死んだダンションマスター
心地良い。
まるで温泉に全身使っているかのように身体の芯から溶かされているような気分だ。
今までの疲れが気持ち良いくらいに消えていく。
「あっ、今ピクッてしたよねっ!いやー、獣ミミって良いよねー」
少年の声がする。
そう言えば先ほどまでダンションにいたはずだがどうなったのだろうか?
「肉体と魂が定着するまで時間が掛かる。耳とは言え、あまり触りすぎるな」
今度は綺麗な女性の声がする。
そう言えば俺って合同魔法をマトモにくらってなかったっけ?
「随分と人に似ているな」
今度は野太い男の声がする。
先ほどから身体の芯が温まって溶かされるような感覚があるのだが、もしかしてこれって______
「浄化されてね!?俺の魂っ!!」
横にチョップを入れながらセルフツッコミを入れる。
ツッコミを入れた手が何かモフモフに当たったので一瞬ヒヤッとしたが、当たった先を見てそんな考えは吹っ飛んだ。
視線の先にはあの取り巻きの悪魔の魔物と同じ背格好で、さらに肩幅が大きくガッチリとしたライオンがいた。
そう、ライオンだ、あのライオン。
椅子に座って腕組をしているライオンがこちらを見ている。
「............え?どゆこと?」
魔物だ。
完全にこれヤバいレベルの魔物だ。それもあの悪魔見たいなボスモンスターより遥かにヤバい感じの。
「目が覚めたようだな」
「ばっちし覚めたわ」
魔物が喋っている事にも驚きを隠せないが、周りを見渡すと、このライオン型の魔物をあわせた19体の魔物が椅子に座ってこちらを見ている。
その一体一体があのボスモンスターを遥かに越える力を有しているのが伝わってくる。
中でも真横に座るライオン型の魔物と、そのさらに横に座る女のような姿のスライムに似た水の塊、そして座る恐らくはヴァンパイアの人間によく似た少年は抜きん出ている。
「ねぇねぇ君、ちょっと体動かしてみてよ。ちゃんと動くー?」
ヴァンパイアの少年が話しかけてきた。
ヴァンパイアは人によく似た魔物ではあるが話すと言ったことは一切しないはずだ。
それこそ獣のように襲いかかるだけの魔物だ。
ヴァンパイアは最下種のレッサーヴァンパイアでもレベル4を誇る脅威種であり、とても狂暴な魔物とされている。
少なくとも意識を失っていた人間をそのままにするような魔物ではなし、話しかけるなど論外である。
とにかくここで反抗したとしても意味がないので素直に従って体を動かしてみる。
だが、俺は自分の体を動かして初めて気がついた。
「俺の体じゃない!?」
初めの違和感は自分の腕だった。
自分の腕がダンションで鍛え上げられた引き締まった腕ではなく、まるで女性のようなしなやかで筋のない白く美しい腕に変わっていた。
そのまま視線を動かすと、手には白銀の毛が申し訳程度に生えており、爪が獣のような黒く鋭い物に変わっている。
服装も白い死人に着せるようなものを着ていて、終いには白銀の尻尾が生えていた。
それも9本も。
尻尾が9本も生えていた。
大事なことなので二回言った。
尻尾を恐る恐る触るとモフモフしていて気持ち良いのと、お尻と言うか腰より下の股関節の先に感触があった。
まさかと思い頭を触るとモフモフの耳があった。
......獣ミミだ!
元々あった耳を触るとこっちにも耳はしっかり存在した。
「でも、これじゃまるで______」
「魔物だね!もっと詳しく言うと獣人種の中でも希少な狐人族、を模した九尾の狐の亜種だね」
俺の疑問に答えたのは対面に座るヴァンパイアの少年だった。
「俺は生まれが魔物だった覚えはないんだが?......そもそも俺はダンションで戦死したはずだ」
「うんうん、確かに死んでたよねー。でもってそのあと君の魂をそこのウンディーネのウディアがその身体に定着させたんだよー?感謝しろとまでは言わないけど話くらいは聞いてねー」
軽い調子でとんでもないことを話す。
それがもし本当なら、どこまで出来るのかは知らないが、魔物の身体になるかわりに死者蘇生が可能だと言うことだ。
例えレベル10の冒険者であろうとも他人を蘇生することはできない。
即ちウディアと呼ばれたスライムのような女性は少なくともレベル10のヒーラーを遥かに越える力量の持ち主だと分かる。
それにウンディーネは間違っていなければ水の精霊だったはず。
いや、ラノベ知識が一体何処まで通用するのかは知らないが、少なくともウンディーネは高位の水の精霊として描かれることが多いはず。
羊頭の悪魔型の魔物や目の前のヴァンパイア等を初めとしたもとの世界の逸話等に出てくる魔物や怪物が現れるダンジョンモンスターの例もあり、このウンディーネが逸話に不釣り合いな弱さを持っているとは思えない。
「その、ありがとうございます」
「構わんよ、私は私のなすべきことをしたまでだ」
か、カッケーっ。
大人びた綺麗な女性の声が帰ってくる。
しかし、ウディアさん?の顔はのっぺらぼうよりは少しまし程度、堀かけの彫刻見たいな顔をしているので表情が読み取れない。
「でも、問題なく体が馴染んでてよかったねー。ウディアちゃんもそう思うでしょー?」
「私に話を振るな。まだ彼がこちらにつくとは決まっていない」
「あ、そうだったねー」
いけないいけないとヴァンパイアの少年はおどけて見せる。
「ねぇねぇ君ー!ダンジョンマスターやってみない?」
「............ダンジョンマスター?」
「フロン、それでは意味が伝わらん」
ダンジョンマスターってあれか?
ダンジョンのマスター、ダンジョンを管理したりするものの事か?
「それじゃあ説明するからよーく聞いてねー。......まずは大前提として本来なら君はもうすでに死んでるはずなんだよねー、それをウディアが魔物としてだけど蘇生してあげた。オーケー?」
「オーケー」
「うんうん、それで蘇生事態は僕やウディアならそこまで難しい事でも無いんだけど、君の体って特別製なんだよねー。何しろ人形に魂だけを定着させるんだから。まぁ、体を一から作った訳なんだけど結構な自信作なわけ、凄くない?」
確かにこの身体から感じ取れる力はもとのレベル10の身体よりも遥かに力を秘めているように思える。
少なくともレベル10のパーティーが相手でも負けることはないと思える程には。
「話が脱線しているぞ、フロン」
「あー、ごめんごめん。それでねー、君にダンジョンマスターになってほしんだよねー。何で君にダンジョンマスターになって欲しいかって言うとー、単純に人手不足なんだよねー。何で君が選ばれたかって言うと、劣化してない死にたてホヤホヤの魂で一番強そうなのが君だったからだねー」
「......ダンジョンマスターってのは何をすればいい?」
「おぉー、やる気になってくれたの!?今の説明で!?」
「一度は死んでる身だから出来ることがあるならある程度はやるつもりです」
恐らくは、と言うかほぼ確定でダンジョンマスターは人類の敵なのだろう。
人類はダンジョンが現れてからさらに進歩したが、それとは到底見会わないほど多くの犠牲者を出してしまっている。
それは冒険者が計画してダンジョンに潜るようになっても変わりない。
新たにダンジョンが出現すれば未だに近隣、下手すれば国規模で被害が出ている。
「ま、関係ないわな」
魔物になった今の自分には関係ないことだ。
ダンジョンマスターと言うくらいなのだからある程度はダンジョンに干渉できるのだろう。
家族と顔見知りが死なない程度であれば後は特に思うところはない。
と言うか興味がない。
「ダンジョンマスターってのはねー、取り敢えずダンジョン作って人を殺す事が仕事かなー。ただ殺せばいいって訳じゃないけど、そこんところは隣のライオンくんに聞いてねー。てなわけで後は宜しくねー、ガードン!」
「また俺に仕事を押し付けるのかっ!」
ライオン頭の化け物が体の芯まで響く大きな声でヴァンパイアの少年を怒鳴りつける。
椅子から立って怒鳴りつけるその姿はまさに百獣の王とも言える姿で、正直魔物なのにカッコいいと思ってしまった。
「えー、これでも僕って結構忙しいんだよ?それとも君が僕の仕事を代わりにやってみる?」
「エェッい!分かった、この俺が今回は引き受けようッ!」
「ありがとね、ガードン。もし何かあったら気軽に言ってねー、それくらいはいつでもサポートするからさ!」
「行くぞ狐頭ッ、着いて来い!」
「いってらっしゃーい」
ライオンの魔物が立ち上がりいつの間にか現れていた扉を潜る。
転移系等の魔法か何かだろうか?実際に見るのは初めてだ。
未だに手を振っているヴァンパイアの少年に何となく手を振りかえし、ライオンの魔物の後をついて行く。