番外編2 ~女神様~
生まれた家はいたって普通だった。
裕福というわけではなかったが、決して不自由な生活レベルではなかったと思う。
そんな私が普通ではない、というのを理解したのはいつだっただろうか?
物心ついた時には、自分の中に存在している魔力の事は理解していたものの、それが普通の人とは違うという事は気付いていなかった。
生活していくうえで、魔法を使う事がなかった、というのが原因なのかもしれないが、幼少の頃から読んでいた絵本や小説の中の世界では、普通に魔法が存在する物語が多かったため、現実の世界では魔法が存在しないなどとは微塵も想像できなかった。現実に私は魔力を持って生きていたのだから……
そんなある日、料理中に母が包丁で指を切ってしまい、母を想って回復魔法を使ってケガを治した時の母の顔を見て、私が普通と違う事を思い知った。
たぶん私は、あの時の母の顔を生涯忘れる事はないだろう。
混乱と恐怖の入り混じった、何とも言えない表情。簡単に言えば、まるで化物を見るような顔だった。
間違っても我が子に向けるような視線ではなかったと思う。
その日から私は、家の一室に監禁されて過ごす事となった。
毎日2食の食事を与えられていたため死ぬような事はなかったが、食事の度に「悪魔の子」と罵られるのは正直堪えた。
私を自由にする事も、殺す事もなく、監禁でお茶を濁していたのは、世間体を気にする両親らしい行動といえば、実に両親らしい。
世間体では私は、大病を患ってしまい、家で養生している事になっていたようだ。
監禁状態だったとはいえ、両親に頼めば、新聞だけは見せてもらえていたので、ありがたい事に世情に取り残される事はなかった。
しかし、新聞の内容は、どこの国とどこの国が争っている、といった争いごとのくだらないニュースばかりで何ともいえない気分にさせられた。
戦争によって親や住む場所を失っている子供だっているハズなのに、そういった事は一切紙面に載る事はなかった。
私の力があれば、こんな戦争を止めさせる事ができるのに……
私の力があれば、悲しむ子供達を減らせる事ができるのに……
そんな事を考える毎日だった。
そして、私が14歳になった時、私は突然自由を手に入れた。
私の住む町が戦場となったのだ。
私は焼け落ちる家から動く事はなかったが、魔法による防壁で守られた私は傷一つ負う事はなかったのだが、私の両親含め、たくさんの町の人が死傷した。
皮肉なものだ。アレだけ忌避していた戦争によって私は自由になり、戦争を止める行動をとれるようになったのだから。
それから私は、世界中を回った。
少しでも争いがあれば、力ずくでそれを収め、傷ついた人・病気で苦しんでいる人がいれば、目につく限り魔法で治療していった。
ある日、そんな私の行動を認めてくれる資産家が数人現れた。
「アナタこそが神の使い!神の代弁者だ!世界はアナタのような心の清らかな方によって導かれるべきなのだ!断じて、無駄な争いごとを繰り返す権力者達ではない!我々はアナタを支援いたします。是非アナタの力で、世界を争いの無い平和な世界へと導いてください!」
嬉しかった。
ずっと孤独だと思っていた私を認めてくれる人が現れたのだ。
私は、その人達が言うように、立ち上がる事を決意し、世界に向けて演説を行った。
『この世界は、一部の権力者による不毛な争いが多すぎる。自分が神に選ばれた存在だとでも思っているのかい?権力者諸君!それは自惚れというものだと悟るがいい。何故なら、私こそが真に神の代行者なのだから!私は世界中を回った。私が行ってきた奇跡は皆、目の当たりにしているはずだ。私はここに宣言する!争いの無い楽園をつくる事を!私に付き従う者よ!声を上げろ!もう権力者に怯える事はない!私は、私の庇護下にある者を絶対に見捨てたりはしない!』
話をする事が苦手だ、と言った私に「多少上から目線で傲慢に喋れば意外と上手くいきますよ」という支援者の意見を参考に喋ったのだが、これが本当に意外と上手くいったようで、私に付いてきてくれる人達が大勢集まった。
とは言っても、最初のうちは、やってる事は今までとさほど変わらなかった。
各地を巡り、小さな争いごとを収めたり、ケガや病気を治したり……
それでも、その小さな事の積み重ねが大事なのだと考えていた私からしてみれば、全然問題ない行為ではあった。
そんなある日の事だった。
支援者の一人から、大規模な軍事行動の準備をしている国がある、という情報が入ってきた。
私は、その行為をやめさせるために、すぐにその国へと向かった。
恐ろしい事に、その国は、国民全員を兵士にしたかのような大量の兵力を有していた。
しかも私が話しかけただけで、突然全員で私に攻撃を仕掛けてきたのである。
怖かった。こんなに大勢の人間に敵意を向けられた経験などなかったし、こんなに大量の人を一度に相手した事などなかったのだから。
私の防壁を何とかできる武装を持ち合わせていなかったとはいえ、私は必死になって応戦した。
途中からは記憶はなかった。ただ、魔力が切れた時点で私は殺されてしまう、という恐怖だけしかなかった。
気が付いた時には、私は一人でその国を滅ぼしてしまっていたようだった。
魔力は……ほぼ尽きかけていた。私は何とか生き残ったのだ。
それからは、支援者からの、軍事準備情報が入っても、現場に行く事はなくなった。
この世界の皆は気付いてないようだが、本当の私は、気の小さい臆病な人間なのだ。あんな恐ろしい体験は二度としたくはなかった。
なので、そういった情報の入った場所は、水魔法を使った応用で、水害を起こすなどして、再起するのが大変になる程度に損害を与えるようにしていた。
そして、気が付いた時には、戦争をする国はなくなり、私は、支援者が建てた、城のような教会の一室で玉座に腰を下ろしていた。
どうしてこうなったのだろう?
どこで間違えたのだろう?
私は、ただ世界が平和になればそれでよかったのに……
これでは、まるで私が世界を……
それは、数年前から私の前に現れるようになった『魔法少女』なる少女達が言っていた「アナタは世界を害する独裁者」という言葉通りなのではないだろうか?
今まで『世界平和の邪魔をしている魔法少女を退けていた』と思っていたのだけれど、もしかしたら……いや、もしかしなくても、『世界平和の邪魔』をしているのは私だったのではないだろうか?
そんな自問自答を繰り返す毎日を送る私の前に、空飛ぶ猫のような生物が現れた。
この生物は何度か見た事がある。
私と対峙した魔法少女達の傍らに常に浮かんでいた、魔法少女に魔力を与えるキッカケを作っているフーリンとか呼ばれている生物だ。
「何か用かな?私はキミにかまってやれるほど余裕があるわけではないのだけれどね」
私のこの、傲慢な喋り方もだいぶ板についてきたかもしれない。
もう、この言葉遣いじゃないと、まともに喋れないくらいに……
元々、普通の喋り方では口ごもってしまい上手く喋れないので、普通に会話が成立できるだけ、この傲慢な喋り方の方がいいのかもしれないが……
「随分と余裕がある口振りだと思うのですがね……まぁいいでしょう。今日は傲慢なアナタに面白い情報を持ってきてあげたんですよ」
この浮遊猫が『面白い』という事は、きっと面白くはない情報なのだろう、という事は理解できた。
「アナタは自分が一番強いと思っているから、そのような傲慢な態度をとっているのでしょうが、それは思い上がりだという事を理解していただきたいのですよ」
何を言っているのだろうこの猫は?こんな臆病者の私が、一番強い?理想と現実のギャップに苦しんで、平和と圧制の違いすら理解できないでいた私が?
「アナタですら成し得なかった、全異世界中で初めての『人間災害』の認定を受けた魔王が現れたのです。アナタの力など、その魔王に比べれば微々たるもの。アナタ自身の矮小さを理解したうえで、その傲慢な態度を改める事をおすすめいたしますよ」
人間災害?魔王?随分と聞き捨てならない単語だ。
「その人間災害とやらが、何をやらかしたのかは知らないが、それが何か私に関係があるのかい?」
「『何をやらかしたか知らない』?人間災害の認定を受けるような人物だ。破壊の権化のような人物に決まっているではないですか。それと、その人間災害は異世界間を移動できる魔法を習得している。この世界に来ないとも限らないのに、無関係を気取れますか?」
たしかに、この世界にでも来られてしまえば無関係ではいられないだろう。
いや、それ以前に、その人間災害によって苦しんでいる世界が存在する。その事実の方が問題だ。
私は、この世界を平和にする事ができなかった。
戦争がなくなったのは、一歩前進したのかもしれないが、それも私が望んだ平和とは程遠いものだ。
きっとこの世界では、もう私の事を必要としていないだろう。
だったら、この世界を平和にできなかった罪滅ぼしに……私の中の罪悪感を消すために、異世界に行って、その人間災害を倒して、異世界を平和にするのはどうだろうか?
この浮遊猫が、わざわざこうやって私を挑発しに来た、という事は、おそらく私も全異世界中で強い部類に入っているからなのだろう。
だったら、その生まれ持った力を使って、たとえ見ず知らずな異世界だったとしても、一つでも多くの世界を平和にしたって罰は当たらないだろう。
私は密かに決意する。
私は浮遊猫から、人間災害がいる世界の空間座標を聞き、異世界間移動魔法を展開する。
一人でも多くの人が救われる世界を作るために……




