小僧の膝
大学生時代に書いた文章です。
夢十夜と京極夏彦作品の影響を受けています。
小僧は言った
「和尚様和尚様、お侍様が来ています」
と
和尚は言った
「そうか、では私の部屋までお通しするように」
と
小僧は
「はい、わかりました」
といった。
小僧は門のところへ急いで戻った。
「お侍様、和尚様の部屋までご案内します」
侍は黙って小僧に従った。
廊下を歩く音
コツコツコツコツ
何だろうか
違和感違和感違和感
侍は小僧のほうを見た
「膝だ」
つぶやく
膝が膝が膝が
頭の中で踊る足音
どこに立っているのかわからない
侍はわからない
歩いている廊下
ここは、どこだ
コツコツコツコツ
小僧の膝が
小僧の膝が
ただそれだけが
侍にはそれだけが見えた
何日経ったろう
まだ悟れない
まだ悟れない
侍はまだ悟れない
和尚が何かわめいている
一言一言はきちんと聞き取れない
しかし
侍が悟れないことについて嘲笑っているらしい
不快な笑い声
侍を愚弄するのか
心で叫び
侍は黙る
きっと悟ってやる
きっと
そしてこの和尚の膝を切り落とす
もし悟れぬならば自刃するしかない
侍が辱められて生きているわけにはいかない
悟り悟り悟り
今日悟れぬならば自刃
脇差をおのが腹に
今日悟れぬならば割腹
脇差がおのが腹に
にじむ汗
焦る心
研ぎ澄ませ
研ぎ澄ませ
何か見える
何か聞こえる
何かに触れる
きっと
きっと
廊下を歩く音
風の音
葉がこすれる音
呼吸
心の臓
誰かの
膝
悟り悟り悟り
瞬間の静寂
永遠の鼓動
快楽
悦楽
こぼれる笑み
赤く染まる畳
ああ、そうかこれは
これは小僧の膝
ありがとうございました。