第二十三話 ニートが本気を出す時
「ぶぼわっ!!げほっ!ゲホ!」
転移した瞬間に、美咲の口に含んだコーヒーを思いっきり顔面にぶっかけられた。
おかしい……個人的には、超シリアスな感じで登場したハズなのに、何でこんな目にあわされてるんだ?
とりあえずムカついたんで、無言のまま軽く小突いておく。
「いってーーーー!!?折れた!?コレ絶対折れた!アタシの腕があぁぁ!!」
変身した状態でよかったな美咲。生身だったらたぶんもげてたぞ。
にしてもうるせぇな……まじめな登場シーンが台無しだよ。
「何すんだよ裕美!今のは、いきなり現れた裕美が100%悪いだろ!しかも狙ったかのように、アタシが飲み物口に含んだ瞬間に!!」
いや、その口に含んだモンを吹き出すのは、どう考えても100%美咲が悪いだろ?
というか美咲のこの反応……さっきまでホテルで一人悩んでたのが本当にバカみたいに思えてくるな。
「何よアンタ。次に来るのは明日なんじゃなかったの?それとも時計も理解できない程頭弱くなったの?」
私の出現に気付いたサクラが、声をかけてくる。
こっちは相変わらず激怒中だな。カルシウム足りてないのか?
「インターバルが長すぎた。暇すぎて死にそうだから、もうゲームやめるわ」
とりあえず、要件だけを簡潔に口にする。
「……は?」
あ、サクラのやつ額に青筋たててるわ。こりゃ相当キレてるな。
美咲は美咲で『まぁ裕美だしな。うん。知ってた』みたいな、妙に納得したような表情をしている。
「アンタねぇ……ふざけるのも大概にしてよね……そんな簡単に飽きるゲームのせいで幸さんは……それにねぇ、エフィさんを守るために、こんな大々的に魔王軍動員して、周りの迷惑にならないようにって、こんな場所まで借りて……」
「ああ、だからゲームとか抜きにして、そのエフィさんをとっとと殺して、この件をお終いにしようってんだよ」
何やらグダグダと言っているサクラの発言を遮って、私の言いたいことを伝えつつ、威圧魔法を発動して体に纏わせる。あんに『誰も、私の邪魔すんなよ』という雰囲気をかもし出すように……
その瞬間、周りの空気が一変する。
能天気な美咲ですら、静かに唾をのむ。
この後、幸を復活させて、それで終わり。ってだけだとでも思ってたのか?
「……そんな事、させられると思ってるの?」
サクラが絞り出すように声を出す。
私の威圧魔法にあてられた状態でよく喋れたな。
「私を誰だと思ってるんだ?全異世界中で初の人間災害認定受けた魔王様だぞ。私が『やる』と言ったら、何人たりともソレを覆す事は不可能なんだよ」
全員が黙って私の発言を聞いている。
「私の邪魔したいなら勝手にすればいい。私はそれら全てを蹂躙していくだけだ。まぁ幸の死を無駄にしたくないっていうなら、死ぬ気でそこの中二病さんを守ればいいさ」
「……つうか今の裕美の方が中二病全開な言い回ししてんじゃん」
私の発言中に、美咲がボソッとつぶやく。
もちろん聞こえないふりをしてスルーする。
いいじゃねぇかよ。ちょっとくらい格好よさげなセリフ言ったって。っていうかこんな時くらい格好つけたって罰は当たらないだろ?
「言われなくたってそうするわよ!!」
吠えるようにサクラが、私と中二病さんを繋ぐ直線上の間に割り込むように立ちふさがる。
守られている中二病さん当人は、ただただ黙ったままうずくまり、ひたすら震えているだけだった。
「……なさけねぇなオイ。テメェの世界を思うがままに牛耳ってた女神様が聞いてあきれるな」
私のひとり言に反応するかのように、中二病さんは顔を上げ、私の方へと視線を向ける。
「初めて私に突っかかってきた時とは雲泥の差だな。何だっけか?『その程度の魔力では私には勝てないよ』だったか?」
聞いているなら好都合とばかりに、私はひとり喋り続ける。
「で?今のこの状況は何だ?変身前の私と同程度かそれ以下の魔力程度の3人に守られながら、ベソかいて震えてる」
黙って聞き続ける中二病さん。
「引きこもりしてて身に付いたニート根性が完全に染みついてるな。いつになったら本気出すんだ?」
ここぞとばかりに煽り続ける。
「幸を殺した時の反応を見て思ったんだけど、ひょっとしてお前『ここにいる連中が全員死ぬまで、少なくとも自分は無事だ』とか、心のどっかで考えてね?『力を復活させる努力をするのは。こいつら全員が死んだ時でも間に合う』とか思ってね?」
ニート特有の『明日から本気出す!』理論ってやつだ。
バツが悪そうに、私から視線を逸らす中二病さん。
ひょっとして、マジで図星だったのかよ?どうしようもないクズだなオイ。
全員の視線が中二病さんに注がれる。
中二病さんをずっと守ってきたサクラも、微妙に疑惑の視線を向けていた。
「ち……ちがっ……!?私は……ただ……」
中二病さんが何かを訴えようと、必死に声を出すが言葉が続かないようだった。
「まぁ本気を出そうが出すまいが勝手だけどな。ただ一つ、私からのアドバイスがあるとすれば、今この場で本気出さなければ死ぬだけだぞ」
忠告だけはしておく。
私は容赦する事なくその場で、魔力で弓と矢を作り、狙いを中二病さんへと定める。
この魔法自体は美咲がよく使うアレだが、矢に込める魔力は美咲の比ではない。
常人なら一矢放つだけで、即魔力切れ起こして動けなくなる……いや、下手したらノゾミちゃんみたいに消滅してもおかしくないレベルの魔力がこもっている。
「おい裕美……それはちょっとシャレになんねぇって……この運動場含めてここら一帯を消し飛ばすつもりかよ……?」
さすがは美咲だ。この魔法のエキスパートだけあって、この魔力の矢がどれくらいヤバイ感じなのかをよく理解してるな。
でも安心しろ。
この運動場の外は、私の魔力防壁を展開済みだから、ここ以外の場所での被害は出ない。
そして、ここにいる連中全員、この魔法の直撃さえ受けなければ、防壁最大展開してればたぶん助かるだろう。
つまるところ『とっとと本気になって力取り戻す努力して、魔力で防御展開しないと死ぬぞ』って事である。
まぁ何だ。死んだらソレは、自分の努力不足が招いた結果だから、甘んじて受け入れてちゃんと成仏してくれって事だ。
「……死ね」
その一言だけを送り、躊躇なく矢を放つ。
全員が同時に防御魔法を発動する……そう、中二病さん以外の全員が。
しかし、矢が着弾する事で発生するであろう魔力の衝撃波が訪れる事はなかった。
私が放った魔力の矢は、中二病さんが伸ばした左手の平に触れた瞬間にかき消えたのだ。
「ふ……ふふふ……ふははははっ!」
静まり返った運動場に、中二病さんの笑い声がこだまする。
「キミのこの魔法、実に便利だね。上手く扱えるようになるまでにだいぶ時間がかかってしまったが、習得してみれば、すばらしく役に立つ魔法じゃないか!」
反魔法か!?
クソっ!中二病さんを甘く見ていた。
今まで魔力がうまく扱えないでいたのは、この魔法を習得しようとしてた反動か!?
すっかり騙されたよ。演技うめぇなコイツ……そういや、かなりでかい新興宗教の教祖だったなコイツ。そりゃあ演技もうまいわな。
「これで、キミに勝つ……のは難しいかもしれないが、少なくとも負ける事はなくなったようだね」
口調が完全に、余裕がある時の口調だ。
どうやら本気でそう考えてるんだな。
「ふ……ふふふ……ふはははははははっ!!」
私の口からも自然と笑いが漏れる。
面白ぇ!だったら本気で、その余裕を反魔法ごとぶっ潰してやるよ!!
「な……この状況は……?何がいったいどうなっているのですか!?」
中二病さんの後ろの方から、ステラちゃんの声が聞こえてくる。
そういやステラちゃんが、この運動場に向かってきてたって事をスッカリ忘れてたわ。
ってか、やって来るタイミング悪すぎだろステラちゃん……




