ズルいと連発する妹がいるなんてズルいですわ
いま巷では空前の『ズルいズルい言う妹ブーム』だ。
流行りに疎い私にそう教えてくれたのは、親友のマチルダ嬢だ。
「なーにぃ、その『ズルいズルい言う妹』って」
「姉妹がいるじゃん。その妹の方が、姉のことを羨ましがって、ズルいズルい連発して何でもかんでも奪って行くわけよ。家族も末っ子の妹に甘いわけ。お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから我慢しなさい、ってさ」
「えー、なにそれ、ムカつくー」
「それでさ、知り合いのお姉ちゃんの友達んとこの姉妹なんてさ、妹が姉の婚約者まで奪ったって~。伯爵家よ?」
「えーマジか~、引くわー」
ひどい話だ。
「で、それが何でブームなわけ? 便乗して、我も我もって感じぃ?」
「成功例が次々出てくると、自分もいけんじゃねって思うんだろねー。けどさ、結局姉の立場を奪ってみたものの、後で悔やむ妹続出って話。大体さー、婚約者ってのは親が勝手に決めるわけじゃん? 身分や家柄だけで決められて、そこに愛はあるんかい?って感じの」
「あーね。貴族ってそうよね。うちもだし」
「だからこそブームなんだろうねー。予定調和をブッ壊せ!っていう、一大ムーブメントですよ、これは。要するに、退屈な人生を刺激的に改変するための、若者たちのアンチテーゼよ」
「アンチ…なにそれ?」
「知らんけど。かっこいいから言ってみた」
「もー、マチルダったら、てきとーすぎー」
きゃははと笑い合って、お茶会をお開きにした。まあ『ズルいズルい言う妹ブーム』とやらは、妹のいない私たちには関係ないなと結論づけた。
しかしマチルダの家の客間から廊下に出たとき、待ち構えていたようにたたっと走ってきたのはマチルダの従姉妹だった。
「マチルダお姉ちゃん、ズルいですわ! アリサをのけ者にしてケーキを食べていたなんて! ズルいですわズルいですわズルいですわ!」
ズルいですわを連発しながら、マチルダの膨らんだスカートをグーでぽかぽかと叩く屈託のない少女を眺めながら、私は思った。
親友よ、お前もか!
ちゃっかり巷の流行に乗ってるやーん!
ズルい。
その妬まれる立場って良いな。良いな、良いなー。私も「ズルい」を連発してくれる妹ほしぃー。
「ねえ、パパママ。私に妹作ってくれたりしない?」
晩餐時、珍しく早く帰宅したパパがいたので聞いてみた。
ぶふぉっと変な音を立てて、ワインを吹きこぼしたパパがむせた。
「え、ええっ。どうした、急に」
「今日ね、マチルダから聞いたの。いま巷では空前の『ズルいズルい言う妹ブーム』だって。私も妹がほしいの。妹から、お姉ちゃんズルいを連発されたいの」
「む、無茶言うなよ。そんな理由で妹を欲しがるなんて言語道断です! 妹はペットじゃないんだからな。大体なぁ、今から頑張っても生まれてくるのは一年後、喋れるようになるまで更に一年半はかかるんだぞ。そんなブームなんざ終わってるよ」
ワインの染みたナプキンを取り替えながら、パパがもっともらしいことを口にした。が、ママにぎろっと睨まれた。
「パパ、そういう問題ではないわ。ハンナ、妹は無理よ。諦めなさい」
「今からは無理かー。ママに内緒で、実はいるって可能性はないの? パパ」
ゴフゥとまた変な音を立てて、パパがむせた。
「なっ、ないないない、変なこと言うなよ。たまに早く帰ったと思えば、これかよー」
「たまに、だから言われるんじゃなくて? パパ」
ママがきゅっと瞳を細めて笑った。
あら怖い。ごめんねパパ。
「ーーって感じでぇ、妹は手に入らないみたい。みんないいなー、妹がいて」
学園の校庭で、遊具遊びの手を止めてルークが私を見た。
ルークは幼なじみで、親同士が勝手に決めた婚約者だ。
「もし巷でブームの妹がいたらさあ、『ルーク様と婚約してるなんてズルーい』『私がルーク様と結婚したいですのにぃ』とか言われちゃうんだよ。面白くない? ルークもてもてじゃん」
「面白くない」
ルークはむっとした口調で言った。
「全然面白くないね。それで? その架空の妹にズルいって言われて、ねだられたらどうするの? ハイどーぞーって、これ幸いと俺を押しつけるつもり? 親たちが勝手に決めた婚約者だもんな。別に痛くも痒くもないか」
いつも優しいルークを怒らせてしまった。いつぶりだろう。忘れたけど、いつだって私の浅はかさが原因だ。
「ごめんっルーク、そんなことない。ズルいって言われても、ほしいって言われても、絶対に渡さない。取られるくらいなら、ルークを殺して私も死ぬわ」
「なにそれ。それはそれでひでーな」
ルークが笑った。
「なあ、俺と結婚したら妹できるぞ。義理のだけど。いじめんなよ?」
「アシュリー! 会いたい。もう風邪は治った?」
「ああ。生まれて初めての風邪だったから、鼻水との格闘で夜も寝られんかったけど、 もうすっかり良いよ」
「じゃあ学校終わったら一回家へ帰ってから、アシュちゃん大好物のフルーツ果汁を持って行くわ」
あー、早く学校終わらないかなと気持ちが急く。生後八ヶ月のアシュちゃんは、あーとかうーとか喋るけれど、まだ意味のある単語を話さない。
いつか、お姉さまズルいと言ってくれる日が来るだろうか?
楽しみで仕方ない。