脱出と手続き
転移魔法には2種類ある。把握済みの座標から、目に見えてる場所に転移する方法と、
同じく把握済みの座標から、目に見えていない特定の場所に転移する方法。
つまり、私の転移魔法は、迷子状態で座標の分からない今、使える事が出来ず、
この場をどう出るか悩んでいたのだが…
〔おまかせを。ユウリ〕
そう言って破壊不能と言われたダンジョンの壁を破壊したミソラに、ツッコミを入れようにもどこから突っ込んでいいかわからなくなった
(私でもダンジョンの壁を破壊したことは無いから、パワーは確実に私以上。いや、もしかしたら世界一なのかもしれない)
若干親バカが入ってそうな思考をしながら通った壁の先は、先程まで私が歩いていたダンジョンの中心部位の場所だった
「こんなところに隠し部屋があったんだね…」
〔YES。創造主様は至るダンジョンに空間を作り、私の仲間や装備をお隠しになられました。
隠し部屋へは【単体】で【指定数以上の魔力】を持ち【犯罪履歴の無い】者だけが入るチャンスを得られるように制作したと伺っております。〕
「…ん?今何気に私大変な事聞いた?」
ソロで、指定数以上の魔力で犯罪履歴がない。なるほど、だから私は転移魔法の罠(?)に気づけたのか
って、納得している場合では無い
仲間や装備を隠した?
それはつまり、まだ他にもミソラと同じ製作者が作った戦力が隠されてるということ…
そんなの、国の手に渡れば、情勢がひっくりかえってしまいかねない。
幸い、ダンジョンはパーティでの攻略が規則となっているので、そうそう見つかることは無いと思うが…
私みたいな例外がいるのだ、安心しきれない
「だからといって私が全部回収するのもなぁ…」
過剰戦力にも程がある。明らかにどっかの国か悪者に目をつけられる
だがしかし、様々なアーティファクトをこの目で見てみたいという欲望もあり、うーんと悩んでいると、
カラカラカラカラッ
そんな音を立てて、後ろに開いた壁の穴が塞がっていった
「…え、塞がるの、これどういう仕組み?」
〔解。塞がります。様々な説がありますが、創造主様はダンジョンがひとつの生命体だという説を押しておられました。〕
「生命体?!生きてるの??」
思わずピャっと声を出して壁を触ろうとしてた手を引っこめる。
そんなことをお構い無しに壁は修復し、破壊して通ってきた道は跡形もなく消えた。
「生命ってことは壁に飲み込まれたらそのまま吸収されるのかしら…」
思わず呟いて、ゾッとしたので思考を振り払うように頭を振る
「よし、アーティファクトに関しては、出会ったらラッキーぐらいに思うようにしよう。」
そうと決まれば、あとは帰るだけである。
そのままダンジョンを歩いて帰ってもいいが、旅支度となると急いで準備しなきゃいけない。
だからといって、ダンジョンの入口に出たらミソラを見られてしまう。それだけは避けたい。
親友には後でミソラの存在登録のために見せるとしても、なるべく逃げる時間を稼ぎたい。
私は転移魔法で自宅に帰ることにした
ーーーーーー
自宅と言っても、とても小さなワンルームのおうちである。ママやパパが生きていた頃に一人暮らし用として買ってもらった私用の家だ
そんなワンルームの玄関に転移すると、
さっそく、収納魔法に着替えや必需品を詰め込んでゆく。
旅支度のつもりだが、如何せん、旅などしたことがない為、冒険者の野営の準備とほぼ変わらないものを詰めるだけに終わった。
「よし。準備はこれでいいかな」
多少心もとないが、ほかの街や村に入らない訳では無いので、足りないものがあったらその都度買えばいい。
最後に貴重品を詰めて準備を終えると、
ミソラが、写真立ての写真をじっと眺めていた
「どうしたの?ミソラ」
〔解。ユウリ以外の御二方の存在を確認。ご挨拶をした方がよろしいでしょうか?〕
「あ…パパとママは…」
そう言いかけて、ミソラが誰かを探すのではなく写真に向かってその発言をしてることに気づく。
もしかしたらこの子は、生活の状態から、既にユウリが一人暮らしなことを察したのかもしれない。
「…挨拶はいいよ、帰ってきたらいっぱい旅の話をしてあげよう。それで大丈夫だよ」
笑ってそう返答しながら、私は写真立てを、ホコリが被らないよう、布で覆った。
ーーーーー
さて、荷物を詰め終わったらあとは、ミソラのマスター登録の登録をしなければいけない。
幸い、この登録は親友に頼めば何とかなるので、親友には家に着いた時に連絡を入れおおよそのことは伝えたのだが…
「いつか面倒事持ってくるだろうとは思ってたわ。」
そんな感じで呆れられてしまった
「ごめん、アンナ。やっぱりどうしても王宮は無理で…」
「そっちじゃないわ。いえ、そっちもだけれど、いちばんはそこじゃない」
「だよねぇ…」
〔?〕
2人してミソラを見つめると、ミソラはメイド服を正し、〔ご命令ですか?〕と見当違いな反応を返した
「とりあえず、手続きに必要なものは一式持ってきてあるわ。でも、本気で旅に出る気なの?自動人形をメイドとして雇って、ソロで活動を続ける事もできるでしょう?」
「うん。ありがとう。
正直なところ、それが一番だとは思ったんだけど、ミソラの能力が…」
「能力?まさか、ユウリより強い、なんてことある訳…」
からかおうとしたアンナの顔が固まる。
「そのまさかなんだよねぇ…」
「過剰戦力。過剰戦力にも程があるわ。一体何を倒す気なの?魔王?」
「まさか!魔王なんていたとしても倒さないよ!それこそ王宮にお呼ばれしちゃう!」
「そうよね、そういう子よね。あなたは」
はぁ、と溜め息が双方から漏れる
「って事で、なにか仕出かしても動きやすい旅人の方がいいんじゃないかって思って、旅に出るつもりなんだけど…」
「断言する。あなたは他の国の王宮からも探されることになる」
「なんでそんな事言うかなぁ!!」
「でもまあ、1箇所に留まったらそれこそ戦争の火種になりかねない勢力よね…旅に出るのは私もいい事だと思うわ。色んな意味でね。
はい、登録票。これに記入して」
「ありがと。…アンナが何を考えてるかいまいちわかんないけど、何事もなくのんびり旅をして、事態が治まったら戻ってくるつもりだよ?
…ん、ミソラの職業ってメイドでいいのかな?」
「戦闘兵器」
「却下」
「まあ、冗談は置いといて、見たまんまメイドだしそれでいいんじゃない?私としては聞くこと聞いたから違和感あるけれど、普通ならそれで通用すると思うわ。」
「そうだよね、わかった。
あ、アンナに聞こうと思ってたんだけど、ミソラの球体関節隠せそうな衣装って心当たりない?」
「あるにはあるけれど、高くつくわよ?」
「ソロの時の稼ぎがあるからある程度は大丈夫…だけど、いくらぐらい…?」
「それなら余裕で買えるわね。すぐ必要?」
「うん。なるべく早く」
「わかったわ。記入が終わったら待ってて。今から持ってくるから。」
そう言って家を出るアンナに頭が上がらない
持つべきは理解のある親友である。アンナ様様だ
「ミソラの年齢…1000年眠ってたってなってたから、約1000歳かな。性別は…あれ、そう言えばミソラって性別あるの?」
〔是。ただいまのパーツは無性別ですが、パーツを変えることによって男にも女にも変わることが出来ます〕
「んん?…それは性別を付け足しただけど何が違うの?」
〔解。身体がそれぞれの性別パーツに応じて変更されます〕
「つまり?」
〔子作りが出来…「ストップストップ!」…発言を停止します〕
なんということだ…とんでもないことを聞いてしまった…性別を完全に変えることができるなんて、そんな技術聞いたこともない。自動人形が子作りだなんてもっての外だ。そんなの、生命生成をしてるのと同じじゃないか。明らかなオーバーテクノロジーだ。そんなものが1000年も前に作られていたというのか…
「創造主は一体何を考えてこんな機能を…」
最悪、自動人形同士で子供が作れてしまうということではないか?そうなったら過剰戦力が余計に増す。
なんてものを残しやがるんだ創造主め…いつか会ったら殴ってやる…
…だが、とにかく、性別パーツさえ見つけなければいい話だ。パーツを見つけても、パーツのみなら恐らくなんの戦力になることもないだろう。無視すればいい。
そうだ、そうしよう。
「はぁ、頭が痛い…」
〔大丈夫ですか?ユウリ〕
「あー。うん。ダイジョウブ」
知らぬが本人のみ。こんなに頭を悩ませることになるなんてと思いながらユウリはアンナの到着を待つことにした
数分後、
「おまたせしたわね」
と、部屋に入ってきたアンナに速攻泣きつく事になったのは勘弁して欲しい…。
人と話すのは苦手だ、異性は特に苦手だ。ミソラを男になんか絶対するもんか。
ユウリは密かにそう決意したのだった。
アンナが持ってきてくれた衣装は、ロング丈のメイドドレスで、首元も手首もフリルで隠され、足元の球体関節も完全に隠れている。
唯一見えてしまう指先は手袋を付ける執事スタイルに落ち着いた。
「どう?ミソラ。窮屈じゃない?」
〔否。とても動きやすいです。ありがとうございます。マスターのご友人〕
「あら、アンナでいいわよ。うちのメイド長のお下がりだけれど、ちょうどいいようでよかったわ。替えも用意してあるから存分に使って。」
〔是。ありがとうございます。アンナ〕
試しにミソラに一回転をしてもらうが、ロング丈がちょうど良く、膝の間接を隠してくれる。これはいい感じだ。
ダメ元で聞いたがいいものが手に入って良かった
「で、お支払いだけど」
「登録料も含めて、口座から勝手に引き出しといて。」
「…私はいいけれど、ユウリはそれでいいの?」
「なるべく早く街を出ようと思ってるから」
率直な気持ちを言うと、何故か呆れられた
「はぁ…私だからいいけれど、他の人に対してはしっかりするのよ?」
「しっかりしてるよ?」
「…ミソラ、ユウリの事、頼むわね。」
〔是。言われなくてもお守り致します〕
なぜミソラに念を押すのか分からないでいると、アンナは登録証を持って、「それじゃぁ、良い旅を」と帰って行った
「…私ってそんなに危機感ないように見えるのかな?」
〔ーーーわかりません〕
ミソラにも回答を避けられた。
いや、ミソラはまだあったばかりだから分からないだけだ。
大丈夫なはず。
最後の確認を終えると、私はミソラと家を後にした。