今日が人生最後の日だったらと思って毎日真面目に生きてみなさいという言説について真面目に考えてみた。
今日が人生最後の日だったら。
小説のテーマとしてはなかなか書き甲斐のある話題の一つかもしれない。
しかし最近どうも小説を書く筆が重い、という表現が適切か分からないが、
一つ気ままにエッセイのようなものでも書いてみようかと思い立った。
もし今日が人生最後の日だったらと思って張り切って日々を過ごしたら、
賞味な話疲れてしまって身が持たないだろう。
かといって、ある日突然「今日が人生最後の日だと思って」とばかりに
思い切ったことをしても、公開する可能性の方が高いかもしれない。
何しろ、人生最後の日である。
みんなそう聞かれたときに表立っては言わないし、
今回の投稿はR-15指定とかにしたくないので露骨には書かないが、
本音ではみんな考えることは大体同じではないか。
しかし本当に人生最後の日というものを想像したとき、
それは病気か何かなのだろうから、
そもそもそんな思い切ったこともできないに違いないではないか。
という訳で、人生最後の日だったとしてもいつもと同じような毎日を生きる、
というのは模範解答の一つだろう。
だが、そんな理想論を言われても今一つつまらない。
あるいは今日が人生最後の日だったら、小説を書くだろうか。
自分にとっては、ここに投稿するかどうかはともかくとして、
何か自分の最後のメッセージを文章で残すことは
本当にありうる選択肢の一つだ。
これが本当に最後のメッセージになるなんて言う縁起の悪い妄想も浮かんだが、
明日からも小さな幸せのある毎日が続くことを信じるとして、
今回はこの辺で終わろうと思う。