番外編6 ~女神様 part5~
悪い予感は的中した。
変身して、真の姿と力をステラに見せつけた人間災害は、悪魔のような取引をステラへと持ち掛ける。
ステラの命を代償として、私を亡き者にする計画。
だが、それは人間災害の友人達による悪態によって阻止された。
私は少し安堵したのだが、その後、最も恐れていた事が起きた。
簡単に言えば、ついに人間災害がキレたのだ。
「私は1日に1人、お前等のうち誰かを殺す!もちろん普通には殺さない!生きてる事を後悔するレベルの殺し方をしてやる!次は誰が殺されるのか、どのタイミングで殺されるのか、ビクビクしながら一日を過ごしてろ!」
サクラも、羽の生えた少女も、金髪の少女も、人間災害を小馬鹿にしていた友人達全てを殺すと言い出したのだ。
友人達も、思い直させようと必死になって説得をしようとしているようだったが、人間災害は聞く耳をもたなかった。
どうやら友人達も、人間災害の恐ろしさはわかっていたようだ。
わかったうえで、常に小馬鹿にしていたようだが、どうやら今回は想定外の事なのだろう。
これくらいなら怒らないだろうと思った人間災害が怒りだしてしまい、かなり焦っている様子がうかがえる。
「4日後には、そこの中二病さんの護衛は誰もいなくなる。そしたらステラちゃんを向かわせる!4日後までに、中二病さんの魔力コントロールが戻っていればお前等の勝ち。そうじゃなければ私達の勝ちだ!」
あれ?もしかして私も標的になってる?ステラとの契約は無しになったんじゃないの?っていうか私、一度人間災害に殺されかけてるよね?またなの?もしかしてまた私、生きるか死ぬかな状態になるの?
やられた事を思い出し、潰された内臓の痛みが蘇ってくるようで、胸が苦しくなる。
「まぁ、魔力コントロールが戻っていても、その時は私が殺してやるだけだけどな!ゲームとしてはお前等の勝ちって事でいいぞ。ゲームとしては、な!」
……え?どう足掻いても私殺される事は決定事項なの?
あ、ダメだ……治ってるハズの内臓に痛みが走るような感覚がする。胸が苦しい。呼吸が上手くできない。
言いたいことだけを言って去っていった人間災害。
その後、残された我々は、私を守るため魔王軍と連携して、一か所で籠城する事になった。
人間災害が諦めるまで、極力バラバラにならないように全員同じ場所で寝泊まりする事が決定した。
「くっそ裕美め……アタシの自由時間を奪いやがって……腹いせに地味な嫌がらせしてやる……」
途中、金髪の少女が何やらブツブツいいながらスマホをいじっていたが、意味はよくわからなかった。
そして次の日……
まさに一瞬だった。
羽の少女の優しさに付け込んだ、何ともヒドイ方法で、羽の少女を殺害していった。
人間災害が、血も涙もない人の心など理解する事ができない人物なのだという事を改めて認識した。
……いや、それは人間災害だけじゃない。おそらく私もそうだったのだろう。
ステラが浮遊猫に、何を言われたのかはわからない。
しかし、客観的に見れば、私がやってきたのは、この人間災害と同じで、私の気持ちを一方的に押し付けて、力のない人達を、力でねじ伏せるだけの行為だった。
もし、生きて元の世界に戻る事があったのなら、世界中の人に謝りたい……そう思えた。
それと余談だが、金髪の少女が魔法少女だという事が判明した。
変身後の魔力はサクラや羽の少女と同程度の強さだった。
それはそうだよね。魔力持ってない一般人が、普通はこの場に招集されないし、デカい口叩かないよね。うん、ちょっと考えればわかるよね……
そんなこんなで、色々と考え事をしている内に、日が落ちて夜になった。
寒くなってきたので、と温かいコーヒーが配られた時、再び突然人間災害が現れた。
「インターバルが長すぎた。暇すぎて死にそうだから、もうゲームやめるわ」
サクラや金髪少女……改め、真っ白少女が、何かを言った後で、この言葉が人間災害の口から飛び出した。
『もうゲームをやめる』?じゃあ……私は死ななくて済むのだろうか?もう、あんな恐ろしい目にあわなくて済むのだろうか?
「ゲームとか抜きにして、そのエフィさんをとっとと殺して、この件をお終いにしようってんだよ」
ああ、やはりそんなに上手くはいかないのか……
数日後の死は、少しずつながら覚悟を固めてたものの、突然「今死ね」と言われると、途端に体が震えだした。
元の世界で私が行ってきた事の罰なのだという事はわかる。死をもって償うべきなのもわかる。
ただ、私は矮小で臆病な人間なのだ。
死を受け入れてはいるが、やはり目前に迫った死の恐怖は恐ろしいのだ。
私は立派な人間ではない。
死を受け入れてはいても、目前に迫った死に震えもするし、不様に抗いもするだろう。
「……なさけねぇなオイ。テメェの世界を思うがままに牛耳ってた女神様が聞いてあきれるな」
不意に、私に向かって言葉が放たれる。
顔を上げて、視線を人間災害へと向ける。
「初めて私に突っかかってきた時とは雲泥の差だな。何だっけか?『その程度の魔力では私には勝てないよ』だったか?で?今のこの状況は何だ?変身前の私と同程度かそれ以下の魔力程度の3人に守られながら、ベソかいて震えてる……引きこもりしてて身に付いたニート根性が完全に染みついてるな。いつになったら本気出すんだ?」
一気にまくし立てられる。
「幸を殺した時の反応を見て思ったんだけど、ひょっとしてお前『ここにいる連中が全員死ぬまで、少なくとも自分は無事だ』とか、心のどっかで考えてね?『力を復活させる努力をするのは。こいつら全員が死んだ時でも間に合う』とか思ってね?」
ヒドイ言い掛かりだ。
私は抗議の意味を込めて、人間災害を睨みつける。
そこで人間災害と視線が合う。
凄まじい形相と、凄まじい威圧魔法が私に襲い掛かる。
ただでさえ他人と目を合わせるのが苦手な私には、とてもではないが耐えられなかった。
思わず視線を逸らしてしまったが、ふと、そのせいで私に向けられた疑惑の視線を感じた。
「ち……ちがっ……!?私は……ただ……」
どう説明すればいいのかわからずに口ごもる。
「まぁ本気を出そうが出すまいが勝手だけどな。ただ一つ、私からのアドバイスがあるとすれば、今この場で本気出さなければ死ぬだけだぞ」
そう言って人間災害は、凄まじい、魔力の塊の矢をつくり出し、私へと狙いを定める。
防壁を展開できれば、私ならギリギリ耐えられるだろうか?
しかし、今は魔力阻害魔法が勝手に展開されているせいで防壁を張る事ができない。絶体絶命である。
……魔力阻害魔法?
私は急ぎ、勝手に展開される魔力阻害魔法を左手の一点に集中させるように流れをコントロールする。
かなり制御が難しい。間に合うだろうか?
無慈悲に放たれる魔力の矢。
私は、その矢に向かって左手を突き出す。
さらにそこから、左手に集中させた魔力阻害魔法を、内側から外側へと吐き出させるようなイメージで展開する。
ダメだ。内側でとどまっていた阻害魔法を、外側に出すのが死ぬほど難しい。
いや、出来なきゃ死ぬんだ。死ぬほど難しい程度でくじけてどうする私。
魔力が左手に着弾する。
思わず目を瞑って、死を覚悟する。
魔力による衝撃は訪れなかった。
「ふ……ふふふ……ふははははっ!」
思わず笑いが漏れてしまった。
とにかく生き延びられた事が嬉しかった。
「キミのこの魔法、実に便利だね。上手く扱えるようになるまでにだいぶ時間がかかってしまったが、習得してみれば、すばらしく役に立つ魔法じゃないか!」
テンションが上がり人間災害へと話しかける。
いや待てよ……この魔法が使える事を材料にして、私を殺す事をあきらめさせる事ができるのではないだろうか?
「これで、キミに勝つ……のは難しいかもしれないが、少なくとも負ける事はなくなったようだね」
これで悔しがって、私を殺す事をあきらめて……
「ふ……ふふふ……ふはははははははっ!!」
えええっ!!?何で笑い出してるのこの子!?
ちょっと怖いんですけど!?
「な……この状況は……?何がいったいどうなっているのですか!?」
突然後ろからステラの声が聞こえたので、振り返ると、すぐ後ろにステラが混乱したような表情で立っていた。
テンションが上がっていたせいか、こんなに近くまで来ていた事に気付かずにいた。
だが、いいタイミングかもしれない。
今のテンションだったら、私が今感じている素直な気持ちを言葉にできるかもしれない。
「ステラ……フーリンとかいうあの猫は、たまに平然と嘘を混ぜ込んで話をするので、キミがヤツからどんな事を聞かされているのかは正確にはわからない」
とりあえず前置きを入れつつ話出す。
「正確にはわからないが、おそらくはほぼ間違ってはいないだろう。キミ自身、私に対する憎しみがあるからこそ、この世界まで私を殺しに来たのだろう?その上で謝罪させてほしい……本当にすまなかった」
ステラは目を丸くしていた。
「私がやってきたのは、客観的に見れば、強大な力を持って、力で全てをねじ伏せる行為だ……そこの人間災害と同じようにね」
黙って私の話を聞いているステラ。
「ただ、私がやりたかったのは、戦争の無い平和な世界を作りたかっただけなんだ……どこで道を間違えてしまったのかはわからないが、それだけは信じてほしい」
もの凄い言い訳だ。私は何が言いたいのだろうか?
「教団幹部に持ち上げらえて『神の代行者』等と名乗らされてはいたが、実際は非常に矮小で臆病な人間なんだよ。その事が、私を慕って集まってくれた信者にバレて幻滅させてしまう事を恐れていた俗物な人間だ」
本当に最低な人間だな……私は。
「私が真に優れた、歴史上の偉人のような人間なら、あんな世界にはならなかっただろう。私が、ただ背伸びをして偉人のフリをしているだけの一般人だったせいで、キミ達には物凄い迷惑をかけてしまっただろう……本当に申し訳なかった」
何をどう言っていいのかもわからずに、謝罪というよりも、ただの独白を終える。
「質問があります……魅了魔法を使った事はありますか?」
私の話が終わるのを待って、ゆっくりとステラが口を開く。
意味がよくわからないが、彼女のなかでは、それが何か重要な質問なのだろう。心して答えないと、きっと取り返しのつかない事になるのだろう。
「使った事はないね。確かに、使えば敵が攻撃する時に若干躊躇させる事ができるかもしれないが、常時発動していないと効果が無いので、戦闘中に使うのは魔力消費量的に割に合わないからね」
「あの……戦闘中以外では?」
「戦闘中以外でデバフ魔法?何で?」
思わず質問に対して質問で答えてしまった。
まずい……気を悪くさせてしまったか?
「いえ、何でもないです……今の質問は忘れてください。とにかく、女神様も普通の考え方をした普通の人なんだという事が理解できました」
どうやら間違えた受け答えではなかったようだ……まぁ正解かどうかはわからないが。
「本当に理解できているのかな?私は『女神様』ではないと言ったつもりだったのだけれどね」
私は少し呆れたような口調で呟く。
「いいえ……それでもワタクシにとっては女神様は女神様です」
そう言って返答するステラの顔は非常に穏やかな表情だった。
……私は、許してもらえたのだろうか?




