛び出す。

 小石とはいえ、当たれば肉に食い込む。ジドはそれを頭を傾けてかわした。その動作で生まれた隙を狙い、曲剣が振りおろされる。曲剣はジドが跳ね上げた槍の穂先とぶつかりあい――今までの攻防が嘘のように、あっさりと弾き飛ばされた。

 並の使い手なら、あまりの手応えの軽さに違和感を覚えるだけだ。

 だが熟練の戦士なら、曲剣を持っているように見えたギルダスの左手が、実は添えられていただけだということに気づいただろう。

 柄を握っていたのは右手だけで、残った左手は――?

 曲剣が空中で回転しながら粒子化する頃には、ギルダスの左手はすでに背中に回されていた。

 ひねるようにして仰け反った体勢から、ギルダスは一気に体を落とす。

 すぐ足下には、地面を踏みしめるジドの足がある。

(ここだ――)

 右手で柄頭を押さえて、短剣を振りおろす。

 通常なら考えられない、魂精装具ソレスタを囮にした、死角への強襲――

 刃はジドの足に食い込み、さらには地面を貫き、串刺しにして動きを封じる――はずだった。

「がっ――!?」

 ギルダスの視界が揺れる。突然、頭を襲った衝撃に、意識が闇に沈みそうになった。

 気を失ったら死ぬ――

 寸前にその事実が頭をよぎり、驚異から逃れるように地面に崩れ落ちた体を無様に転がした。

 すぐそばから、土を耕すような音が連続して聞こえる。

「クッ!」

 四肢を使って獣のように地面を這い、具現化した曲剣をでたらめに振り回して立ち上がる。鈍痛が残る頭を抱えつつ、顔を上げた。

 転がった短剣のすぐそばに、ジドはさっきまでと変わらない様子でたたずんでいた。


 ◆


「ギル……!」

 槍の柄で殴られたギルダスを、リゼッタは唇を噛みながら見ていた。

 力を失い、人形のように崩れたギルダスを、ジドの槍が襲う。ギルダスは地面を転がってそれを避けているが、いつ殺されてもおかしくない状況である。

 辛うじて立ち上がり窮地は逃れたが、早くもその顔は追いつめられた者のそれへ変わっていた。

「やれやれ、この程度で終わってほしくはないのだがね」

 知り合いがちょっとした失敗をしでかした時のような口調で、傍らの道化師がぼやく。その暢気な声は、リゼッタの頭に血をのぼらせた。

「あなたは……!」

 リゼッタが睨みつけると道化師は肩をすくめ、

「私を睨んでも何の解決にもならないよ? それよりも、司祭殿。今は彼の勝利を祈ってやるといい。そうならなければ彼は死んでしまうよ? ほら、今にも殺されてしまいそうだ」

「祈ったところで――」

 言いかけて口をつぐみ、深く息を吸ってたかぶった感情をなだめる。

 戦いに目を奪われているルキアには聞こえないように、リゼッタは意識して冷静な口調で話し始めた。

「あなたが、なぜ今この時に、この場にいるのかを考えてみました」

「ほう?」

「今回の一件、すべて・・・あなたが仕向けた・・・・・・・・――違いますか?」

 唐突なリゼッタの言葉に、道化師はゆらゆらと揺らしていた体を止めた。

「……なんのことかな?」

 白塗りの、表情どころか覗き穴すらない仮面をリゼッタに向ける。

 今回の、ドーラン辺境領領主と、フェルカの民との、確執と対立――それは知れば知るほど、拭いきれない違和感をリゼッタの内に芽生えさせた。

 それが何かとは、はっきりとはわからない。

 ただ、何かが足りない気がしたのだ。

 組みあがったパズルのなかで、そこだけ空白があるように――

 ピースが足りない。出そろっているモノだけでは、完成しない。そんな漠然とした思いがリゼッタの内にあった。 

もう一つ、あるいは一人、何かがなければ――

「それが確信へと変わったのは、この森での異様な気配を感じ取ってからです」

 それは道化師と勘違いした騎士の気配だったが、その禍々しい気配を察知したとき、リゼッタの脳裏をよぎったのは、以前のとある事件だった。

 そう昔のことではない。時間的に考えれば、ごく最近といっていい話だ。

 背中にかばったリリーネを見る。

 まだ幼い彼女は、追いつめられたギルダスを見て今にも泣きそうな顔になっていた。

 この少女と出会った、悪名を誇るある街――

 そこでは、一人の男が化け物に転じた挙げ句、混乱と恐怖を住民たちにまき散らした。

 結局最後には破滅したが、それでその男のしたことまでが無かったことになるはずもない。リリーネもその時、姉のようにしたっていた人物を亡くした。

 そして、それを裏で糸を引いていたのは――

「発端となった、領主を襲った悲劇。そして、フェルカの民への襲撃、それらはあなたの仕業――そうなのでしょう?」

 ……クク――

 仮面に隠された口から、濁った含み笑いがこぼれる。

 それは不快を通り越して、聞く者の耳を腐らせるような悪意に満ちた音だった。

「同じようなことを二度答えるつもりはないよ――などとは言わない。だが、君はそれを知ってどうするつもりかね? 義憤に駆られ、私を罰する? 果たして、君にそれが出来るのかな?」

 なぶるような口調。リゼッタの舌が、鉄臭い血の味を感じ取る。いつの間にか噛んでいた唇が裂けて、血が滲み出ていた。

(――つまりは、これも“遊び”だったというわけですか)

 怒鳴りつけたいのをこらえて、リゼッタは再び深く息を吐いた。

 今は冷静に、自分が為すべきことを――

 頭の中で乱舞する激情をすべて押さえつけて、リゼッタは一つの疑問に突き当たった。

 考えてみれば、この道化師という存在、いろいろなことを知りすぎている。ギルダスの体のことや、聖封教会の司祭という立場のリゼッタすら知らないような術の数々。

 すべてを訊くような余裕はなく、リゼッタの口から出た疑問はひどく大ざっぱなものだった。

「あなたたちは……何者で、いったい何がしたいんですか?」

「さて――それに答えると、私に何か得でもあるのかね?」

 答えにならない返事をする道化師に、感情の揺れは見つけられない。

 これ以上見ていると自分を抑えきれなくなりそうで、リゼッタは反射的に顔を背けた。

 元より、答えが得られるなどと期待してはいない。

 背けた視線の先には、相変わらず劣勢のギルダスを見る“騎士”の姿があった。

 腕を組んで立っているその男からは、戦いが始まった時にはあった気だるげな様子が感じられない。

 風前の灯火にまで追いつめられたギルダスに向けられたその顔には、なぜか深い笑みを刻まれていた。

 そして、無造作に伸びた髪にさえぎられてリゼッタには見えなかったが、その目は――

 その双眸そうぼうが放つ光は、ギルダスが見せたのと同じような、獲物を前にした獣のそれへと変わっていた。


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